第6話 失望

目の前に現れた少女は、手に持った薙刀を構え、俺から無理やり取り上げた本を訝しげに眺めている。

「それにしても、神の書って本当だったんだ。先生のより出力が高い」

俺の持っている本というのは、何の記述記載もない真っ白な書物であることが最大で唯一の奇妙な点だというのに、その模写というのはもっとおかしい。

ただ少女のことを見つめるしかない俺のことを、少女は冷淡な目で見つめ返す。

「ねえ君、なんの力も感じないけど、この本の所有者は君なんだよね」

俺は何も答えない。それは単純にわざとではなく、殺されるかもしれないと思ったから。

「神様は不思議ね、危険な災禍の種をただの人間に渡すなんて」

少女は俺に向かって本を投げ捨てる。本は下向きに開いた状態で地面に落下した。

ビジョンの中の男はさっきから退屈そうに腕を組んでいる。

「あれあれあれあれれれ?? 何二人で話ちゃってんの? ラブラブですか? クリスマスだからってラブラブですか?」

少女はビジョンに映る男に向き直る。

「渋谷のど真ん中で、人類史上稀に見るヒステリックを起こしてどういうつもり? なぜ今になってあなたは動き出したの?」

男は気味の悪い笑顔を取り戻し、ゲラゲラと笑い始めた。

「それを知ってどうすんの~~? 第一、君たちの対応はいっつも後手後手で、こっちは遊び放題のバンバンザイ!! 陰謀なんて赤子のように操れるだなんて言うと怒るかい? 」

少女は冷淡な表情を崩さない。男の笑いは落ち着いて、諭すように語り始めた。

「でも今回は、僕たちの手の内をほんの少し明かしてあげてもいいよ。君の先生だって一つもまだ予想できてないんだけどねぇーーー残念!!」

俺は本に手を伸ばす。初めて腰が抜けたかもしれない、そして吐き気が胃から昇ってきている。

「もう1人の神書の持ち主が現れたんだ!!!! これで世界に存在する神書は5つになる……早い話、奇数になった今、バランスを崩すならこの機会を逃してはいけないと思っただけだよ 」

「ふーん、ペラペラと素直に話してくれてありがとう。あなたは私たちをすごく見くびってるみたいだけど、こっちは神書が何冊あろうと知ったことじゃないわ」

もう耐えられない。俺はスクランブル交差点の路上で嘔吐してしまった。苦く酸っぱい汚物の味が、混乱した脳をくっきりと醒ます。

「きったな」

少女は弱った俺に対して最大限の蔑みの目を向ける。男も呆れて俺を笑う。

「あーあ、だから本をさっさと渡せと言ったんじゃないか」

俺は袖で口をぬぐい、本を自分のほうに引き寄せる。

「俺はこの本の持ち主じゃない。これの本当の持ち主は俺の両親だ。俺が巻き込まれるのはおかしくないか」

それを聞くと、男は笑いをやめて急に冷酷な声になった。

「何言ってんだ、両親死んでも自分から逃げんのかよ」

俺は自分が恐怖して体がブルブル震えているのも忘れ、悔しさに任せて言い返した。

「死んでるの知ってるなら、気ぐらい遣ってくれよ」

男はひどく失望したようにため息をつく。

「そんなんじゃ、君は君の両親みたいに世界を救えないよ、クソガキくん」

少女は前に歩き出して薙刀を上に振り上げた。

「それには同意。こんな大殺界にさえ落とされてなかったらね」

俺と少女を囲んでいる、心を失った人間の群れが少女を中心として燃え出した。

全焼バーンアウト

人々は一瞬にして灰と化す。少女は俺に向き直り、軽蔑した眼差しで俺の目を見た。

「早く大人になってよ、マザコン」

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