第8話 エンカウント

   *




 4方向に分かれた4体のジェービー、そのうち1体はまっすぐにダンジョンを目指した。ダンジョンに帰ればマスターとレーナに外の情報を伝えることが出来る。そしてまだ確証を得られてはいないが、おそらく「敵」はダンジョンの存在に気がついているであろうことも。


 情報を伝えることさえできればダンジョンは対策を講じることが出来る。情報を得たジェービーがダンジョンに帰ることには大きな意味がある。


 とはいえ「敵」の頭がまともならば、ジェービーの帰還を阻止しに来るであろうことも予想している。周囲に気を配りながら、木々の間を縫うように移動する。木々の枝葉を踏み砕き、小さな虫やキノコなどにぶつかれば体内にとりこんだ。


 ダンジョンまであと1,000メートル、という地点でジェービーは立ち止まった。生い茂る木々の間、その空間の雰囲気に違和感があった。


「これは……糸か」


 木々の間に目に見えないほど細い糸が蜘蛛の巣のように張られている。トラップなのは明らかで、ジェービーは迂回を余儀なくされる。その一方で本当に迂回してしまってもよいのか、とも考える。


 トラップにしてはわかり安いが……。ぼくを迂回させるために?


 一瞬の逡巡。立ち止まったわずかな時間に放たれた糸がジェービーに迫っている。


 タイミングは完璧に近い。とはいえ糸のスピードは避けられないほどではない。


 すれすれのところで糸を躱し、糸の発射方向に意識を向ける。巨大な蜘蛛が木の幹に掴まっているのが見えた。


「あれは……たしかオーガ・スパイダー」


 オーガ・スパイダーは比較的有名なモンスター……そう、モンスターだ! どこかの世界から持ち込まれなければ、本来この世界に存在するはずのない生物だ。それがなぜ?


 次の糸が放たれる前に木の裏に身を隠す。遮蔽物に隠れ、糸の射線を切りながら跳躍を繰り返し、ジェービーはオーガ・スパイダーへと近づこうとする。だがオーガ・スパイダーの吐いた糸はそのままワイヤートラップとなり、回り道を強いられる。外れた攻撃がトラップとなり敵の行動を制限する。オーガ・スパイダーの厄介な能力……


 がジェービーにとって対処可能な攻撃だった。体の形や大きさを高速で変化させることでオーガ・スパイダーの糸を回避、グングン距離を詰めていき……加速した勢いを攻撃力に転じた必殺技たいあたりを食らわせる。


「ギュッ」


 オーガ・スパイダーの硬い外骨格がひしゃげ、裂け、中から白い液体のような筋肉が飛び出す。この時点でオーガ・スパイダーはほぼ無力化したが、ジェービーは念のため頭部を潰して完全にトドメをさした。本音を言えば情報収集のため擬態のバリエーションを増やすため、オーガ・スパイダーを体内に取り込んでおきかったのだがそれは出来なかった。


 観察者がオーガ・スパイダーでないことは明らかだったからだ。小さな生き物ならともかく、オーガ・スパイダーほどの大きさの生物を消化するのは時間がかかる。敵に見られている中で無防備な時間を作るわけにはいかない。


 再びシンと静まった森のどこかからジェービーに向けられている観察者の視線。どこにいるかをまったく悟らせない上級の隠遁術にジェービーは戸惑いを覚える。視線など自分の気のせいなのかも知れないという思いがチラチラ湧き上がってくる。あるいはそれこそが敵の思惑なのだ。


「まあいい。ひとまずダンジョンへ」


 ジェービーはふたたびダンジョンに向かう。あと5分もあれば到着する。その間に必ず敵はぼくを足止めするはずだ。さっきのオーガ・スパイダーは前座にすぎない、本命の足止めが必ずあるはず。それが観察者本人によるものならいろいろ手間が省けるのだが。


 ダンジョンの入り口は森の少し開けた場所にある。陽光の差す場所にぽつんとある小さな岩、そこに15センチの扉がある。


 出入口のある岩が見えてきた。今のところ敵の気配はない。このまま帰ることが出来るか? いや気を抜いてはいけない。と、その時、


「プルプルプルプル~」

 

 岩の陰から現れたのは半透明の不定形生物。


「スライム……」


 こいつが本命か。まったく強そうには見えないが、それは自分にも言えること。それにこのスライムが観察者本人なのであれば実力を隠すことも可能なはずだ。


「ピキ~! いじめないで~! わたくし悪いスライムじゃないですわ~」


 スライムが言葉を話したことに、ジェービーは驚いた。しかもスライムの言葉を理解出来たことにも。世界共通言語……原生世界に存在するはずのない異世界の言葉だ。世界共通言語……別名をダンジョン語という。オーガ・スパイダーにダンジョン語……この世界は……。この情報はなんとしてでもマスターに伝える必要がある。


「ぼくも悪いスライムじゃないよ。だからそこ、退いてもらえるかな」


「あらあなた……ただのスライムかと思ったらお話ができるのですね。素敵ですわ~」


「余裕あるね……まったくかんに障るよ。退く気がないなら……」


「ウフフ、押し通る気ですの」


「そうなるね。可憐な女の子に手荒な真似はしたくないけれど」


「あらうれしいですわ~! ババア扱いされなかったのは久しぶり……」


 と、その瞬間。敵のスライムにジェービーの体当たりが炸裂した。シンプル。ゆえに必殺。全体重を載せた突進、オーガ・スパイダーを一撃で粉砕したジェービーの体当たりを受けた敵のスライムは……


「!?」


 微動だにしなかった。体当たりをしたジェービーの方が逆に吹っ飛んでしまった。


「いくらわたくしが魅力的でも、いきなり抱きつくなんてマナ~違反ですわ~」


「なんだ、こいつ」


 強い……しかも強さの底が見えない。ジェービーは確信する。こいつが観察者だ。しかもこいつは……


「お前、ダンジョンのモンスターだね……そしてこの森は、この森自体がダンジョンだ……」


「森? オホホ……多少の勘違いはありますがほぼ正解ですわ。賢いスライムですこと」


「だったらこれはダンジョンとダンジョンの戦いってことだ……名乗らせてもらっていいかな?」


「あらうれしい。どうぞお名乗りになって……」


「ジェービー……ジェービーだ」


「わたくしはマリン……いざ尋常に……」


「「参るっ!」」




──ジェービー VS マリン


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