第19話 転職するならバトルチーム
*
1か月縛り……ポイントを獲得できなかったダンジョンマスターに課せられるペナルティ。ダンジョンマスターを殺す。その目的を持った刺客が次元ネットワークからやってくる。それがずっと続く。ダンジョンマスターがポイントを獲得するその時まで。
「来ます!」
「うむ」
はじめは光だった。直径3メートルもある巨大な光の塊が現れ、その光の中から刺客が現れる。
身長2.5メートルを超える巨躯。その体は強靭な筋肉と土色の体毛で覆われている。その頭部は獣……狼の頭部をもった刺客の眼差しは鋭く野生味にあふれ、耳元まで裂けた大きな口からは巨大な牙が覗いている。野生の獣と異なる点。それは二足歩行を行っている点、そして丸太のように太い腕に長さ1.5メートルに及ぶ武器≪戦斧≫が握られている点である。
「いたってノーマルな
「強い……?」
レーナが尋ねると焔は顔色一つ変えずに言った。
「雑魚や。500,000ポイントってとこやな。ウチがでるまでもない。援護も必要ないやろ。レーナひとりでやってみ……練習や」
「わかったっ!」
すっとレーナは前に進み、現れた人狼をにらみつけた。人狼の鋭い眼光を前にして臆した様子を微塵も見せない。
「レーナ様っ! 武器を!」
焔のバトルチームのメンバー、朱実がレーナの元へ武器を放り投げる。鞘に収まったその武器は全長およそ1メートル。レーナは空中で回転するそれを振り向きもせず両手でつかむとそのまま一気に抜刀した。刃渡りおよそ80センチの片刃、刃紋はのたれ、そりの深いその武器は≪
レーナはその切っ先をワーウルフに突き付けると、
「わたしはレーナ! マスターの命を狙う者は許さない!」
と名乗り、そして剣を上段に構えた。武術を初めて一か月とは思えない堂々たる構えであった。
──レーナ VS
「ええ……レーナすご……すごいけどレーナって武術の適正低くなかった?」
「適正と習熟度は別もんや。適正が低くたって努力次第で達人になれるし、適正が高くても努力せんかったら凡人のままや」
1か月で達人に至る努力を積んだなんて……レーナがこの時点ですごすぎる。
「ガルッ!」
人狼が地面を蹴り素早い動きでレーナに迫る。その勢いで繰り出された戦斧の振り下ろし、レーナはそれを最低限の動きで躱す。人狼の眼にはレーナが一瞬消えたかのように見えただろう。
人狼の右側にすばやく回り込んだレーナは、上段に構えた太刀を振り下ろす。孤を描く斬撃が人狼の右腕を深く切り裂いた。人狼の血しぶきが飛ぶ中、レーナはもう一歩踏み込む。さらなる斬撃を見舞おうとしたのだが、人狼は素早く後方へ跳躍し距離をとった。
レーナは無理に距離を詰めずに再び太刀を上段に構えた。仕切り直しだ。
レーナの顔には人狼の血が点々と付着している。しかしレーナは意に介することもなく、じっと人狼を睨み付けている。
人狼の血に染まった右腕は動かすことも困難であろう深手であった。しかし人狼はケガの影響がないことをアピールするかのように右腕を高く掲げた。よく見れば出血が止まっている。見ている合間に傷口が治っていく。
「ふん。《再生》のスキルか。珍しくもない」
焔が鼻を鳴らす。≪再生≫は珍しくなくても有用なスキルではある。
レーナと人狼は二手、三手と互いに斬撃を繰り出した。人狼の戦斧がレーナを捉えることはなく、レーナの斬撃は的確に人狼を切り裂いていくが命には届かない。傷つくたびに人狼は《再生》のスキルで回復してしまうのだ。
レーナが優勢とは言え一発でも人狼の攻撃を食らえば形勢は逆転する。
命のやりとりの緊張感が第1階層の空気をひりつかせていく。人狼の血の匂いが立ちこめ、むせかえりそうになるのをおれは堪えた。焔の作った結界の中で動くこともできず、固唾を飲んでレーナの戦いを見守っている。そんな自分を情けなく思った。
「ガルッ」
人狼が戦斧を振りかぶった。今や右腕だけでなく、左腕や右脚もレーナに斬られて血に染まっている。《再生》さえなければレーナはとっくに勝っているが、そうならないところがスキル持ちの厄介なところだな。
とおれが思ったところで、
人狼は振りかぶった斧をぶん投げた。その投擲の対象はレーナではなく、
おれだった。
レーナの視線が一瞬おれにむけられる。その一瞬で人狼が間合いを詰める。戦斧を捨てた人狼の動きは先ほどまでと比べものにならないほど速い。
凄まじい勢いで斧が迫ってくる。が、カン、という金属がぶつかりあう音がして、斧はあらぬ方向へと飛んで行った。カランカランとレーナの刀が床を転がっていく。レーナが自分の刀を投げ捨てて、斧の方向を逸らしたのだった。
レーナが守ってくれた。
レーナの行動におれは感謝すべきだったのかもしれない。だけどレーナはそんなことしなくて良かった。おれには焔の結界があるんだから、レーナが守ってくれなくても平気だったんだ。
「レーナ!!」
おれは叫んでいた。レーナは致命的な隙をつくり武器まで失っている。レーナの背後にはすでに人狼が回り込んでいる。そして繰り出される人狼の蹴りが深々レーナの胴体に直撃した。斧を失ってもその巨体から繰り出される人狼の打撃の威力は絶大……、
……でもなかった。人狼の蹴りを受けてもレーナは微動だにしていなかった。レーナが拳を握りこむ。人狼の鳩尾に叩き込むと、人狼の体がくの字におれ、吐しゃ物を吐きながら倒れこんだ。たった一撃のパンチが人狼の呼吸器官を破壊した。
「
レーナが使ったのはこの世界の魔法体系≪
レーナは自分の体を鋼に変化させたんだ。
「オラオラオラオラオラァッ!」
そこからは蹂躙だった。人狼の≪再生≫を上回るスピードで繰り出されるレーナの打撃が人狼の体を次々に破壊していった。もうレーナの勝ちだ。
おれが胸をなでおろしていると焔が話しかけてきた。
「少しヒヤっとしたか? マスター」
「あ、ああ。武器を捨てたとき、レーナが殺されるんじゃないかって」
「あれはレーナの演出やった……武器を捨てて敵を油断させてからエレメントチェンジでハメる流れが見えとったんやなあ」
「……レーナすごいな」
あのレーナがここまで強くなったなんてなんだか泣けてくる。今は楽しそうに人狼をボコボコにしている……もうボコボコっていうかグチャグチャだけど。
合掌。
──レーナ VS
「やりましたマスター!」
血まみれのレーナがにっこり笑ってブイサインを作っている。おれは若干引きながらもレーナを抱きしめ「すごかった! 感動したよレーナ!」と言ってレーナの頬にキスの雨を降らした。おれにも人狼の血がついちゃうけど構うものか。
「あ、ありがとうございます」
気が付けばレーナも引いていた。
「ごめん……」
おれも正気に戻る。バトルって変なテンションになるよね。
「いやああセクハラあああ」
「いやああパワハラあああ」
レーナの戦いを見ていた2人の娘たちがレーナに駆け寄ってくる。シスター姿の娘が
「レーナ様にひどいことしないでくださいまし!」
「マスターとはいえハラスメントはだめゼッタイ! せーの」
「「目指せ! ホワイトダンジョン!」」
なんかこの二人異常に気が合うらしくセリフも打ち合わせしたようにぴったりだ。まるでおれのダンジョンがブラックなような口ぶり。おれに対する敬意が足りないんじゃないか、と思ってから気が付く。おれ。敬意を払われるようなこと何一つしていない。
「いいのいいの。ありがとう。朱実、蜉蝣……」
レーナが2人娘の頭を撫でている。純粋な戦闘能力ならたぶんレーナよりもこの二人のほうが強いはず。なのにレーナは認められているんだな。
「マスターは配置換えのクールタイムが明けるまでゆっくりしていってくださいね」
「そうさせてもらうよ。みんなよろしく」
「またウチが鍛えたろか」
いつもなら適当な理由で断るけど、レーナの頑張りを視た後では断りづらい。
「それもいいかもね」
けどその前に、
「ちょっとアリスに≪念話≫するね」
おれのポケットに入っている小さなジェービーの分裂体を取り出して念じる。この小さく分裂したジェービーは人型ではなくて丸いゼリーみたいな形。このジェービーには自我はなく、≪念話≫を使うための便利道具みたいな扱いになっている。この小さいジェービーを10体分くらい集めて合体させれば話せるようになるんだけど。
(もしもしアリス? 終わったよ)
(もしもしマスター。確認しました。前情報通り刺客からの獲得ボイントはゼロでした)
(やっぱりそうか)
(そのかわり『階層を外に広げる』の必要時間が短縮しました。これも前情報通りです)
1か月縛りで送られてくる刺客はダンジョンマスターに対するペナルティだ。しかし救済でもある。刺客を倒すと階層を外に広げるための必要時間が短縮されるのだ。ダンジョンを外に広げられればポイントの獲得機会は増える。
(ではマスター、あとは手筈通りにお願いします)
(わかった)
念話が切れると小さいジェービーは自主的にポケットに戻っていく。
「なんの話しとったん?」
「今後の話だよ」
「秘密主義になったなあ……ちょっと前までなんでも話してくれとったやないか」
「配置換えのクールタイムが終わったらダンジョンの入り口を大きくして、ダンジョンを外に広げる……とかそんなとこじゃないですか?」
「レーナ正解」
まあ元々はレーナのプランだもんねこれ。このまま刺客を倒し続けるのもだるいからね。戦力も整ってきたしジェービーのおかげで敵の情報もだいぶ集まってきた。そろそろダンジョンを本格的にオープンして外へ広げていってもいいだろう。
……とアリスが言っていた。
とりあえず外にダンジョンを広げて、それからは。
互いにダンジョンを攻略しあうダンジョンバトルが始まるわけだ。ダンジョンの外に広がるサブダンジョン≪星屑の森≫、これを攻略しないことには反抗勢力のところにたどり着くことができない。
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