第5話 粛排者
渋谷スクランブル交差点上空から俺に、生きる希望を滅するような放送がなされる。
「もう君の周りにいる人間、全員生きてないから。僕がそいつらすべての脳をバンして君を殺す命令を下すよ。今日、君にはその本を渡してもらえるだけでいいんだ。
素直に渡してくれれば、特別に天国への行き方は教えてあげてもいいんだよ!」
大型ビジョンに映る男は、さも素晴らしい提案を持ちかけたように目はにっこりしている。蝋人形のような表情は幼い頃トラウマになったピエロに似た、いやペニーワイズを彷彿とさせた。
「いいかい! 分かるかい? 渡さなかったらもれなく、地獄に行くってことだよ! 分かったら、さっさと渡してくれないかな?」
前を見渡しても後ろを振り返っても、スクランブル交差点にいる人々は一人残らず自分の方を向き、うつろな目はこちらを見つめていた。渋谷から音が消えている。
「はーーーーーーい!! 残念、時間切れ!
じゃあ殺せ」
男が手を叩いた。すると渋谷の大群衆は一斉にこちらに向かって歩き出した。まるでただ横断歩道を渡るような早さで、俺に向かって歩いてくる。
俺は一瞬だけ両親を恨んだ。5歳のときに自分にこの本を渡し、12歳のとき両親は蒸発している。俺とこの本だけを残して。俺が両親を恨んだのは、この本を渡されたからではない。大きな愛情を注いで俺を育て、その日々の途中でぱったりといなくなってしまったからだ。どんなに恨んだとしても、今でも会いたいと思っている。
自分の目の前にいた女が自分の肩に手をかける。女が口をゆっくりと開いて歯をむき出しにしたとき、俺は目を閉じた。
「
甲高い声が渋谷の上空に響いた。俺は目を開ける。目の前にいたはずの女はおらず、俺の体も食われてはいない。そして、自分の周りの半径数メートルほどの人間の群れが消えていた。
「助けに来てあげたわ、君が神書の主?」
左斜め前に、白と赤の装束をまとって、大きな
「何ボサッとしてんの? あんた死ぬよ」
結わえた黒い髪と黒い瞳が凛と揺れている。歳は自分より若いようにも見えた。
「いい? 私にその本を渡して。でないと殺すわ」
少女はあまりにも奇妙なくらい落ち着きを払い、俺に本をよこせと手招きをする。俺は震えていて渡せない。またこの少女もあの首謀者の男の使いなのかと思った。
「渡せっつってんの」
少女はせっかちに、俺から無理やり本を奪い取った。俺の手は汗でびしょびしょだった。少女は本の最初の1ページ目を開き、片手は薙刀を持ち前方に構える。
「魂に代えて神に伝えよ、
本の最初の1ページが高い炎を上げ燃え出した。すると少女の前方で放射状にいる人間たちもたちまち燃え始めた。そして数秒後、彼らは灰と化し四方八方に吹き飛んでいった。灰が飛んできて、たまらず俺は腕で顔を覆った。
「おやおやおや? せっかくのパーティーが台無しじゃないか。今日はホワイトクリスマスだっていうのに街がくすんだ灰だらけになっちゃうだろ!」
少女は表情を変えない。ビジョン内の男は先ほどの笑顔を崩さず、腰に手をあてて画面越しに少女を睨んでいた。
「ここに来ちゃダメじゃないか、
少女は構えを解き、まっすぐとビジョンに映る男を睨む。
「気安く名前で呼ばないでくれる?」
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