第10話 スライムの戦い

 *




 広大な森の一画にある開けた空間で、大きな岩を挟んで2体のスライムが対峙している。半透明な体を通り抜けた陽光が2体のスライムのそばに色づいた薄い影を落とす。

 

 新規のダンジョンに所属するスライム、ジェービー。瓦礫の塔に所属するスライム、マリン。所属ダンジョンが異なる2体のスライムによる殺し合いが始まろうとしていた。


 2体の影はゆらゆらと炎のように揺らめき、殺気を孕んだ空気が2体の周囲に竜巻のように渦巻いている。風に舞った木の葉が2体のちょうど中間の地点にひらりと落ちた。


 動いたのは同時だった。力を溜めたバネが解き放たれたかのように2体のスライムは互いに跳躍した。2体が空中で交差した一瞬、ジェービーの体表の一部が裂け紫色の体液があふれ、マリンの体表に穴が開きピンク色の体液がこぼれた。


 2体は着地するなり次の跳躍を行った。宙に散らした体液が陽光を受けて輝く。再び空中で交差する2体のスライム。交差の一瞬、マリンは体を刃のように変形させジェービーの体表を裂く。片やジェービーは体を槍のように変形させマリンの体表を穿っていた。


 2度の交錯で2体が負ったダメージはほぼ互角と言えた。


 ≪不定形流動殺≫不定形のモンスターが修める武術体系のうちもっともポピュラーなものである。2体のスライムたちの武術の修得レベルはほぼ同じだった。このまま武術による殺し合いを続ければ2体はおそらく相打ちとなる……そうジェービーは読んでいた。


 それはまずいかもしれない。


 ジェービーはこのまま武術による戦いを続ける気はない。どこかのタイミングで切り札を切るつもりでいる。しかしジェービーが切り札を用意しているようにマリンもまた隠し玉を用意しているはずなのだ。


「やりますわね」

「あなたもね」


 しゃべりながら傷の再生を進める。武術のレベルが互角と分かった以上、ここからはお互いの切り札の探り合いになる。


「やるといっても~まあ~わたくしには勝てませんけどもね~」

「それはこっちのセリフだよ。きみはぼくに勝てない」

「強がってもダ~メですわ~、だってアナタ知らないでしょ~?」

「?」

「ま・ほ・う! 出来立てホヤホヤダンジョンのアナタはこの世界の魔法を知らないはずですわ~」


 それを聞いてジェービーは焦った。魔法を使えるスライムと使えないスライムが争った場合どちらが有利かは明白だ。


属性変化エレメントチェンジですわ~」

「っ!」


 マリンの体が魔力で青く輝きだした。この世界の魔法がどのようなものか、ジェービーには全くわからない。だからこそこの情報には価値がある。絶対に生きて帰ってやる。


「か~ら~の! 水刃ウォーターカッター~!」


 マリンが放ったのは水を刃のようにして飛ばす魔法……よくある魔法だ。オーガ・スパイダーの糸よりもスピードのある魔法を、ジェービーは難なく躱した。水の刃がジェービーの体表ぎりぎりを掠めていく。


「そんな魔法なら別の世界でゴマンとみたよ……ってあれ」

 

 マリンの姿が消えている。いつのまにか見失ってしまった。魔法に気を取られすぎてしまったのか。いや違う。きっとこれが魔法の効果なのだ。


「ばあ~!」


 背後からマリンの声がして直後ジェービーの体表が深く裂けた。大きなダメージを負ってしまったが瞬間、ジェービーはマリンの魔法の正体をおよそ看破した。

 

「うふふ、この世界の魔法はちょっとクセがあるのですわ~」

「……おそらく体を水そのものに変化させる魔法ってとこだろうね」


 自分の体を水そのものに変化させた上で刃の形に変形し跳ねる。つまり水の刃に見えたのは変形した体当たりだったのだ。その仕組みを理解できなかったためジェービーはマリンの姿を見失ってしまい、不意を突かれたのだ。


「ご明察。やはり賢いですわ~」


 ジェービーは確信する。このままでは勝てねーわと。体を水そのものに変化させたのなら、ジェービーの物理攻撃ではダメージを与えることができないからだ。おまけに大きなダメージまで負ってしまった。ならば。


「さてさてトドメですわ~がんばりましたわね~」


 マリンがトドメの変形を始めたその時だった。森の陰から3体のジェービーが現れマリンを取り囲んだのである。観察者マリンから情報を引き出し確実に倒すためジェービーは分裂体を潜ませていたのだった。


「もういいよね」

「ご苦労さま」

「ずいぶん情報が取れたね」


「マリンさん、ぼくをただのスライムと思ったあなたの負けだよ……同化!」


 4体のジェービーはマリンを中心に同化する。体を水に変化させていたマリンを、4体分のジェービーが包み込む。


「まさかわたくしを取り込む気ですの~??」

「その通り。わざわざ水になってくれているなら毒で溶かすまでもない。さぞかし消化が早いだろうね」


 マリンの体はジェービーの体内に飲み込まれ、そして消えた。



 ――ジェービー VS マリン ――勝者……ジェ……



「やっちまったですわね~」

「!?」


 頭の中から聞こえる声にジェービーは戸惑った。馬鹿な。マリンの体は完全に消化したはずだ。


「オホホホホ~あなたがただのスライムじゃないように、わたくしもただのスライムじゃないのですわ~」

「しまった! まさかマリンさんも」

「あなたと同じドッペルデビルスライムですわ~驚きですわ~」


 違う名を持つドッペルデビルスライム同士が混じりあってしまった。ジェービーの頭の中にマリンの記憶が流れ込む。バアル、魔王、瓦礫の塔、魔界クレッシェンド……それはマリンが行ってきた数百年分の情報収集の歴史であった。と同時にマリンの頭の中にもジェービーの記憶が流れ込む。マスターやレーナに関する記憶がマリンに読まれてしまった。


「さてさてどうしましょう。もうわたくしたち完全に混ざり合ってしまいましたわ~もう分離は不可能ですわ~」

「くそっせっかく情報を得たのに」

「オホホ、わたくしを取り込んだあなたが悪いのですわ~わたくしはあなたの中でずっとず~っと一緒ですわ~そしてあなたの知らない間にウソの情報を流したりあなたの体を操って悪いことをして遊ぶのですわ~」

「く、くそ~ぼくがやらかすなんて……なんてザマだ」


 マスターやレーナの姿を思い浮かべる。このままダンジョンに帰ればふたりを危険にさらすことになる……ジェービーは途方にくれた。


「ウフフ……ダンジョンに帰らないんですの? 入り口はすぐそこですのに」

「うるさい黙れ!」

「あらあらごめんなさい~ わたくしどうもおしゃべりで~ しゃべりだすととまらな~い」


 マリンと同化してしまった時点でジェービーはダンジョンに帰ることはできなくなった。自分の居場所をなくす。その絶望はジェービーの心を深くえぐり、怒りと悲しみのどん底に突き落としたのだった。


「マスター、レーナ様ごめん……!」


 ジェービーは死を決意した。自分で自分を終わらせようと思った。その時だった。


(ジェービー! ジェービー! 聞こえますか? わたしレーナです)


 頭の中にレーナの声が聞こえてきたのだった。

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