第21話 緒戦

  *



 星屑の森は製作期間1か月の急造サブダンジョンである。しかもサブマスターは実績なしの新人クミホだ。クミホのダンジョンマスターとしての能力が高いためそれなりにまとまりつつあるが、ダンジョンの完成度は瓦礫の塔ほど高くはなかった。

 

 クミホが最も苦労しているのが、人心掌握であった。星屑の森に配置されたモンスターたちは協調性が低く、組織だった行動が苦手なものが多かった。そうしたモンスターたちをどうにかまとめてきたクミホであったが、全く言うことを聞かないモンスターたちもいた。


 そのモンスターたちの筆頭が『男爵たち』である。その数なんと600体。ざっと35,000,000ポイント分に相当する制御不能のモンスターたちが殺気を漲らせながら列をなして歩いて行く。向かう先は当然ファーリスのダンジョンの入り口であった。


 高さ18メートル幅8メートルまで広がった扉はもはや門と呼んでいい。門の先は地下へと向かう緩やかなスロープ状の通路が続いている。先は暗く見えにくいが通路に設置された燭台が点々と通路を紫色の炎で照らしており、進むのに困らないくらいの明るさは確保されている。


 この通路を進んでいけばダンジョンの第1階層へたどり着くわけだ。それを確認した『男爵』は、彼の従者の面々に向かって語り掛けた。


「皆の者聞け! 吾輩はこの日をどれだけ待ちわびたことか! 皆の者もそうであろう! 我々は機会を得た! われら『男爵』一派はバアル様の期待に応えられず失敗を重ね辺境の地方に飛ばされていた! 今もとんでもない森に放り込まれている! しかし今日こうして汚名返上の機会を得たわけである。


 魔界平定後、敵がいなくなってしまったときの虚しさを思い出せ!

 汚名を雪ぐこともできず蔑視の扱いをうけていたあの頃を思い出せ!

 今こそバアル様がこの森にわれらを配置してくれた恩に報いるとき!

 怨敵ファーリスのダンジョンをわれらの手で攻略し、ファーリスを討ち取るのだ!


 サブマスター? クミホ?

 知らん! 


 バアル様以外に仕える必要なし!!


 本来あんな小娘よりも吾輩のほうがサブマスターにふさわしかったのだ! 此度のダンジョン攻略でそれを証明してやろうぞ!


 怨敵ファーリスのダンジョンを地獄に変えるのはクミホではなく、われら『男爵一派』である!


 49年前、ガラナ王国を蹂躙したあの喜び!

 それに勝る悦びがこのダンジョンにはきっとある!


 皆の者、容赦はいらん。我々の持てる残虐性を余すことなく発揮し、このダンジョンを地獄に変えてやろうではないか!!  ガハハハハハハ!!」


「「男爵! 男爵! 男爵! 男爵!」」


 男爵一派の面々が喝采する。人狼、小鬼、犬鬼、大鬼、牛鬼など男爵が率いる多種多様な600体のモンスターたち。そのすべてが武装し、そして男爵を崇拝している。男爵のカリスマ性の高さはクミホにも勝る。決して無能ではないのだ……互いに有能ゆえにクミホと男爵は仲良くすることができなかったのだが……。


「警告、警告~! 男爵たち~! まだダンジョンに入っちゃダメ~! その行動はクミホ様に許可されてな~い!」


 男爵の頭上に飛び回るカラフルな鳥は、クミホに≪念話≫を送っていた斥候である。


「黙れ! 鳥が! クミホの許可なんぞ知ったことか! 我らを止められるとしたらバアル様のみ! 行くぞ諸君!」


「おお~!」


 男爵一派が続々とダンジョンに侵入していく。それはファーリスのダンジョンが初めて迎える侵入者。世界を敵に回した戦争が今、戦闘という形で実現しようとしていた。



――『男爵一派』600体 VS ファーリスのダンジョン第1階層――

 

 



   *




「進めえー!」


 隊列をなし号令とともに歩みを進める男爵たち。ファーリスのダンジョンの通路は広く四列に並んで行軍しても横の間隔に余裕がある。ひたすらまっすスロープを下って行くだけなので足腰の負担も少ない。


「ガハハハハ! わざわざ行軍しやすい構造にするとはファーリスはアホだ! 所詮、ダンジョン作ったばかりの初心者よ!」


 5分ほど進むと通路の先に広々とした空間が見えてきた。その空間には真っ赤なカーペットな敷かれ、金色の豪華な装飾で飾られたソファーが置かれ、天井に吊された豪華なシャンデレラの宝石のようにキラキラした明かりが空間全体を照らしていた。クリスタルテーブルにおかれたシャンパングラスには琥珀色のシャンパンが注がれている。見るからに上質の酒だ。


 ソファーの前にはモノトーンのドレスを着た4人の美女が姿勢よく立ちっている。4人はにっこり笑顔で男爵たちにおじぎをした。


「いらっしゃいませ!」


「美味しいお酒い~っぱい飲んでいってくださいまし!」


「わたしたちとのおしゃべり楽しんでくださいね! せーの」


「「ようこそナイトクラブ・ホムラへ!」」


「ゆっくりしていってな……」


 この世のものとは思えない美しい女たちの出迎えに、男爵たち一向は一瞬戦争のことを忘れた。


(ファーリスのダンジョンはナイトクラブだったんだ)


(よーし今日はいっぱい飲んじゃうぞ)


(仕事を頑張って毎日通おう)


 などと思う者も何人かいた。


 が、すぐに正気に戻った。遊びたい気持ちよりも闘志が勝った。怨敵ファーリスのダンジョンのナイトクラブで遊ぶなどあり得ない!


「魔法隊! 掃射陣形! 属性変化エレメントチェンジ!」


 男爵の号令で隊列が入れ替わる。魔法隊全員が最前列で横並びとなると、全員が一斉なエレメントチェンジを行った。


 魔法隊のメンバーはほとんどがドルイドと呼ばれる老人型のモンスターである。その中にちらほら美形のエルフが混じっている。


「属性魔法弾発射準備!」


 魔法隊はそれぞれが属性魔法弾の発動準備をはじめる。


 正確には属性魔法弾という魔法は存在しない。水属性ならウォーターカッター、火属性ならフレイムボール、雷属性ならエレキショックと言った具合に、各属性の放出系攻撃を便宜的に属性魔法弾と呼んでいるのだ。


一斉射撃ファイアーッ!」


 そして放たれる色とりどりの魔法弾。


 火・水・草・雷・風・地・岩・氷・毒・闘・超・悪・霊・蟲・竜・鋼・妖・標……


 全18種類。色とりどりの属性魔法弾が4人の美女に殺到し4人の体を跡形も残さず粉々に粉砕する。金髪の美少女が肉塊に変わり、黒髪の美少女が爆発四散し、むっちりした美女が灰塵と化し、すらっとした美女が蒸発する。


一斉射撃ファイアーッ!」


 属性魔法弾の嵐が部屋中に広がる。カーペットを引きちぎり、ソファーを爆散させ、シャンデレラを崩落させ、落ちたシャンデレラがクリスタルガラスのテーブルをシャンパングラスごと圧壊させ、琥珀色のシャンパンが飛び散り、部屋中が調度品の破片だらけになり、その破片すらも破壊される。


一斉射撃ファイアーッ!」


 属性魔法弾がナイトクラブ・ホムラの壁を破壊し、床に穴を開け、天井にも穴を開けた。もう破壊できるものはほとんどない。


 この瞬間ナイトクラブ・ホムラは滅びた……営業時間わずか5分であった……


「よぉ~し! 諸君! ひとりの犠牲も出さずに怨敵の第1階層を滅ぼしたぞ! ガハハハハハ! ナイトクラブとは驚いた! おそらく我らを油断させ毒の酒でも飲まそうという算段だったに違いない! 稚拙極まる浅知恵に笑いがとまらんわ! ガハハハハ! さあ~諸君! 次の階層へ向かおうぞ!」


 男爵一行は進軍を再開した。


 ナイトクラブ・ホムラの残骸をザクザク踏みしめて進む600体の軍団は壁の穴の向こう側へと進んでいく。


 その時だった、


「すばらしいやんか!」


 女の声と共にパチパチパチと拍手の音が聞こえた。瞬間、ナイトクラブ・ホムラの残骸が煙のように消え去った。


 代わりに現れたのは真っ暗な空間。そこには真っ赤な鳥居が立ち並び、紫色の火の玉がふわふわと浮かんでいる。


「なに奴っ!?」


 男爵が声の方向を見上げると、鳥居の上に4人の女が立っていた。


 ひとりは金髪のメイド、


 ひとりは黒髪で狐耳のセーラー服、


 ひとりはむっちりしたシスター、


 ひとりはすらっとした網タイツのハイレグボンテージ。


 恰好こそ違うが、間違いない。殺したはずのナイトクラブ・ホムラの女たちであった。


「この世界の魔法をたくさん見してくれてありがとな……」


「よかったね焔」


「それでは焔様、魔法が使えないやつは全員――」


「――殺してもいいですか?」


 セーラー服の少女がにっこり笑ってうなずくと、むっちりしたシスターとハイレグボンテージは「「やったあ♡」」と手を合わせて喜んだ。


 男爵一行は何が起きたのかわからず混乱していた。男爵はそれを正気に引き戻すため、即座に号令を発した。


「遠距離攻撃隊! 掃射陣形! 魔法隊もまだ弾を打つ余力がある者は陣形に加われ!」


 男爵一行が陣形を整える間に、むっちりしたシスターがどこからか弓を取り出した。その直後には矢を番え狙いを定めている。なめらかな一連の動作にはまったく無駄がなく女の弓のウデマエの高さに男爵は驚愕した。


 しかし、弓を一発撃ったところでこの戦況が覆るわけがない。せいぜい運の悪い同胞がひとり減るだけだ。そう思っていたのだが、


「――弓術烙手流奥義きゅうじゅつらくしゅりゅうおうぎ――≪一射百殺いっしゃひゃくさつ≫」


 むっちりしたシスターの弓から矢が放たれた瞬間、最前列の遠距離攻撃隊100名全員の頭部に矢が突き刺さった。ひとり残さず全員である。100の頭に頭に矢が生えた。


「ギャ」「ギュ」「ギョ」


 遠距離攻撃隊の頭部から血しぶきが舞い上がり、バタバタと倒れていく。


「え、死?」


「死んだ!」


「死んでるぞ!」


「ギャアアアアア!!!」 


 その姿をみた男爵一行のなかに何が起きたかのか全くわからず絶叫したものがあらわれると、その恐怖が伝播するのは一瞬だった。


「ウワアアアアアアアアアアア!!」


 恐慌が生じ阿鼻叫喚の騒ぎとなり、背中を向けて逃げだそうとする者が現れた。


「逃げるヤツから殺しまし!――≪一射百殺いっしゃひゃくさつ≫」


 むっちりシスターの第二射が放たれる。逃げ出そうとした男爵一行をはじめとする100名の頭部に同時に矢が撃ち込まれ、その100名は頭部から血を流して倒れた。 


 むっちりシスター……こと朱実しゅみの≪豊穣≫は物体を複製することができるスキル。≪一射百殺≫はそれを弓術に応用したものである。矢を放つと同時に一本の矢を百本に複製し、百人の頭部にそれぞれ命中させるという神業を、朱実は純粋な弓のウデマエだけで成立させている。


「さあもう一発行きまし!――≪一射百殺いっしゃひゃくさつ≫」


 シスターがさらにもう一射を放つ。次の瞬間、男爵一行の死者数がさらに100名増加した。600名いた男爵一行はすでに残り300名、半分まで数を減らしたことになる。


「くそぉ、化け物がッ!」


 と魔法隊のひとり、美形のエルフがシスターに向かって魔法弾を撃ち込もうと構えると、耳元で、


「きみはかわいいね。ゆっくりおやすみしましょうね」


 というささやきが聞こえた。ぞくっと体をふるわせたその瞬間、そのエルフは気絶した。

 

 よくみるとエルフの首には細く長い針が打ち込まれている。


「対邪忍術――≪生締いきじめ≫」


 男爵一行の魔法隊の間を風のように”影”が横切る。瞬間、魔法隊の面々が次々に倒れていく。その全員の首に針が打ち込まれている。その影を認識できているものは、この場では焔だけであった。


 影……こと、ハイレグボンテージ……こと、蜉蝣かげろうの≪朧≫は他者の認識力を弱め現実を錯覚させやすくするスキル。ナイトクラブ・ホムラの幻影は蜉蝣の≪朧≫と焔の巫術を複合させて作り出したものであった。また男爵に恐慌状態を引き起こしたのも≪朧≫の影響であった。


「焔様、爺さん魔法使いは殺したいんですが」


「ならん。蜉蝣。魔法が使えるヤツは全員とらえるんや」


「はーい」


 蜉蝣が返事をしたときには、朱実が第5射を放っていた。男爵一行600名のうち500名が死んでいる。その500名すべてが魔法を使えないモンスターたちであった。


「はい、君で最後」


 蜉蝣が針を打ち込む。それで魔法隊100名のうち99名が首に針を打ち込まれ気絶した。


 自分が連れこんだ500名の屍と99名の意識不明者に囲まれて、男爵はひとりで立ち尽くしていた。


「ギャハハはっはあは! 全滅だああ~っ!!! 先走って! サブマスターに逆らって! 全滅!! ガハハハハハハ!!」


 狂ったように笑い声をあげる男爵。


「ガハハハハ! 全滅全滅全滅う~! 吾輩の部隊が全滅だあ~! ガハハハハ!!」


 笑い続ける男爵。その肩にそっと手を置いたのはレーナであった。


「おつかれさまでした」


 にっこり笑うレーナ。


「さすがじゃな」


 焔もにっこり笑った。


「大成功でした」

 

 朱実も笑った。


「すごすぎです!」


 蜉蝣も笑った。


「ありがとう。みんなもお疲れ!」


 男爵……こともにっこり笑った。


 男爵の姿が崩れ、スクール水着の少女の姿に変化する。


 ジェービーのスキル≪擬態≫……取り込んだ相手の姿そっくりに擬態できる。





――『男爵一派』600体 VS ファーリスのダンジョン第1階層――勝者:ファーリスのダンジョン第1階層

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