第13話 エクソシスト その②

   *




「く、く、く、懐かしい魔力に充ち満ちて……この万能感たまらんなあ……」


 ケモ耳が生えて一気に狐っぽくなった焔は獰猛に笑った。おれとレーナは焔の作ったこの暗くて鳥居がいっぱいあって火の玉がぷかぷか浮かんでいる空間がおそろしすぎて隅っこのほうでガタガタ震えていた。


「「ころしてころしてくれやるですわ~」」


 ジェービーはでかくなったり小さくなったりしながら細くなったり太くてなったりしながらバタバタと無作為に暴れ散らしている。近づくと危ないから離れていよう。


「危ないからマスターとレーナ様は狐火よりこっちにコンといてな……」


 おれとレーナの目の前にボウっと紫色の炎が上がりメラメラと線を引く。


「まずはちょ~と大人しくしてもらいましょか……巫術――」


 焔が両の拳を握る。同時に数多の触手が鎌首をもたげる蛇のごとくジェービーに正対する。


「マスターでますよ! 焔の魔法がでるですよ~!」

「レーナ、ノリノリだな」


 うおお~! と炎の線から身を乗り出して応援しようとしているレーナをおさえる。この娘、意外とバトル好きなんだ……


「──≪狐範地きつねぱんち≫……」


 巫術:狐範地…ろそれは魔力を帯びた触手による。重く速く手数のある打撃の流星群が容赦なく絶え間なくジェービーに降り注ぐ。


「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ……」

「レーナ、落ち着いて! どうしちゃったのこの娘!? てか焔やり過ぎじゃないかっ!?」


 謎にオラオラ言い始めたレーナを押さえながらおれは思った。こんなに殴ったらジェービーが死んでしまうのでは。


(あわてるでない。マスター……うちの触手をよく見てみ……)


 これは≪念話≫か。ちがう焔は念話を使えない。おそらくこれは焔が前に言っていた巫術:≪夢山彦ゆめやまびこ≫だ。

 

 ものすごい高速で次々に繰り出される触手の連打、当然おれの目に追えるものではないが……しかしそれは動体視力の話。おれにはダンジョンマスターのスキルがある。それを通してみればなるほど焔のいいたいことがわかった。


「これは! あの触手の一本一本に塗り込まれているもの……それは塩!」


「なんですって!? あのたくさんの触手の一本一本に塩がぬりこまれているというの!?」


「想像してごらんレーナ。あのすさまじい勢いで繰り出される打撃の一発一発がすべて塩にまみれている。当然殴られているジェービーの体にも……」


「塩がすりこまれていくのね!」


「ああ。このままいけばジェービーは漬物だ……」


「美味しく漬かってしまうのね!」


「ああ。水分が抜けてうまみが凝縮されていくのさ!」


 くそ、変なテンションになってしまってなにが言いたいのかわからなくなってきた。とにかく焔の魔法のパンチの連打を浴び続けたジェービーの体はひしゃげてつぶれて、そして塩まみれだ。


(く、く、く、思ったよりしんどい……4分もかかってしまったわ……じゃが下ごしらえはで完了や……マスターあのスライムの名前を能力の目でよーく視てみい……!)


 言われて視てみると「Mジaェーliビnー」だったジェービーの名前が「Malinジェービー」に変化しているではないか。


「まさか塩を溶媒にして二体を抽出したというの……!?」


「塩を溶媒にして抽出だって!? そうか! 塩への溶けやすさがジェービーとマリンで違うんだ! 焔はそれを利用して混ざり合っていた二体を分離したのか!」


「けれどマスター! 考えてみればマリンとジェービーは同種の魔物! 塩への溶けやすさの違いはほんの僅かなはず……その僅かな違いを見極める観察眼! そして細胞単位で融合していた二体を正確により分ける触手操作の精密さ! ふたつを兼ね備えた焔でなければこんな術式は不可能よ!」


「まさに神業だ……!」


 勢いで解説できるおれらすげえ。溶媒とか抽出とかよく知ってたな。


「「いってええええですわ~いたいよおおいたいいたいいてえええですわ~ころしてくれころしてくれですわ~」」


 ジェービーとマリンは死にたくなるほど苦しんでるけど……まあしょうがない。


「オン キリキャラ ハラハラ フタラン パソツ ソワカ」

 

 おれらが解説している間に焔が呪文を唱えながら九字を切っている。


「――≪魔剣召喚マケンショウカン九枝刀キュウシトウ≫」


 焔の前に九本の紫炎の柱が立ち上がる。その中から現れたのは九刀一対の魔剣、九枝刀。それぞれが火の玉と同じく宙に浮かび、禍々しくも神々しい気を発している。


 魔剣それぞれの名を、

 

 地神刀:阿須狐丸ちしんとうあすこまる

 天神刀:葉那狐丸てんじんとうはなこまる

 斬魔刀:或部狐丸ざんまとうあぶこまる

 塵魔刀:水狩狐丸じんまとうみどがるこまる

 巨霊刀:世頓狐丸きょれいとうよつんこまる

 黒霊刀:須婆狐丸こくれいとうすばこまる

 霧妖刀:鈍流狐丸むようとうにぶるこまる

 炎妖刀:結春狐丸えんようとうむすはるこまる

 死人刀:笆琉狐丸しじんとうへるこまる

 

 というらしいのだが、それは後で知った。


 焔は次々に手印を結びながら、九枝刀に命じる。


「九枝刀よ、神魔霊妖を裂く九の魔剣よ、此度わが命に従い、彼の者ジェービーと彼の者マリンの身と名と魂の繋がりを斬り分け給え、そののちマリンのみを滅し給え――巫術――」


 焔が手を前に突き出す。九の魔剣の切っ先がジェービーに向けられる。


「――≪魔鈴祓まりんばらい≫」


 ザン、と空間そのものが切り裂かれたような圧を感じた。その瞬間にはジェービーとマリンの体は真っ二つに斬り裂かれ、直後二つに裂かれた体の片方だけが紫色の炎に包まれ、瞬く間に燃え尽きた。


「やりましたか!?」

「いや、まだだ!!」

「やってもた……やはりその場の思い付きで適当に作った新術……わずかに手元が狂ったようやわ……!」


 ジェービーを能力で視たときの名前の表示は「nジェービー」。たしかにわずかに狂っている。名前の「n」の分だけマリンの成分がジェービーに残ってしまっているのだ。


「く……これを取り除くにはもう一度儀式をせなあかんが……時間が足りんな……」

「世界召喚の制限時間は?」

「あと3分30秒です!」


 くそ、あと少しだったのに。焔ががんばってくれたのに。あの「n」さえなければ……せっかくおれがつけた名前に「n」なんて余計なもん付けやがって。


「すまんな……儀式は失敗や……」


「敵の成分が残っている限り、nジェービーを信用することはできません」


「く、くそ、もうどうにかならないのか」


 焔が首を横に振る。


「こうなったらマスターがするべきことはひとつです」


 デリート。その選択が頭によぎる。覚悟は決めたはずだ。だが。


「稲荷の時間はまだ残っとる……あんたがデリートできんのやったらウチが殺ったるから……」

 

 ジェービーを殺す決断を。おれは下さなければならない。


「ただいま、ごめんね、ころしてくれ、ころしてくれ、ですわ」


 とnジェービーはうめいている。儀式はほとんど成功していたのに。どうにかできないのか。おれはおれにできることを考える。カーソルをたくさん動かせてカーソルで文字を書けて、レーナを喚びだして名前を付けて……。


「あ……そうかレーナの名前……」


 レーナの名前はそうだ最初はポイント管理ヘルプアシスタントシステムだったじゃないか。それをおれがレーナに変えたんだ。どうやって?


「たしかこうやって……お前の名前は」


 カーソルの形を変形させ「ジェービー」の文字を描く。その文字を視界に映る「nジェービー」の文字の上に重ね……選択する。


「ジェービーだ」


 ジェービーの体が光に包まれる。そしてジェービーの姿形が変化していく。

 おれとレーナを足して2で割ったような姿に。金色の長い髪のところどころにおれと同じ赤い髪がまじっている。胸のふくらみはレーナほどではないがおれよりは大きい。身に着けている衣装は紺色のワンピースの水着。


「なんてことじゃ! ダンジョンマスターの能力で名前を書き換え、ジェービーに混じっとったマリンのnを除去したいうんか……」

「そして名前を書き換えた影響かジェービーの存在が以前よりも強力になっています」

「おそらく儀式と名付けが重なって魔物としての段階があがったようじゃ」

「これはまさに進化……!」


 解説ごくろうさま。

 床に伏せていたジェービーが目を開く。おれの目の色と同じ金色の瞳。


「……どうやらぼく、助かったみたいだね」


「ああ」


「みんなのおかげだね。ありがとう。えっと……あなたは?」


ホムラじゃ。はじめまして。あえて聞くがあんたは」


 ジェービーはニッと不敵な笑みを浮かべ、 


「ジェービー、ジェービーだよ」


 と言った。





――ホムラ VS Mジaェーliビnー――  勝者:みんな

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