第3話 他人は自分の鏡
*
ダンジョン管理システムは、ダンジョン運営の基幹システムだ。
ダンジョンの設備、アイテム、モンスターなどの購入。それらの配置・分配。購入したモノの管理など、ダンジョン運営にまつわるほとんどをこのシステムが担っている。やれることが多いのはいいが、それ故に迷う。とはいえ今のおれはひとりじゃない。迷ったらレーナに聞けばいいのだ。
「で、何をすればいいかな?」
「そうですね、まずは『次元ブラウザ』を起動してはどうでしょうか」
「次元ブラウザ?」
「次元ネットワーク上にアップロードされた情報にアクセスするツールです。検索サービスを利用すれば調べものができますし、他の世界のダンジョンのニュースも見ることができます。ショッピングサービス
「へえ~面白そう。買い物もできるんだね」
「あ、そうだ!」
レーナが何か思いついたようだ。
「マスタァ~ンわたしぃ欲しいものがあってぇ」
レーナが腰をくねくねしながらくっついてくる。おねだり娘モードのレーナに、おれは金持ちのパパモードで対応する。
「なにが欲しいんだい? 何でも買ってあげるよ」
「チュッチュッ、マスターだあ~い好き!」
レーナがおれの頬にキスの雨を降らせる。
「コラコラ、レーナ。これじゃ何が欲しいのかわからないじゃないか。ほら何が欲しいか言ってごらん」
「ダンジョン管理システムの共有ディスプレイ買ってぇ~」
難しい横文字がおれを急に現実に引き戻す。パパ活は終わったのだ……。
「お、おお……わかった。それじゃそれの買い方を教えてよ」
「……はい」
レーナに操作を教えてもらいながら、次元ブラウザを起動する。ブラウザのホーム画面にはさまざまな情報が飛び交っている。
「次元ブラウザのホーム画面には別の世界のニュースが表示されます。何か面白いニュースがあるかもしれませんよ?」
別の世界のニュースか。買い物の前にちょっとみてみようかな。なになに……
────────────────────
「・↑←↓新魔王誕生から1年 最年少魔王バアル氏(4567歳)の偉業を振り返る→↑
・↓→魔界ナブリス崩壊 勇者アルジェに魔王敗れる←↑
・↑←↓始まりの魔王ハーゴン氏 ナブリスへの参入意欲を語る↓→↑
・↑←幻のモンスターパルチュララ創世龍 驚きの生態←↓→
・↓→↑神話級装備と言えばコレ! デュランダルの威力とは!?→↑←
・↑←↓ナブリス崩壊で大量のモンスター難民発生 難民たちの行く末は←↓」
────────────────────
ほええ。なんか知らない世界のニュースって面白いな。ところで魔王とか魔界ってなんなんだろう?
レーナに聞いたところ、魔王とはとにかくすごいダンジョンマスターのことらしい。その世界すべてを支配下においたダンジョンマスターは魔王と呼ばれ、魔王の支配下におかれた世界のことを魔界と呼ぶそうだ。
「じゃあおれも魔王を目指すことになるのかな」
「うーん。魔王になるのってすごくレベルの高い話でわたしにはなんとも言えません。全世界を支配下におくってことは敵対勢力がなくなるってことで、ダンジョン運営のセオリーから外れすぎてるんですよね。敵がいないから安全ですが今後ポイントを得ることは難しくなります。そこをどうクリアするのか……」
「なるほど」
つまり魔王になったらやることがなくなるのか。
「あとさ、ナブリスってとこで魔王が負けてるんだけど勇者ってなに?」
「ああ~、それもレベルの高い話で詳しく知らないんですが、魔王が誕生すると出てくるらしいですよ勇者。とにかく超強いとか」
「超すごい魔王に勝つとか勇者凄すぎよね」
「そうですね。魔王になると勇者に倒されるリスクが出てくるのも考えものですね」
勇者はやりこみ要素ってことか。
勉強になるなあ。ニュースはマメにチェックしよう。まあニュースはここまでにして、そろそろ共有ディスプレイを買うか。
「えーと」
とりあえずショッピングサービスDANAXONにアクセスする。DANAZONのトップページには生け捕り用のトリモチトラップや、まがまがしい装飾が施された槍など、オススメの商品がずらりと並んでいる。そこでふと思い至る。
「そうか。共有ディスプレイがあれば、この画面、レーナにも視られるようになるんだね」
おれに視えてるDANAZONの画面はレーナには視えていない。レーナからすればおれはさっきからひとりでしゃべってるのと変わらない。
「わたしのわがままで申し訳ないのですが、マスターのお役にたつためにどうしても共有ディスプレイが欲しいのです」
「わがままなんてとんでもない。レーナがいなかったらおれには何にもできないよ」
「ありがとうございます! でもマスター、何にもできないなんて言わないでください。わたしをここに喚んだのはマスター自身の力なのですから」
「そうかな?」
おれの力と言われてもピンと来ないな。レーナを喚びだせたのはラッキーだったけど、自分で自分が何したのかもよくわかってないからね。
*
────────────────────
「←↑←↑fhhbffポイントで共有ディスプレイを購入しますか?→←↓←」
→↑→はい←↓→
↑→←いいえ→←↑←
────────────────────
迷わずはいを選択。するとレーナのときと同じく光の塊がダンジョンに現れ、その中から共有ディスプレイが出現した。
ビー玉くらいの大きさの透明な球体。これが共有ディスプレイの本体だ。ずいぶんコンパクトだな。
「ありがとうございます! すいませんがマスターの能力と共有ディスプレイを接続していただけますか」
「わかった」
メニューから機器の接続をえらんで共有ディスプレイを選択してっと。
「よし、出来たよ」
「ありがとうございます! これでやっとマスターが視ているものをわたしも視ることができます」
接続が済むと同時にビー玉ディスプレイが空中に浮かび上がって光る。おれが現在視ている画面が、空中に絵を描くように映し出される。立体映像だ。
「ひっ……!」
宙に映し出された画面を観るなりレーナの顔が青ざめる。どうしたんだろう?
「な、なんですか、これ!?」
「どうかした?」
ディスプレイに映っているのは、次元ブラウザのホーム画面。それのなにがおかしいのだろうか。変なニュースでもあったかな。
「こ、これは、カーソル!? なんでこんなにいっぱいカーソルがあるの!?」
「へえ。これカーソルっていうんだ。矢印マークって呼んでたよ」
どうやらレーナはカーソルがたくさんあることに驚いているらしい。得意になったおれはレーナをさらに驚かせたくなった。
「おれはカーソルの扱いにかけては自信があるんだ。今は適当に動かしてるけど、これ全部おれの思った通りに動かせるんだよ。こんなふうに」
現在画面に映っていないカーソルを一点に集めた(15,000個くらい)。そしてそれを、時計回りに高速回転させる。
「ぐ、ぐるぐる~!?」
目を回すレーナ。
「ははは、驚いたかな? カーソルで文字を書くこともできるんだよ、ほら」
おれはカーソルを変形させて文書を書いてみせた。「レーナかわいいね」と。
「へ、へえー! マスターはカーソルをぐるぐるできて文字まで書けるんですか~?? かわいいねなんてうれしいな~!?」
「喜んでもらえてうれしいよ。さて余興はここまで。ダンジョン管理システムを起動しようか。あれ、レーナ。なんか顔色が悪いよ」
レーナの顔には脂汗が浮かんでいる。
「マ、マスター。マスターにこんなこと言うのは失礼とはわかっていますけど、言わせてもらってよろしいですか?」
「どうぞ」
「マスターのシステム、ぶっ壊れていますっ!」
「えっ!? いや、だってちゃんと動いてるよ!?」
「ちゃんと動いてないです! このシステム……一体どこに接続しているの……??」
「hdghiknvf457だよ」
「エイチデージーエイチ………??? えーと、今マスターは何ポイント持っていますか?」
「gjjfdryukkoポイントだよ」
「ひっひっ……」
レーナは頭を抱え、笑っている。
「ひゃはははははっ!! す、数字! 数字ですら無いだとぉおっ!!! わたしのっ! 常識がっ! 破壊されていくうぅぅっ!!」
と叫んで気絶した。おれは倒れるレーナを支える。
「レーナ!」
呼びかけても返事がない。大丈夫か? どうしたらいいんだろう?? 疲れてたんだろうな。レーナがゆっくり寝られるようにDANAZONでベッドを買おう。
*
倒れたレーナをベッドに寝かせたおれは数時間ほど次元ネットワークを閲覧していた。レーナの言うとおりおれのシステムが壊れているのか、調べてみたくなったのだ。
カーソル 増殖。
カーソル 同時操作。
カーソル 変形。
カーソル 文字書ける。
カーソル マスター。
ポイント管理ヘルプアシスタントシステム 召喚。
ダンジョンマスター 故障。
ダンジョン管理システム 破壊。
hdghiknvf457 接続。
ダンジョンポイント 数字じゃない。
様々なワードで検索をかけたが、めぼしい情報にはヒットしなかった。つまりおれの抱えているトラブルは次元ネットワーク上にはあがっていないということだ。
一応通常の状態というのも調べておく。
次元ネットワーク 接続先 通常。
ダンジョンポイント 新規 平均。
というワードを検索してみる。
通常、次元ネットワークはDDT光などの次元プロバイダーというところに接続される。おれのダンジョンが接続しているhdghiknvf457という次元プロバイダーはどこにも存在していない。
そして新規のダンジョンマスターのダンジョンポイントは平均で5,000,000ポイントらしい。gjjfdryukkoポイントなどというわけのわからないものではない。
「ふう」
どうやらレーナの言うとおり、おれの能力は壊れているのかもしれない。今のところ特に不都合は感じないが、今後どうなるのかはわからない。おれはダンジョンマスターとして致命的な欠陥を抱えてしまっているのかもしれない。
ダンジョンマスター 権能 修復。
で検索をかける。すると「スキルの性能アップに微調整! モンスターの戦闘訓練はクーフーリンにおまかせ!」といった感じの宣伝にはヒットするばかりで壊れたスキルの修復についてはどこにも書いていなかった。
「なあ、どうしたらいいんだ?」
ベッドを見る。レーナはまだ眠っている。やっぱりおれはひとりではなにも出来ないなと痛感する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます