第12話 エクソシスト その①

   *




「ようはジェービーとやらに取り憑いたマリンつう狐を落とせってことやな……?」


「狐じゃなくて悪魔的なスライムですけど……できそうですか?」


「さあなあ。相手が悪霊ならどうにかなるかとしれんけど……実体のあるもん通しが混ざり合うなんて事態を想定した術なんかないしなあ……」


 焔は指で自分の頬を撫でながら考え込むようにうつむいた。


「焔でも無理か……」


 おれが落胆すると、焔はキッと鋭い視線でおれを見つめ不敵な笑みを浮かべた。


「ウチを舐めんとって……術が無いなら作ればええ……巫術を極めたウチにできんことはない……! たぶん!」


「おお!」


 自信があるのかないのかよくわからんが頼もしい。しかしレーナの表情はくらいままだ。 


「そもそも、ここでは巫術が使えないのでは?」


 そうか。巫術はたしか異世界の魔法だからこの世界では使えないんだ。


「そこはウチのスキル《世界召喚》を使う。簡単に言うと9分間だけ巫術が使えるようになるスキルや……」


「おお!」


 もはやなんでもありか。焔、頼もしすぎる。しかしレーナの表情は晴れない。


「わたしは魔法のことはよくわかりませんが、9分で新術を編み出したりできるんですか?」


「そこはウチにもわからん……《狐祓きつねばらい》の術のアレンジでいけるかもとは思っとるが……《鑑定》やら使いながらアドリブでやってくしかないやろなあ……」


 焔ならなんとかできるかと思った。焔もできないとは言わない。だけど、やれるかどうかは微妙なんだなあ。おれは少し気が重くなった。


「とにかくウチはやるだけのことはやる。そやけどな、失敗したときのことは考えといてや」


 ドキリとした。つまりそれは焔が失敗したときにジェービーをどうするか決めておけということだった。つまり敵に利用される心配があるジェービー活かすのか、それともマリンごと殺すのかを。


「ウチの弱みやからあんまり言いたくないけど……《世界召喚》を使った後、ウチは9時間弱くなってしまう……まあ弱くなるいうてもあんたらよりは強いけどな。ただ術に失敗したあと、敵からあんたらを守れるかどうかはわからん……そやからマスターはジェービーに《ポイント還元デリートを使う覚悟を決めておくんやで……」


 ポイント還元デリート。自分のモンスターをポイントに還元する=消滅させるダンジョンマスターの権能のひとつ。ダンジョンマスターは購入したモンスターに名を与えることで名誉を与え、デリートで生殺与奪を握ることで従属させる。モンスターがいうことを聞かなかったり、裏切ったりしたとき。必要に応じてダンジョンマスターはデリートを行使しなければならない。それはわかっている。わかっているが……


「マスター、ここは焔のいう通りです。ダンジョンマスターは敵だけじゃなくて味方の死も管理する必要があるって前に話しましたよね。今がその時なのかもしれません。ジェービーを失うことは悲しいですが覚悟だけは決めておいてください。デリートを使えるのはマスターだけなんです」


「いくらダンジョンマスター言うてもなんでも選べるわけやない。ときには損得で考えるんや、物事に優先順位をつけるんや。あんたがウチの強さよりレーナ様の尊厳を優先したようにな……」


 そうか。言われてみればあれもひとつの選択だったのか。たしかにおれはあのとき焔の強さよりもレーナを選んだ……もしあの時焔を選んでいれば焔を頂点とする強さ至上主義のダンジョンが生まれていたはずだ。だがおれはそれをしなかった。おれが選んだのはレーナとの関係性だった。選択というのは残酷だ。何かを選ぶということは何かを選ばないことだ。だがおれは選択の残酷さなど考えたこともなかった。選ばれなかったホムラがどう思うか、考えることもしなかった。


「わかった。おれはジェービーを助けたい。その選択のためにダンジョンを危険にさらす。例え焔が失敗したとしてもその責任はおれにある。焔が失敗したそのときは、おれが責任をとるよ……」


「マスター」


「ま、ウチにまかせなさい。マスターに重いもん背負わせたりはせんからな」


 焔がどんと自分の胸をたたいてにっこり笑いかけた。




   *




 ダンジョンの第一階層では儀式の準備が着々と行われていた。焔の指示で用意した様々な道具。


 呪符、霊符、大麻おおぬさ、塩、切麻きりぬさ、それから箱。

 

 これらの道具は≪狐祓の術≫を使う際に必要となるらしい。巫術という魔法体系は魔力を籠めた道具と呪言と手印を組み合わせることで発動するので、必要そうな道具の準備をしたほうが儀式の成功確率がわずかに上がる可能性があるとのことだった。


 焔もセーラー服を着替え、烏帽子に狩衣、そして袴を身に着けている。巫術を使う際はそのほうが都合がいいらしい。


「まあこんなもんでええやろな……なんでもかんでも用意してもキリがないから」


 焔の準備ができた。そのことをレーナに伝える。


「わかりました。これからジェービーを呼びますのでマスターは50層へ。わたしはここに焔と残ります」


「いやだな。ひとりでいくなんて」


「わたしがここに残るのは、≪念話≫でマスターに儀式の成否を速やかに伝えるためです。マスターにはやるべきことがある、そうでしょう?」


 デリートは遠隔地からでも実施できる。ならば危険を伴う第一階層にとどまる意味はない。それはわかるのだが。


「わかってるさ。ただ、なんとなくなんだけど……おれにもできることがある気がするんだよね」


 おれの視界に映る大量のカーソルがそう言っている。気がする。これはただの予感なんだけど。


「うーん……わたしは危ないから反対ですけど……でもマスターは”いい意味で壊れてる”からなあ……焔どう思います??」


「さあなあ……危ないゆうのはホンマやし安全なところにおってもええとは思うけどな……なんかマスターの勘が騒ぐんじゃろ。そういう時ウチにもあるよ……死線を超える経験はしといたほうがええやろし……いざとなったらウチが守ったる」


「そうですか。マスターが残るというなら、わたしはその選択を尊重します」


「迷惑をかけるね」


「いえいえ」


「ええんやで」


 おれたちは顔を合わせてうなずいた。おれとレーナはダンジョンの入り口から離れる。焔が床に膝をつき手印を結ぶ。


「ではジェービーに入ってきてもらいます」


 レーナが念話を送った直後、高さ15センチの入り口からニューっと体を伸ばしてスライムが入ってきた。


「「おじゃまただいましますですわ~かえったよ」」


 紫色とピンク色が取り返しのつかないほど複雑に混ざり合った芋虫のようなその姿に「あ……」とレーナが思わず声を上げる。ダンジョンマスターの能力を通してジェービーをみると、そこに表示されるはずの「ジェービー」といいう名前は敵の名である「Malin」の文字と混ざり合い「Mジaェーliビnー」と表記されている。


「「いれてくれてみんなごめんありがとうですわ~ころしてくれころしてやるですわ~」」


「ジェービー」


 意味不明な言葉を口走るジェービーそれは彼の自我を保つ力の限界が近づいていることをありありと物語っている。


「……狐柱揚油、九日九星、九魔九神、陽動陰止厳月、害気攘払、九尾柱狐を鎮護し、九神稲荷、悪鬼を逐い、奇動霊光九隅に衝徹し、狐柱揚油、安鎮を得んことを、慎みて九神稲荷に願い奉る……」


 呪文を唱え終わった焔が立ち上がる。同時に焔の背中から大量の触手が現れ、焔のスキルが発動する。


「――≪世界召喚セカイショウカン≫――」


 焔の体を中心に黒い空間が広がっていく。ポン、ポン、ポンと太鼓の音が軽快なリズムを刻む。それに合わせて朱色の鳥居が次々に空間に現れていく。時折コーン! と獣の鳴き声がして、鳴き声が聞こえるたびに青紫の炎がふわふわと宙に浮かんだ。


 焔の黒い髪が金の色に変わる。そして焔がかぶった烏帽子を挟むように二つの三角の耳があらわれる。


「――≪鳥居稲荷トリイイナリ≫――」




――ホムラ VS Mジaェーliビnー

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