第11話 魔王の思惑

 *




(以上が新規ダンジョンの情報ですわ~)


(ごくろうさま。あなたの処遇については追って連絡します)


 「瓦礫の塔」、999階層。そこには情報収集と解析、および意思決定を行うための部屋がある。情報室と呼ばれるそこはダンジョン運営の核ともいえる設備が揃っている。


 ダンジョンマスターの視ている画面を共有するためのディスプレイ。

 ≪念話≫を有するモンスターとおよび念話を共有するためのスピーカー。

 収集した情報を記憶し記録するためのスキル≪書記≫。

 それら情報の真偽を判断するためのスキル≪解析≫。

 

 数々の工程を経て得られた正しい情報から瓦礫の城は最適な戦略を考え出してきた。結果、世界のすべてを支配することに至った。敵対勢力のせん滅には至っていないものの、ある程度の数の残党を残しておくことそれ自体が戦略であり、残党は瓦礫の城の脅威にはなりえない。


 瓦礫の城にとっての最大の脅威――それはやはり勇者であった。


 勇者は魔界となった世界に突如現れるという。魔王を滅ぼすことを目的とする存在であり、魔王を滅ぼすための能力を有する存在だと伝えられているもののその詳細はわからない。


 魔法の体系が世界ごとに異なるように、勇者の形もまた世界ごとに異なるからだ。ここ魔界クレッシェンドにおける勇者がどのような姿かたちをしているのか、それはわからない。


 ダンジョンの歴史を紐解けば、魔王が誕生した数週間後にフサゲノミヤ幻神龍が突如として出現し、世界を崩壊させるスキル≪世界崩壊≫でなすすべなく滅んだ魔王もいる。フサゲノミヤ幻神龍がその世界における勇者だったのだ。その他にも災害の形で顕現した勇者もあったし、異世界の生命体だけを死に至らしめるウィルスの形で顕現した勇者もあった。


 最近では魔界ナブリスが勇者によって滅んだ。ナブリスに現れた勇者はなんと魔王の側近だったという。魔王の側近の一人が勇者として顕現し魔王と戦い殺害に至ったのである。


 これらの勇者はごく例外的なものではあるが、勇者という存在の多様さを示すには十分であろう。


 始まりの魔王ハーゴンのように勇者と戦い、生き延びた魔王もいる。勇者を倒したハーゴンは現在最大のショッピングサービスDANAZONを運営し、ほぼすべてのダンジョンマスターから破格のポイントを稼ぎ続けている。


 瓦礫の塔もいずれハーゴンのようなすべての魔王の頂点に立つ存在になることを目指しているが、その前に勇者を倒す必要があった。


 情報室は、勇者が敵対勢力の残党から勇者が現れる可能性が高いと踏んでいたが、新規ダンジョンの出現で事態が変わった。


 同じ世界に複数のダンジョンが出現することは珍しくはない。現にバアルも今までに5つのダンジョンと戦い滅ぼしてきた。しかしそれらのダンジョンは瓦礫の塔とほぼ同時期にオープンし互いに切磋琢磨してきたライバルのような存在であった。


 魔界となった世界に新規のダンジョンがオープンするなどという事態は、今までに例のない非常に珍しい事例であることには間違いない。


 この新規ダンジョンこそが、この世界における勇者なのではないか。という懸念をバアルたちは抱いていた。それは十分ありえることだった。


 マリンがジェービーなるドッペルデビルスライムと同化し入手した情報によれば、ダンジョンの規模は50階層。と新規のダンジョンマスターとして破格の大きさを誇る。


 その割にダンジョンのモンスターはレーナという特に能力のない少女とドッペルデビルスライムのジェービーしか所属していない。


 ジェービーによれば、これはダンジョンの戦略でそうしているらしい。あちらのダンジョンマスターは、まずジェービーによって世界の情報を収集しそれからダンジョンの整備をするつもりだったのだと。まさに教科書通りのダンジョン運営である。このことから相手のダンジョンマスターはダンジョン運営の基本を身に着け、基本通りに実践しようとする人物だということがわかる。受ける印象は真面目で創造性に欠ける経営者だ。


 ただし初期ダンジョンにしては不審な点はある。新規ダンジョンとしてはダンジョンの階層数が多すぎることと、ドッペルデビルスライムという希少で高価なモンスターを所有していることだ。階層の拡張だけでも50億ポイントはかかるはずだし、ドッペルデビルスライムの購入も3億ポイントはかかる。そもそもドッペルデビルスライムを入手するには特別なコネクションが必要なはず。バアルもコネクションを手に入れるため相当な苦労をしたのだ。そのコネクションを新規ダンジョンが最初から持っているというのは異常だ。


 以上のことから、情報室は新規ダンジョンのダンジョンマスターを次のように評価した。



 ・新規ダンジョンとしては異常なポイントを持ち、希少なモンスターを入手するコネクションを持っている。

 ・しかしその異常さを自覚できておらず、運営にいかせていない。

 ・ダンジョンマスター自身は未熟。それを補佐するブレーンも基礎知識はあるが発想が凡庸。

 ・現在は瓦礫の塔にとって脅威ではない。しかし将来的に脅威となりうる。



 「ふむ」


 情報室を訪れた魔王バアルは新規ダンジョンについての報告を聞いてうなずいた。ダンジョンの長たるバアルがわざわざ自室を出て情報室まで出向いていることが、新規ダンジョンへの関心の高さを示していた。


「どうするべきだと思う?」


 バアルが問いかけると、情報室の緊張が高まり部屋の空気が張り詰める。


「は! 我々は二つの案を提示したいと思います。ひとつ、新規ダンジョンを勇者と認定しせん滅する案」


「もうひとつは?」


「は! ふたつめは新規ダンジョンを”牧場”として認定し我々のポイントの獲得手段として利用するという案です」


「なるほど、面白いな。そちらの案はかれらとわれわれで協力しあい、ダンジョン運営ごっこをしようというわけだ」


 バアルが抱えている問題は勇者だけではない。ポイントを獲得する手段の確保も瓦礫の塔が抱える大きな課題であった。


 全世界を支配下に置いたバアルには敵対勢力がほとんどいない。一応敵対勢力の残党を残し、ポイントを獲得できるようにはしているが、魔王になる前とくらべてポイントの獲得量はかなり減少している。とりあえずバアルは魔界のポイント獲得手段として残党たちと小競り合いを繰り返しながら、彼らの成長を待ち、再び敵対勢力となるまで育てようととしていた。しかし残党が瓦礫の塔と渡り合える敵対勢力に成長するまで、とても長い年月がかかるのは明白だった。


 対して新規ダンジョンは残党を育てるよりも簡単に敵対勢力となりうる。世界を制した瓦礫の塔には戦力が有り余っている。むしろ持て余している。余っている戦力を新規ダンジョンに差し向け処分する。それで相手にポイントを稼がせ、瓦礫の塔を攻略するための戦力を整えさせる。その戦力を瓦礫の塔で殺しポイントを稼ぐ。この繰り返しで無限にポイントを稼ぐことができるかもしれない。そうなればお互い損はしない。まさにウィンウィンの関係だ。


「俺としては後者の案を推したいところだが……相手が勇者であった場合に後手に回ることになるのがネックだな……」


 相手のダンジョンをポイント獲得手段として機能させつつ、勇者だった場合のリスクに備えて。このふたつを両立させることができれば、2つのダンジョンの両立は可能だ。


 相手のダンジョンマスターが損得で動くタイプであれば利害は一致しているわけだし話し合いで解決するかもしれない、ただし交渉が決裂した場合、こちらの弱みを相手に握られることになる。もし交渉が決裂したら力の差を見せつけ降伏させ言うことを聞かせることになるだろう。あるいは側近を寝返らせいつでも寝首をかけるようにしてもよいだろう。


「相手の出方次第だな。協力的なら歓迎するが反抗的ならつぶしたい」


「そうですね。とりあえず同化したマリンはどうしましょうか」


「所属のちがうドッペルデビルスライムが同化した場合なんて前例がなさすぎて不確定要素しかない。今後の情報源としてマリンを利用できる可能性もあるが、敵に利用される可能性もある。俺としてはさっさと処分したいがな」


「しかしマリンをデリートした場合、同化しているジェービーとやらも同時に消滅する可能性が高いです。そうなれば相手のダンジョンマスターの心証が悪いかと」


「それなんだよな。ビジネスパートナーになるかもしれない相手だ。今は下手なことをしてヘイトを買いたくない。どうせならこちらがどうにか解決してやって恩を売れるといいんだがな」


「同化したドッペルデビルスライムの意識を分離する方法……難しいと思いますが探してみます」


「頼む。ひょっとしたら相手がどうにか解決するかもしれないな。それができたら相手の評価を上げてやろう」


「はい。とりあえず処分するモンスターのリストアップを進めていきます」


「任せた」


 

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