第27話 反則

   *




 次々に登場する新たな必殺技、仲間たちと衝突しながらも認め合い友情を深めていくバトルチームの華やかな活躍とは対照的に、おれたちの仕事は地味でつまらなくいつまでも終わりがない。底の抜けた沼のような仕事だった。一度はまってしまったら沈むばかりで抜けるタイミングがない。


 華やかな勝利に沸く第1階層の面々の様子を共有ディスプレイで眺めながら、アリスはようやくふううと安堵のため息を吐いた。アリスが現在腰かけている車椅子型モンスター【シバ】からは何の様子もうかがいしれないが、情報室にはどことなくほっとした雰囲気が広がった。


 アリス、シバ、それからおれ。

 

 情報室には現在3名のモンスターが在室している。バアルとの本格的な戦闘が始まる前だったらこれにプラス【弥生ヤヨイ】という眼鏡女子がいて、話相手になってくれたり仕事を手伝ったりしてくれたのだが、”記憶を読む”、”記憶を改ざんする”という稀有なスキルをもつ弥生は現在絶賛ハードワーク中で、捕らえた99名の捕虜から情報を聞き出すので忙しい。


今回の戦闘でさらに104名の配下が増えるわけなので、弥生はしばらく指令室には戻って来られないかもしれない。


「当然のように勝ちましたね」


 と共有ディスプレイを操作しながらアリスが言う。おれは「やったな」と答えた。


 ≪並列思考≫のスキルをもつアリスは複数の思考を同時に走らせながらおれと会話をすることができる。今現在もジェービーや弥生と念話をしながら情報を収集し、情報の分析をし、おれのダンジョンの階層の整備案を模索し、瓦礫の塔の攻略方針を考案し、獲得ポイントと支出ポイントの試算をしながら、ポイントの残高の推定と管理をし、ジェービーやバトルチームへの指示だしをし、ついでに魔法のイメージトレーニングなんかもしながらおれと会話をしているわけだ。


 ひとりで1,000人分相当の働きをしているのではないだろうか。めちゃくちゃな作業量だ。もはやアリスなしにはダンジョン運営はなりたたない。アリスが今やっている作業をレーナとおれの二人だけでやるのは絶対に無理だった。


 その意味ではレーナがバトルチームに移籍したのはよかったと言える。レーナには非凡な戦闘の才能があったからだ。色魔術の新属性に覚醒するなんて焔にすらできないことを成し遂げ、武術の適正は低いながらも努力で補い今やタツジンレベル。仲間たちにも認められ、すっかり頭角をあらわした。

 

 アリスや焔に言わせば、レーナの成長速度は異常らしい。おれからみても異常だし、たぶん誰からみても異常だろう。レーナはほんの一か月前まで戦闘なんかしたこともなかったのだ。それにレーナは別にスキルに恵まれているわけでもない。≪念話≫のスキルしかもっていないのに強い。このまま努力を続ければ焔や小夜と肩をならべられるかもしれない。


「まるで反則チートだ」

 

 とおれが言うと、「そうですね」とアリスが答えた。


「反則と言えばジェービーもです」


 と続ける。


「ジェービーの≪擬態≫……焔の≪鑑定≫が効かないだけでなく、小夜の≪気配察知≫にも引っ掛かりませんでした」


 そういえば小夜が敵の中に強いモンスターは一体だけと言っていた。あのタコ足のヤツがそうだったのか。小夜はジェービーの気配を感じることができなかった。


 なるほど。たぶんマリンと同化したことで、≪擬態≫のスキルがパワーアップしたのだろう。だからこそ敵地への侵入をやすやすと成功させ、多大な成果をあげることができているわけだ。


「すごいなジェービー」 


 レーナとふたりでやっていたころを思い出す。


 焔は最初からすごかったが、レーナやジェービーにもどんどんおいて行かれるな。


「ふう……一番の反則はマスターなんですけどね」


 アリスがポツリと言った。「え?」と聞き返す。


 思い当たることはなくもない。カーソルいっぱいあるし、カーソルで文字書けるし、変な次元プロバイダーと接続してるし、ポイント残高わからないし、新規ダンジョンの所持ポイントの平均は500万ポイントくらいのはずなのにおれは6.9兆ポイントも持ってたし、ポイント残高わからないし、カーソルいっぱいあるし。


「それだけではありません。マスターには不審な点がいっぱいあります」


「自分の主人を不審者みたいに言うなよ」


「フフ。めちゃくちゃな仕事させられてるので仕返しです」


 アリスがニヤっと不敵にわらった。アリスにめちゃくちゃな仕事をさせてるのは事実だ。アリスはタバコを取り出すと、マッチに火をつけた。情報室はアリスが長なので別に喫煙できる。おれは吸わないけど。とりあえず休憩タイムだ。


 ふう~、とアリスがタバコをふかし、


「そもそもポイント管理ヘルプアシスタントシステムってなんなんですか?」


 とおれにたずねた。


「おれがカーソルで書いた文字だよ」


「それが意味わからないです。自分で書いた文字を選択したらレーナがでてきましたって、そんなのわけわかります?」


「わけわからないけど、事実だからしょうがないじゃないか」


「たぶんレーナ様が反則みたいな成長をしてるの、その辺に原因があるとおもうんですよね」


「なるほどな」


 たしかに言われてみればレーナの存在って謎だ。あのときは次元ネットワークに接続してなかったから、レーナは次元ネットワークを介して呼び出したわけじゃない。レーナってどこからきたんだろう? 


「ジェービーさんの件についても意味わからないです」


 ふう~っとタバコを吐く。


「マリンとジェービーが同化して【nジェービー】になったからマスターが【ジェービー】に名前を書きなおしたって聞きましたけど」


「その通りだよ」


「そんなことできるなんて聞いたことがないです」


「いや、ネットにあがってないだけでみんなやってるだろ」


「いやいや、やってないです」


 そうなのか。おれは知らず知らずのうちにおかしなことをやっていたらしい。


「とにかくマスターが変な関わり方をしたレーナとジェービーが、スキルや魔法では説明がつかない、変な存在になっているのは間違いありません」


「たしかに……レーナとジェービーにはスキルとは別の変な能力がある感じだしな」


「そうですね。焔の≪鑑定≫でも見えない特殊なスキル……まあマスターの言葉を借りて≪反則チート≫とでも言いましょうか。レーナは≪異常成長≫的なチート、ジェービーは≪異常擬態≫的なチートをそれぞれ持っているのかもしれませんね」


「なるほどなあ……」


「そもそもマスターに昔の記憶がないっていうのも変ですから」


「そうなの? そういうもんだと思ってた」


「普通ダンジョンマスターは前世の記憶持ってたり、追放されたり、婚約破棄された人がなるもんです」


「それが普通なの? そっちも十分異常じゃない?」


「冗談です。けどマスターは記憶がなかったばっかりにシステムの操作がわからなくてシステムが変になっちゃったんですよね。だから記憶がなかったってこととシステムが変になってしまったことは関連がある気がします」


 ふう~っとタバコをふかすと、アリスは灰皿にタバコを押し付けて火を消した。休憩時間は終わりだ。


「マスター、ちょっとやってもらいたいことがあります」


「人員増員の件か?」


「ああ。それはまだ大丈夫です。そのうち。弥生の処理が終わった捕虜を使ってマスターの能力の実験をしてみたいなと思いまして」


 にっこりと笑うアリス。どうやら悪魔みたいなことを思いついたようだ。

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