第7話 魔界
*
「さて、外のことはジェービーに任せて、49階層の整備を進めましようか」
「そうだね」
ジェービーを見送ったあと、おれたちは一度50階層に戻り、共有ディスプレイをみながらダンジョンの整備を進めている。
「ところで最強ってなんだろうな」
「誰にも負けないモンスターですかね?」
「やっぱりドラゴンかな」
「それもアリですね。最強と言えばドラゴンですから」
「ドラゴンの中で最強のやつを探そう」
ネットを検索する。
「ドラゴン 最強」
すると複数の記事がヒットする。
最強ドラゴンランキング!!
1位:フサゲノミヤ幻神龍
2位:パルチュララ創世龍
3位:アブダクタル無限龍
1位はフサゲノミヤ幻神龍、世界崩壊というふざけたスキルを持っているぞ。
2位はパルチュララ創世龍、世界創造というふざけたスキルを持っているぞ。
3位はアブダクタル無限龍、無限のエネルギーを操るというふざけたスキルを持っているぞ。
いかがでしたか? モンスターっておそろしいですね。それでは。
「いくら最強って言っても世界崩壊とか世界創造のレベルは要らないよなあ」
「そうですね……ここまでいっちゃうとモンスターというより神様ですね」
「世界ごと滅ぼされたらおれらまで死んじゃうし」
「あくまで『この世界』で最強のモンスターが必要ってことですね」
「結局、この世界の情報がないと最強モンスターも決められないわけだな」
「そうですね……」
「それじゃあ、とりあえず今はジェービーが負けたとき用のモンスターを買おうか」
「はい。ジェービーも結構強いはずですが負けたときの保険は必要ですね……
「スキルと魔法ってちがうの?」
「はい。スキルとは魔力以外のエネルギーを用いた世界法則の改変と定義されています。
例えばマスターのスキルはダンジョンポイントというエネルギーでダンジョンという空間を作り出していますし、ジェービーはカロリーを消費して自分自身の定義を改変し擬態や分裂を行っています。
スキルはエネルギーさえあればどの世界でも使うことが出来ます。しかし個体由来のものなので、スキルを持たないものがいくら訓練をしても身につけることは出来ません」
「へえ~」
「対して魔法は、魔力を用いた世界法則の改変と定義されています。
魔力とは世界由来のエネルギーのため、世界ごとに特徴がちがいます。ですからこの世界でしか使うことが出来ません。
その代わりに訓練次第で誰にでも使うことができます」
「おお~、おれにも使えるんだ」
「はい。ただ世界によっては魔力が極端に少なかったり、魔力の扱いが難しすぎたりします。そういう場合は結局才能や適正がある限られた者にしか魔法を使うことができません」
「なるほどね。魔法の扱いが得意なモンスターを喚んでも、この世界ではまったく役にたたなかったりするわけだ」
「それがそうでもなくて、階層を設定して異世界の環境を再現すれば、ダンジョンの中限定で異世界の魔法を使えるようにもできます。環境の整備や維持にコストがかかりますけど」
「ふうん」
つまり異世界の魔法使いを呼ぶのもアリなんだな。その世界の魔法を教えてもらえるかもしれないし。でもどうせならこの世界の魔法を使えるようになりたいな。
「この世界の魔法を使おうと思ったら、この世界の魔法使いに使い方を聞くのが一番ですね」
「なるほど」
結局、情報収集が大事ってことなんだな。ジェービーを魔法使いに弟子入りさせるのもありか。この世界に魔法使いがいるかもわからないけど。
「とりあえずジェービーより強いモンスター買おうか」
「そうですね。どうせなら基礎的な戦闘の訓練が出来るモンスターがいいかもしれませんね。わたしもマスターも戦えませんし」
「基礎的……体を使った技の訓練か……」
ちょっとめんどくさいな。やってみたら面白いのかな。
「はあ……わたし運動苦手なので憂鬱ですけど……」
「おれも憂鬱だな……」
まあしょうがない。戦えないより戦えたほうがいいに決まってる。戦わないといけない場面で戦えなければ負けて死ぬだけなのだから。
というわけで、今回探すのはジェービーより強くて戦闘の訓練が出来るモンスターだ。
*
青々とした木々が生い茂る森は鬱蒼として広く、どこまでも続いているかのよう。遙か遠方に聳えたつ塔はどこまでも高く天を衝くかのよう。
このような塔を作り上げる文明とは、果たして如何なる存在なのか。
高い木に登り、塔を見据える4体のスライムはあまりの世界の広大さに目眩を覚えるのだった。
ちなみにこのスライムらは4体に分裂したジェービーである。
「さっきからチラチラ視線を感じるね」
「しかも自分の居場所を巧妙に隠蔽している」
「レベルの高い観察者だ」
「たぶんダンジョンの場所もバレている」
ジェービーは戸惑っていた。自分が想定していた状況とずいぶんちがう。ダンジョンの存在を悟られないうちに、擬態で世界に溶け込み可能な限り情報を集める……その前提が崩れている気がする。
確証はない。勘のような疑念だがジェービーは自分の直感を何より信じていた。見られている。おそらくこれは間違いない。この世界の者に観察されているのであれば、今後のダンジョンの立ち回りも変わってくる。
だが確証がない。誰かの視線を感じたなどという報告が大して意味を持たないことを、ジェービーはわかっていた。どうにか確証を得なければならない。
「観察者を見つけて始末しないと」
「ただのスライムだと思われているうちに」
「出来るだけ能力をみせずに」
「出来れば生け捕りで」
もちろんこれは賭けでもあった。観察者と遭遇すれば戦闘になることが予想され、もし戦闘に敗れることがあれば情報収集という使命を果たすことが出来なくなる。ダンジョンにとっては大きな痛手だ。できれば戦闘は避けたくはある。
しかし戦わずに情報収集を続けた場合を想定すると、これもダンジョンにとって不都合な状況に追い込まれる。観察者によって操作された情報をダンジョンに持ち帰らせる可能性があるからだ。敵の誤った情報に踊らされるほど危険なことはない。
ジェービーはすでに戦う覚悟を決めている。
もし自分が死んだとしても、少なくとも《ジェービーが死んだ》という情報はダンジョンに伝わる。マスターやレーナならきっとそれを受け止め対策を講じるだろう。無意味な死にはならない。
「さあ行くよっ!」
4体のジェービーは木から飛び降り四方に分かれた。
*
天まで聳える巨大な塔の頂上にひとつの小さな部屋があった。その部屋にはベッドとソファと小さなテーブルがあり、部屋の中央にはダンジョンマスターの共有ディスプレイが宙に浮かんでいる。
ソファーにはひとりの美しい男が腰掛け、グラスに入った泡立つ飲み物を少しづつ嗜んでいた。
男が首を少し動かすたび銀色の長髪がさらりとなびいた。コールが鳴ったのはその時だった。配下には緊急時以外のコールの使用を禁じている。
ひさびさの緊急事態に男は目を細めた。コールの発信者はマリンだ。マリンには新規ダンジョンの発見を任せていたはずだ。
「どうした?」
「バアル様~大変ですわ~! 新規のダンジョンがオープンしましたわ~!」
「わかった。詳しい話はリコリスに」
それだけ伝え男はコールを切った。口元をわずかに緩め、グラスに残った液体を一気に飲み干す。
「さて勇者に新規ダンジョンか……魔王もなかなか忙しいな……」
男の名はバアルと言った。
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