第29話 チームの重み

   *




 夜空一面に美しい星々が輝き、肌を撫でながら通り過ぎていくさわやかな風が髪をなびかせる。少し肌寒いがカーディガンを一枚羽織ればそこまで気にならない。


 グラスを傾けワインを口に含む。このワインは血の味に似てとてもおいしい。熟成された豊かな香りがひろがっていく。このワインはバアルが贈ってくれたもの。4,000年来の友人である彼も今頃ワインを楽しんでいるだろうか。


 澄んだ星天を眺めながら遠方の友を想う。このような素敵な夜を過ごせるのならばやはり人類ゴミは滅ぼして正解だった。


「――もっとも……またゴミが沸いたのだけど」


 さて「星屑の森」まであと10,000キロといったところか。時速2,000キロで飛行する飛竜の背で外気温マイナス49度の風にさらされても微動だにせず直立不動。その上でゆっくりグラスを傾ける。


 黒一色の喪服のような装いの貴婦人はつい先刻まで南の地方でのバカンスを楽しんでいた。その最中にバアルに呼び出され、こうして飛竜の背に乗って移動しているわけである。


 この黒い貴婦人。名をリコリスと言った。




   *




 第1階層にあるカフェのオープンテラスで小夜は悩んでいた。先刻の戦闘は小夜に少なからぬ衝撃を与えていた。


 格下とみていたレーナが想像以上に強かった。19番目の新属性を操る姿を見せられてしまっては認めざるを得なかった。あの時のレーナはおそらく焔に匹敵するポテンシャルがあったはず……レーナのポテンシャルを焔は見抜くことができ、小夜にはできなかった。レーナにきつく当たったことが恥ずかしくてしょうがない。


 そして自分のバトルチームのふがいなさ。ナンバーツーの詩月は敵のオクトパスナイトの攻撃をしのぐのに精いっぱい、正々堂々正面から突破する実力がなかったからジェービーの不意打ち頼みの立ち回りをせざるをえなかった。しかも不意打ちは失敗し、すんでのところをレーナの魔法に救われた。エトールとリンドウに至ってはまったく存在感がなかった。あとで100体以上の敵を倒していたと聞き驚いたくらいだった。あまりのふがいなさに自分も加勢しようかと思ったくらいだった。


 なによりふがいないのは魔法戦にぼぼ対応できなかったことだ。敵の魔法に対して何もできないから焔たちの援護に頼りきりだった。たしかに小夜たちは魔法は初心者だ。しかし焔たちとてそこまで魔法に習熟するための時間があったわけではない。小夜たちは基礎のエレメントチェンジをするのが精いっぱいなのに、焔たちは複合属性変化を使いこなし4人同時発動の防御魔法を使っていた。魔法の習熟度に大きな差があるのは明らかだった。このままではバトルチーム小夜はバトルチーム焔に勝てない。


 このままでは。


 バトルチーム小夜は変わらなくてはいけない。しかしどうしたらいいのかわからない。


 小夜は悩んでいた。


「浮かない顔やな。らしくないで……」


 と焔が隣の席に座った。


「チームって難しいわ……自分のことならどうとでもなるのに」


 「ふむ」と焔がうなずく。


「ウチとあんたは似た者同士。他人と上手くやってくのが苦手や……そんなウチらがチーム作るなんてどえらい苦労や……でもウチは楽させてもらっとるな……ウチのチームにはレーナがおるからな」


 そういうと焔は1か月半前、チームを結成したときのことを話し出した。




   *




 あのときのウチは焦っとった。ジェービーに教えてもろうて≪学習≫した色魔術の技を片っ端から修得した。世界一のチームを作らなあかん思うて、アリスとカタログみながら厳選に厳選を重ねて、朱実と蜉蝣をチームに入れた。


 レーナはその頃まったく戦うことができなくて、そこらの小娘よりも弱かった。けどウチと属性の相性がよかったから、将来をみこんでとりあえず練習生としてチームにいれたんや。レーナはマスターとも仲良いから、チームでうまくいかんかったらマスターの所に戻ってもらえばええと思っとった。


 そっからはずーっと特訓やな。24時間休みなくずーっと。魔法の修得にはみんな苦労したで。なんせウチは≪学習≫のスキルでパッと魔法を修得したもんやから、みんなにそれを教えることができんかった。自分の感覚を言葉で伝えることができんかったんや。


 それまでウチは人に教えるの得意やと思ってたんやけど全然あかんかった。できるのと教えられるのはちがうんやな。ウチはなんでもできるけど、それを人に教えるのが苦手やったんや。この経験はあんたにもあるかもしれんな。


 そのときのウチは焦っとった。どうにか魔法を習得させなあかんって思って、めちゃくちゃ厳しく指導したんやけど、それでもみんな全然できるようにならんかった。


 朱実や蜉蝣なんかは武術のウデがあるから、そのうちいっこうに習得の見込みのない魔法に見切りをつけ始めた。習得できん魔法なんぞ焦って鍛えてどうする。自分らには武術とスキルがある。魔法が使えんのはそれで補えばええ……ってな。


 そっからはボイコットや。朱実と蜉蝣は武術こそ熱心に練習したが、ウチが魔法を教えるタイミングになるとどっかにいってしもうた。蜉蝣の≪朧≫を使ってウチの監視をかいくぐり、ふたりでどっかで隠れて遊んどった。ウチの眼をかいくぐるのはそれはそれで高等技術なんやけど、ウチの作りたいチームが目指す方向とは全然違った。そもそもウチはこの世界の魔法戦に対応できるチームを作りたかったんや。


 魔法の練習はウチとレーナの2人でやることになった。ウチはレーナにそんなに期待してなかったから、そこまで厳しくはせんかったんやけど、レーナの奴がな、泣きながら言うんや。


 なんでもっと本気で教えないんだ、ウチひとりでダンジョンを守れると思ってるのかってな。そんで髪の毛をバッサリ切ったんや。


 レーナは誰よりもダンジョンのことを想っとった。ウチはレーナをなめとった。


 そっからやな。ウチがレーナを認めたのは。それまではレーナ”様”って呼んどったんやけど、もうそっから呼び捨てや。本気で教えたよ。


 レーナは魔法の才能はあったけどまるっきりの初心者やった。魔力を感じるところからやらなあかんレベル。そのレベルからエレメントチェンジを練習して、できるようになったのは3週間後や。そのときはうれしかったなあ。ウチもレーナも泣いて喜んだよ。


 朱実と蜉蝣が戻ってきたんはその頃やな。ふたりともレーナがウチに潰される思ってたらしい。そんなレーナが潰されるどころかエレメントチェンジを修得できたもんで焦って戻ってきたんや。土下座して謝る2人をウチはめちゃくちゃ怒ったんやけど、本当は戻ってきてくれてうれしかったな。


 そっからの魔法の練習は順調やった。レーナがな、教えるのが上手いんや。もともと説明するのが得意な子やったというのもあるんやろうな。


 そんでウチの言ったこともかみ砕いて説明してくれた。一緒に練習していくうちに感覚派のウチの言ったことが理解できるようになったんやな。ウチの通訳みたいになんでも説明してくれてなあ。レーナの説明を聞いてウチもどうやったら自分の感覚を伝えられるかわかるようになった。


 朱実と蜉蝣もすぐにエレメントチェンジができるようになったよ。




   *




「ウチらのチームがそれなりに形になったはその頃やな。サブリーダーを決めるってなったときは満場一致でレーナになった。ウチのチームをまとめたんはだれが見てもレーナやったから。レーナには感謝しとるよ。実力もめきめき伸びとるしな。最近じゃ魔法で追い越されてしまったくらいや。不思議とそこまで悔しくはないけどな……」


「そうだったのね……ありがとう焔、大切なことを学んだわ」


 小夜の眼には涙が浮かんでいた。それを指でぬぐうと小夜は立ち上がった。


「私もやるべきことをやらないとね」


「がんばれよ……小夜」


 小夜の眼にもう迷いはない。自分のやるべきこと、それは認めること。


 力強い足取りで向かうのはレーナのところだ。


「……ですから放出系攻撃のコツは属性によって異なります。わたしの鋼と草の属性は実はあまり遠距離攻撃には向いていなくて……」


 レーナが熱心に説明をしているのは、詩月、エトール、リンドウの3名。小夜のチームメンバーたちだった。


「あ、小夜様」


 と詩月が小夜に声を掛けると、全員の視線が小夜に集まった。小夜はメンバーひとりひとりの顔をじっと眺め、最後にレーナと目を合わせると、小夜はその場に膝をつき、腰に提げた刀を地面に置いた。両手を地面について頭を深く下げた。


「ごめんなさい、レーナ。私のこれまでのあなたに対する非礼をお詫びします。そしてチームのみんなもごめんなさい。私はいままであなた達と本気で向き合っていなかった」


 小夜が頭を上げる。


「詩月、エトール、リンドウ、私は最強のチームをつくりたい。焔よりもずっと強いチームを。だからみんなの力を貸してほしいの。本気の私についてきて欲しい」


 詩月、エトール、リンドウの3名はふかくうなずいた。小夜はそれに応えるように頭を下げた。


「そしてレーナ、無理なことを承知で言います。私たちに魔法を教えてください。お願いします」 


 小夜は唇を噛んでレーナを見つめる。レーナは表情を変えず小夜の眼差しを受け止めると薄く微笑んで言った。


「よろこんで。わたしに教えられることは何でも教えます。がんばりましょう」   


「ありがとう、みんな、レーナ」


 小夜が立ち上がると、バトルチーム小夜の面々が集まってきた。


「前の戦いでは情けないところを見せてしまいました。このままでは終われないです」

 

 と言ったのはエトール。ランドセルを背負った幼女の姿をしている。≪収納≫のスキルを持つ。


「今のままでは通用しないことがわかった。だったらがんばらないとね」


 と言ったのはリンドウ。体操服をきた健康的な女性の姿をしている。≪地図作成:広≫のスキルを持つ。


「詩月もがんばる。今のままだと悔しいから」


 といったのは詩月。白いワンピースの姿をしている。≪壁泳≫のスキルを持つ。


「ありがとうみんな! よーし! 焔たちに負けないよう私たちも頑張るわよ!」


 と小夜が拳を天に突き出した。その瞬間だった。


 小夜の背筋にゾクゾクゾクゾクゾクと凍るような感覚が走った。上空1,000メートルを高速で通り過ぎた”何か”に≪気配察知≫が鋭敏に反応した。おそらくその”何か”は焔をも超える強さを持った化け物……


「オー!」


 とみんなが拳を突き出すなか、小夜だけが青ざめた顔で冷や汗をかいていた。

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