第20話



 「…あ、ウン」



 その「声」は、声と呼ぶにはあまりにもか細く、力のないものだった。



 一体どうしたら、そんなに小さな声が出るのだろう。



 蚊が鳴くよりも小さな、死にかけの蝋燭の火のようなか弱い音が、鼓膜の表面をくすぐっていった。



 耳かきの綿の部分で皮膚を撫でられたようなこそばゆさが、そこにはあった。



 「人の声」で背筋が凍ったのはこの時が初めてだった。



 思わず後ろを振り返った。




 見ると、そこには怯えた目をしたカズの姿があった。



 どうすることもできず、全身をこわばらせている情けない姿が。



 カズはケンスケたちに従順だった。



 だからカズが、彼らに逆らうことはできなかった。



 逆らおうものなら、殴られるか蹴られるか、だったから。



 だが、その事情を知らなかった私にとって、この時のカズの怯えた様子は、謎めいたものに違いはなかった。




 「…どうか、したのか?」



 振り向いた先で私はカズに尋ねたのだ。



 なんでそんなに怯えているんだ…?と。



 まさかケンスケたちにいじめられているとは思っておらず、率直に抱いた疑問をそのまま彼にぶつける以外になかった。



 彼は無言で私の横を通り過ぎ、スタスタとケンスケたちの元へ近づいていった。



 「早くジュース買ってこいよ」



 ケンスケがカズに向かって放った言葉は、その抑圧的なトーンで、友好的な感情の下に成り立つ言葉ではないことは明白だった。



 ジュース買ってこいって、どういうことだ?



 カズはケンスケの言葉に対して俯いたまま、困惑しているようだった。



 「…ごめん、ケンスケくん。今日はお金持ってないんだ…」



 「はあ!?」



 

 はあ!?



 と、言いたいのは私の方だった。



 お金持ってないっていうのが、そもそもケンスケたちにとってはどうでもいいはずだし、なぜそれを言葉にしてまで伝えたのかも状況としてよくわからなかったためだ。



 大体、「ジュース買ってこい」というワードが日常的に異色すぎて、それが雑音のように耳の中にこびりついて離れなかった。



 「いじめ」の状況に遭遇するなど、いまだかつてなかったためだ。




 「姫さま、彼は困っておいでですぞ」


 「困ってるって言ったって、私にどうしろと…?」


 「助けてあげては?」


 「助ける!?私が??」


 「ええ」

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