第23話 サブマスター解任

   *




「死亡死亡死亡死亡死亡死亡……」


 星屑の森の指令室でクミホは苦い笑みを浮かべた。共有ディスプレイに示されている所属モンスター一覧には”死亡”の文字がずらりと並んでいる。その数なんと500体。ファーリスのダンジョンに侵入した599体のモンスター、そのほとんどが死亡した。残り99体はまだ生きているらしいが。


「くそお、ファーリスめ……やるな……くそお」


 緒戦から負けた。非常に幸先の悪いスタートとなった。しかしダンジョンマスターたるもの負けたくらいで凹んでいてはいけない。敗北から何を学びどう次に生かすかが重要なのだ。

  

 今回の敗北に不審な点はなかったか。――ある。


「どうして『男爵』は敵ダンジョンに侵入したのかな……」


 ファーリスのダンジョンは”マリン”を倒せるレベル。この情報はこの森に配置されたモンスターには十分に周知したはずだ。マリンは5億ポイント相当のモンスターだ。それを倒せるとなれば、少なくともマリンと同等かそれ以上の戦力を有していることは間違いない。


「ファーリスのダンジョンを攻略するには少なくとも5億ポイント相当の戦力が必要なのに『男爵』はダンジョンに潜入した。たった3500万ポイント相当の戦力で……」


 3500万ポイントとは新人ダンジョンマスターが5年間で獲得するポイントの平均だ……決して少ない数字ではない。しかしファーリスのダンジョンと戦うには全然足りない。マリンを倒したダンジョンならば少なくとも5億ポイント相当の戦力を有しているはずだ。男爵はそんなこともわからないアホだったのか?


「うーん、さすがにそれはない……」


 相いれなかったとはいえクミホは男爵の統制力の高さには一目置いていた。あれだけの統率力を持った人物がアホとは思えない。アホに人はついてこない。なぜならアホに従えば死ぬからだ。よって統制力のある男爵はアホではない。そして男爵がアホじゃないのなら、あのような無謀な侵入はしないはず。

 

「そうなると男爵はアホにされた。あるいはアホが男爵にのりうつった……化けた?」


 クミホは共有ディスプレイを操作し、死亡したモンスターの死亡時間を確認する。


「100体のモンスターが同時に死んでいる。その5秒後にさらに100体同時に……5秒間隔で100体のモンスターが同時に死んでいる……」


 恐ろしすぎた。そういうスキルがあるのか?? 5秒間隔で100体殺すスキルとか怖すぎる。これは対策必須だ……しかし対策をするには情報がなさすぎる。あとでスキルに詳しい人に相談してみよう。


「いやいや、ワッチが知りたいのはそれじゃなくて」


 死者数のインパクトに引っ張られて寄り道してしまったが、クミホが知りたかったのは『男爵』の死亡時間だ。


「!」


 男爵が死んだ時間は、男爵たちがファーリスのダンジョンに潜る30分前。それでは599体のモンスターを連れてダンジョンに潜っていったこの『男爵』は誰なのだ?


「化けるスキル……ドッペルデビルスライムの≪擬態≫か……!」


 しかしおかしい。クミホは≪鑑定≫のスキルを持っている。共有ディスプレイ越しでも≪擬態≫で化けているのならば見破れるはずなのに。過去の映像をなんど巻き戻してみても、クミホの≪鑑定≫は≪擬態≫を判定することができなかった。


「≪鑑定≫でも見破れない≪擬態≫……??」


 そんな≪擬態≫は聞いたことがない。ディスプレイ越しではなく直に≪鑑定≫を使えば見破れるかもしれないが……まずいな……クミホはいつの間にか冷や汗をかいていた。やっかいだ。敵の≪擬態≫を見破る術を発見しないかぎり、味方を誰も信じられなくなってしまう。


 ≪擬態≫のことをみんなに伝えるべきか?


 もし星屑の森のみんなに≪擬態≫がいるから気をつけろと伝えたとする。するとどうなるだろうか? 疑心暗鬼。味方が味方を疑いあう状態になる。


 最悪、星屑の森は不信感で自滅することになるかもしれない。


 ならば≪擬態≫のことを隠せば?


 しかし隠せば隠すほどに敵は≪擬態≫を利用して星屑の森を自由にかき回す。暗殺、なりすまし、扇動、陽動、風説の流布、反逆教唆……やりたい放題だ。


「ずいぶんやりづらくなったな……」


 ≪擬態≫の事実に気が付いているのはクミホだけ……≪擬態≫の使い手をどうにかしなければ負ける……そんな気がした。


「直に≪鑑定≫していく……? でも≪鑑定≫が効かなかったら?? それに星屑の森全員の鑑定なんてすさまじく時間がかかる……そんなことやってたらダンジョン運営する時間がなくなる。それとも疑わしきを罰していくか……」


 どちらにせよリスクしかない。1か月縛りを利用しダンジョンの整備を優先したがために、いつのまにか敵に先手を打たれまくっていた。クミホは自分が後手に回っていることに今ようやく気が付いたのだった。


「ひょっとしてワッチの手には負えんのか??」


 戦略のレベルで負けている。その自覚がクミホを焦らせる。敵の次なる手を考えなければならないが……わからない。もう面倒くさくなってきた。


「いっそのこと全員で攻め入ろうか??」


 全員で攻めればもう情報戦なんて関係ない。星屑の森に所属する600億ポイント相当の戦力とファーリスのダンジョンの戦力を単純にぶつけ合ってみては……。一か八かの賭けができるのは戦力をそれほど削られていない今だけだ。しかし敵のダンジョンの戦力がどれほどのものかをクミホは知らない。600億の戦力で足りるのかを判断できる材料がない。


 その時だった。斥候から複数の念話が入ってきたのだ。


(クミホ様~大変~!! ダンジョンからエルフがひとり帰って来たよ~! 98人の人質だって~!)


(クミホ様~大変~!! 男爵が死んだことを知った馬鹿どもが敵討ちに勝手にダンジョンに入っていくよ~!)


(クミホ様~大変~!! 人質を助けたい馬鹿どもが勝手にダンジョンに入っていくよ~!)


「……あ~~~。もうだめだ。無理無理無理。バアル様に助けてもらおう……」


 クミホは諦めた。


 バアルに≪念話≫を送りながら、クミホは自分の未熟さを恥じた。たくさんの部下を死なせてしまった。≪擬態≫の対処法がわからない。敵の情報収集の敵の情報を得るための手段が思いつかない。勝つための算段をつけられない。


(俺だ)


 とバアルから応答があった。その無感情ながらも力強い声に少し安堵する。


「ごめんなさい、バアル様……ファーリスのダンジョンは強いです……ワッチには荷が重かったよう……」


 クミホはバアルに状況を説明した。500名の死者を出したこと。男爵に擬態した魔物がいること。《擬態》に《鑑定》が効かない可能性があること。敵の情報操作が見事で味方の馬鹿が次々に敵ダンジョンへと入っていること……敵に戦略レベルで負けていること、サブマスターとしてすでに心が折れてしまったことなどなど……


 生々しいまでの敗北宣言であった。


 しかし自分の未熟さを素直に認め、他人の助けを求められる者は貴重なのだ。それができる者はなかなかいない。クミホはファーリスのダンジョンの脅威度を現状得られる情報の中で正しく認識し、それをバアルに報告することができた。簡単に見えるがなかなかできることではない。


(わかった。お前が言うならファーリスのダンジョンは本当に脅威なのだろう……すぐにリコリスを星屑の森に送る……情報室のベームベームも一緒にな……)


「バアル様ごめんなさい、ごめんなさい」


 気が付けばクミホは涙を流していた。


(クミホ、お前は無茶な攻めをせず損失を3,500万ポイントで抑えた。これから増えるだろうが……まあ並みのマスターだったら600億ポイントを丸々無駄にしていたところだ。よくやった。サブマスターを引き継ぐかどうかはリコリスと相談して決めろ)


「はい……」


 クミホは敗北を認めた。自分ではダンジョンマスターとしてファーリスには勝てないことを理解した。しかしそれは星屑の森の敗北を意味していなかった。





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