第20話 サブマスター:クミホ

 *



 瓦礫の塔のサブダンジョン「星屑の森」は森林基盤広域型ダンジョンである。階層の数は50。


 広域型ダンジョンとは階層が網目状に広がったダンジョンを指す。瓦礫の塔を階層を縦に積んだダンジョンとすれば、星屑の森は階層を横に広げたダンジョンである。


 瓦礫の塔のような縦のダンジョンはすべての階層を通らなければ最深部のダンジョンマスターにたどり着くことはできない。言い換えればすべての階層を通りさえすれば必ず最深部にたどり着くことができる。


 対して星屑の森のような広域型ダンジョンは50階層のすべてを踏破せずともサブマスターにたどり着くことができる。


 その居場所がわかればの話だが。


 通常広域型ダンジョンのマスターの居場所は森の複雑な階層の配置によって巧妙に隠されている。運よく居場所を見つけたとしてもサブマスターは森の中を自由に移動できる。つまり逃げることができる。


 こうした事情もあって広域型ダンジョンの攻略はたいてい鬼ごっこのような様相をみせる。追う探索者と逃げるマスター、そのせめぎ合いが広域型ダンジョン攻略の醍醐味ともいえる。


 しかし今回は事情が違う。「星屑の森」のサブマスター、クミホはあろうことか森の中に砦を作った。森の中にどっしりと居座る盤石な巨城。遠目からみてもわかりやすい目立つ建物だ。そのようなランドマークをあえてクミホは作った。

 

 星屑の森は、世界とうまくやっていきながら共に栄えるダンジョンではなく、《ファーリスのダンジョンを地獄に変えるためのダンジョン》》だからだ。


 砦は敵を誘い込みポイントを獲得するためのエサであり、ファーリスのダンジョンを攻略するための拠点でもある。


 砦にはバアルから与えられたモンスターがひしめいている。ポイントに換算すれば60,000,000,000ポイントに相当するモンスターたちだ。その内訳のほとんどは協調性がなかったり度を超して残虐な問題児たち。バアルの「人員整理」の対象になっている「使えない」モンスターたちである。


 そんな彼らをクミホは愛した。愛しているから厳しく接した。


 ファーリスのダンジョンを蹂躙するのに彼ら以上の適任はないと信じているのだ。森の砦の最上階にクミホはいた。指令室と呼ばれるそこは「星屑の森」の意思決定機関である。情報室の機能も集約されている。

 

 とはいえ、この一か月でファーリスの情報収集はほとんど行うことができていない。敵の情報収集をするにはダンジョンに入る必要があるが、それは同時に相手にポイント獲得の機会を与えてしまうことになる。相手を『1か月縛り』によって追い込み出入り口を広げさせるまでは、敵のダンジョンに入るわけにはいかなかった。


 指令室の壁に掛けたれたマリンの肖像画を眺め(マリンは不定形のモンスターのためその肖像画は時間とともに形がかわっていく)、クミホは拳を握りしめた。


 マリンが死んでちょうど1か月……マリンの命が作った『縛り』がようやく発動した!


 1か月縛りで現れる刺客は最初こそまあまあだが刺客を倒せば倒すほどに徐々に強さを増していく。刺客が送られる間隔もどんどん短くなっていく。しかも刺客はピンポイントでダンジョンマスターを狙ってくる。それがポイントを獲得するまでずっと続くのだ。


 そうなればダンジョンマスターはポイントを獲得するため入り口を広げざるを得なくなる。しかし刺客の処理に疲弊しきった状態で、まともなダンジョン運営ができているわけがない。 


 そこへ攻め込む。1か月縛りの処理で弱り切った敵の命を刈り取るための大軍を一気に投入してやる。弱い戦力をちまちま送り込むというのは戦力の逐次投入といって戦術的にタブーとされている。とはいえ今はまだダンジョンはまとまっていない。クミホの構想通りにすすめば、ダンジョンの入り口が開くころには鍛えられ統率された軍勢が完成しているはずだ。


「くう~! まちどおしいなあ!!」


 準備はちゃくちゃくと進めているがまだまだ準備はできていない。まだ1か月縛りは始まったばかり。相手が刺客の処理に苦しみだすまであと半年はかかるはずなので、それまでに星屑の森の整備をもっと進めて完成度を上げてやる。


 星屑の森のモンスターたちは、さすが問題児軍団といったところで全然言うことを聞いてくれないやつばかりだ。とりあえずあいつらをまとめることが先か。サブマスターにはデリートの権限がないためなかなか従わせるのが難しい。力で支配するのが手っ取り早いと思うがが暴力は逆効果になることもある。


 女や酒をあてがうことでいうことを聞かせる手もあるにはあるがコストがかかるのであまりやりたくはない。


「そうだ! 敵のダンジョンの女を攫って犯していいよ、って言えばいうこと聞くかも!」 


 マリンの情報によればあちらのダンジョンにはレーナとかいう女がいたはずだ。補佐みたいな肩書のなんの能力もないただの女。おそらくダンジョンマスターの娼婦なのだろう。ポイントがカツカツなはずの新規ダンジョンで娼婦を購入するということは、ファーリスはよほどの女好き。マリンを殺したことでポイントを得たファーリスなら、たぶん娼婦もたくさん買ったことだろう。


「さすがにこれは妄想か♪」


 純愛タイプかもしれないし。クミホはコンと頭をたたいた。狐耳が揺れる。斥候から≪念話≫が入ってきたのはその時だった。


(大変~! ファーリスのダンジョンの入り口が大きくなってるよ~!)


(早!)


 馬鹿な。早すぎる。我慢比べだと思っていたのに。


「我慢できなかったんだね♡」


 あれだけ狂ったメッセージを送ってくるダンジョンマスターだ。戦略とかいっさい考えずに狂気にまかせて適当に行動していてもおかしくない。さてどうするか。クミホは考える。


「第一案、敵がダンジョンから出てくるのを殺す。戦術的にもポイントの獲得の面でもこちらが理想的。第二案、こっちから攻める。リスクはあるけど、うまくいけば相手のダンジョン内に『階層を広げる』ことができるかもしれない」


 ファーリスのダンジョン周辺にはすでに大量のモンスターを配置してある。


「うーん。どうしようかな。出てきてほしいけどなあ……」


 と、その時再び念話が入ってきた。


(クミホ様~! 大変~! 先走った馬鹿どもがダンジョンに入っていくよ~!!))


(あちゃ~!! ワッチがまとめられなかった『男爵ども』だな!)


 あとでバアルに怒られるな、とクミホは思った。敵のダンジョンに入ってしまったら『配置を変える』で助け出すこともできない。


「たぶん死ぬだろうけど……どうしようかなあ……馬鹿とはいえ見捨てたら目覚めが悪そうだなあ……」


 ダンジョンマスターに迷いは禁物。けれどどうしたって迷う。


「バアル様もこうやって迷いを乗り越えてつよくなっていったんだね! ワッチもがんばらないと」


 どうにか無駄死にだけはさせたくないが。『男爵たち』は結構強い。生きて帰ってくれれば十分すぎる成果だし、死んだとしても、たぶん死ぬけど、まあ少なくとも敵の強さだけはわかるか……。


「よし! 見捨てよ!」


 クミホはあきらめた。



 次回:バトル展開

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る