第28話 名前

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 おれのダンジョンの第30階層には”大監獄”がある。アリスの指示を受けながら作ったのだが、なかなか居心地の悪いエリアだ。無機質な鉄格子が縦横無尽にずらりと並んだ牢獄の森。一部屋あたり6畳の広さの牢獄に2人ずつ捕虜を収監している。牢獄にはベッドが置かれ、囚人たちは基本的に眠っている。


 現在、この牢獄には202名の囚人がいる。彼らをどうするかはアリスにまかせているのだが、とりあえず情報をとれるだけとるという方針だ。そのあとはとりあえず人質になってもらっている。前回のように人質の関係者が人質救出のために敵がダンジョンに潜りに来てくれることだってあるから、今後もなにかと利用価値はあるだろう。


 ただ牢獄は維持にコストがかかる。なんせ収監しているのは特殊な武術とスキルと魔法を使うモンスターだ。彼らにとって普通の鉄格子からの脱走はそんなに難しいことではないので、どうにか彼らの特殊能力封じなくてはいけない。眠らせたり、特殊なアイテムを使ったり、特殊な魔物を憑かせて魔力を吸い続けたり、特殊なスキルで封印したりと、まあ大変な手間がかかる。その上で彼らを生かし続ける必要がある。能力を封じるためのコストは囚人たちが生きている限り払い続けなければならない。


 というわけで、大監獄にはここを管理するためのモンスターを配置してあり(スキルや魔法の封印に長けたものが多い)、敵の能力を封じるためのアイテムもたくさん置いてある。また牢獄のほかにもここで働くモンスターのためのリフレッシュルームなども設置してある。


 不眠不休の頭脳労働を強いられているアリスや命がけの戦いを強いられるジェービーやバトルチームに比べたら、牢獄の福利厚生はしっかりしていると思うのだが、それでもここのモンスターたちの不満の訴えは多い気がする。つねに敵と接し続け、その世話に近いことをするという仕事は、アリスやバトルチームとはまた違ったタイプのストレスがあるのだろう。


 さておれがいるのは第30階層――監獄エリアにある尋問室という部屋だ。そこでこれからおれは敵の捕虜と面会する。おれの横に立っている文学系眼鏡女子は情報室の情報収集担当【弥生ヤヨイ】。心を読む≪読心≫、記憶を読み、記憶を改ざんする≪マインドダイブ≫という無茶苦茶有用なスキルを持つ。焔たちがたくさんの捕虜を捕まえてくるので、最近はとても多忙らしい。


「アリスにも言ってるけど休みたかったら休めばいいよ、弥生」


「いえいえ休むなんてとんでもない。わたし人の記憶読むの大好きなので、三度の飯より好きなので。最近はちょっと記憶読みすぎて、本当にこれが自分の記憶なのかわからなくなることがたまにあるんですけど、それはそれでマインドダイブの醍醐味なので、自分が自分でなくなるってのもマジで楽しいので」


「やっべええ」


 楽しんで仕事してくれるのはいいけど楽しみすぎてて怖いな。弥生ってこんな子じゃなかったと思うんだけど。まあ≪マインドダイブ≫をやりすぎるとおかしくなってしまうってことなんだろう。このまま仕事を続けさせてよいものか、迷ってしまうな。どうしよう。


「ありがとうございます。大丈夫です。私には≪メンタルガード≫のスキルがあるので。ちょっと休めばメンタルは元通りになるので。っていっても最近休めていないんですけどーアハハハハ」


「やっべえええ」


 弥生の笑い声に狂気を感じる。あとで無理やりにでも休ませよう。おれって食事とか排泄とか睡眠とかしなくても全然平気だからあんまり休む感覚ってわからないんだよね。さすがにケガしたら痛みが引くまでなにもしないけど。これはおれに限らずダンジョンモンスター全般にも言えること。


 なのでおれたちってケガしない限り永遠に仕事やら訓練やらができてしまうんだよね。∞時間働けます。とはいえ弥生みたいにメンタルが病みそうなやつもいるから、そこは休ませたほうがいいんだろうな。そういえば朱実や蜉蝣も休みたいっていってたような。訓練でケガをしない限り疲れることはないんだろうけど、ぶっ通しでの訓練が続くと気が滅入るのかもしれない。


「さて準備はいいですかマスター」


「あ、仮面をつけないといけないんだ」


 DANAZONで購入した仮面を取り出して装着する。これから敵の捕虜と面会するので、おれの顔を見られないようにしないといけないらしい。


 ちなみに仮面はおれの趣味で買った。かわいらしいリボンをつけたお目目がとても大きい女の子の仮面である。


「仮面の趣味悪いですね」


「うるせえ! 軽量素材で付け心地がいいんだよ!」


 弥生にちょっとキレつつ敵の捕虜が来るのを待つ。しばらくすると尋問室の扉が開き、両腕を拘束され目隠しをされた捕虜が監獄のモンスターにつれられて入ってきた。


 かなり美形のエルフ――男爵一派の魔法隊のひとりだ。彼(彼女?)のファンクラブ150名が彼を救うためにダンジョンに入ってきたほどの美形である。


 もし彼が彼女であればおれの守備範囲にも収まることになるだろう。何を言っているのかわからなくなってきた。


「彼ですよ」


「そうか残念だ」


 マジで残念だ。新たな性癖の扉が開く前にさっさと用事を済ませてしまおう。弥生は彼にすでにマインドダイブを済ませているので情報収集の面ではもう用はない。人質としての価値は高いとは思うが。


「ちなみに彼は性欲の権化のようなお方で、奥さんが2人おり愛人が340人おり、子供が156人おり、子供のうち146人は認知されておりません。13人の大家族を営む傍らで、愛人の家に夜な夜な通い、認知してない自分の子供にきつくあたっていました」


「よし殺そう。これ以上不幸な子供たちを増やさないために」


「いやいや、彼みたいな逸材を殺すのはもったいないです。生かしておけば今後おもしろいことが起こるかも」


 たしかにそれはそうかも。トラブルメーカーって傍観しているうちは面白いもんな。でもおれのダンジョンのみんなに手を出したりしたら絶対殺す。


 と、話が横道に逸れてしまった。これからおれがやろうとしているのは”名前の上書き”。ジェービーにやったように捕虜の名前を上書きできないか試してほしいとアリスに頼まれたのだ。


 おれの能力を通して視てみると、捕虜の名前は「gilberto」というらしい。ジルベルト? ギルバート? 読み方はわからないけどこれをおれが考えた名前で上書きするのだ。


「うーん、どんな名前がいいかな」


 弥生のせいで彼に対する好感度が爆下がりしているので、ブリビチ糞太郎みたいな感じの名前にしてしまいそう。しかしもしブリビチ糞太郎で名前が上書きできてしまったら彼の今後の人生はあまりにも不幸だ。


ウサギとかどうですか。エルフはお耳がかわいいですし(性欲強いし)」


「よし、それにしよう」


 そういえば焔以降、レーナやらアリスやら弥生に名前考えてもらってるな。おれが名前考えたのってレーナとジェービーだけかも。


 画面上のカーソルを操作し「兎」の文字に変化させてから、性欲の権化の「gilberto」上に「兎」を重ねて、”選択”してっと。さあどうなるかな。


『→↓※ERROR 服を着ている者に名前の上書きはできません↑←』


 エラーメッセージがでた。


「あら、敵が服を着てたら名前の上書きはできないらしい」


「そうなんですね。すいません捕虜の服全部脱がしてください」


 そういえば名前をつける前ってみんな裸だったな。で名前を付けたら服がでてくるんだった。


 薬で眠っているため何の抵抗もせず捕虜は服を脱がされた。脱いでも美形だ。


 さてもう一回。画面上のカーソルを操作し「兎」の文字に変化させてから、性欲の権化の「gilberto」上に「兎」を重ねて”選択”。


 さあ今度こそどうなるかな。


 変化は選択した直後に訪れた。「兎」の体が光に包まれつぎつぎに服が装着されていく。網タイツとハイレグのボンテージ。蜉蝣と似たような衣装だが尻に丸いしっぽが付いていることと、タキシード的な上着が付いているところがちがう。何より頭には兎の耳が生えている。いわゆるバニーガールの衣装だった。男なのによく似合う。なぜか目隠しをしているのがマニアックだ。


 しかし、これって?? 衣装が変だけじゃなく、いろいろ変わってるんだけど。


「あれ、お耳の形と位置が変わってしまいましたね」


「本当だ」


「それに体が丸みを帯びています」


「大きさは慎ましいけどたしかに」


「それにあのハイレグ衣装でもあれが浮いてきてないです」


「あ、あーなるほど、たしかにあれが浮いてきてない」


 うむ。捕虜が女になってしまったようだ。これで今後彼によって不幸な子供が生まれることはなくなった。ある意味世界を救ったともいえるのだが、捕虜とはいえ本人の望まぬ性転換を施してしまったわけで一抹の罪悪感を覚えないでもない。しかしこれはいったいどういうことなんだろう。


 アリスに≪念話≫をして起こったことを報告する。


(うーん、よくはわからないですが。マスターが名前をつけると、存在に何らかの影響を与えることはたしかですね。今回は捕虜が女になってしまったようですが。ちなみデリートは使えますか?)


(デリートってあのデリート?)


(そのデリートです。もしその捕虜がデリートの対象になっていたなら、マスターは名前を付けるだけで敵をデリートできるってことになります。戦略の幅が格段に広がりますよね)


「そうか敵を裸にさえできれば名前つけてデリートで必殺だもんね」


 裸にするのが難しそうだけど。おれなりの必殺技が使えるのは悪くない。味方はともかく敵をデリートするのになんの葛藤もない。


 デリートのやり方はたしか……ダンジョン管理システムを起動してモンスター一覧のなかからデリートの対象となるモンスターを選んでデリートを選択すればいいはず。モンスター一覧の中に果たして”兎”はあるのか。


 あった。デリートの対象にもなっている。おれはいつでもこの兎をこの世から抹消できる。まあしないけど。


 まあ目隠しバニーガール姿の姿で今後生きていく兎を思うと気の毒にもなる。ひょっとしたらデリートしたほうが幸せかもしれない。


 しかし服を脱がすだけで生殺与奪を握れるなんて、我ながら反則チートだな。そのことをアリスに報告すると、


(なるほど。焔に敵の服を脱がす魔法を開発してもらいましょう)


(すげえ誤解されそう)


(服を溶かすのってジェービーが得意なんですよね)


(仕方ないな。やつとのコンビネーションを磨くか) 


 まあとりあえず、兎の経過は要観察だな。



 

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