第2話 白書
クリスマスの夜、俺は1つの厄介ごとに巻き込まれていた。肩を落とすほどに。
今年のクリスマスは平日、今日は特段変わったことのない、それは皮肉にも浮かれたことのない日だと思っていた。思ってたというのは、今日がクリスマスだからで、今日がクリスマスでなければ「あっ、今日は普通の日だ」などと思うこともなかっただろう。正直肩を落としていた。俺は大学生だというのに、色気のない日々はまるで味のしないパンをかじってるような、フランスパンのような日々だった。フランスパンはスープにつければ上手い。行儀は悪いらしいが、スープにつけることで笑って許してくれる人と一緒に食卓で向かい合い、満腹になっておもむろに脱いで、せっせとお互いの甘美とニガリを貪ればいいものを。生憎ここ1ヶ月はそれがなかった。そんな希望の見えない無気力な日でも、大学をサボるべきではなかったかもしれない。
俺には常に手放せないものがある。手放せないのではない、ついてくるのだ。両親から与えられた、一冊の本がある。渡されたときは覚えてない。ただ、この本は、どんなにページをめくっても文字は見当たらない。破っても破ったページは元の真っ白なベージに戻っている。また、文字を書こうとすると「書けない」という概念で頭が埋め尽くされる。物心がついて、本気でこの本に何か書いてやろうと思い立ったときに、今までは実感がなかったこの現象を体験をして気持ち悪くなり、具合が悪くなったので俺は特にこれ以上の実験をしないと決めている。また出かけると鞄に入っていたり、学校の引き出しの中にあったりと気味が悪かったが、この本をわざと分かるように人前に出したこともなかったため人からこの本について聞かれたこともないから、そういう本だと自分に言い聞かせ、誰もがそうだと思うが、言い聞かせ飽きたときにはそれが「あたりまえ」になっていた。
大学には本何冊かとノートパソコンが入るくらいのショルダーバックを持っていくが、新書サイズの一冊分をこの本が占めている。この本こそが俺に課せられたカルマだとすれば、ちょっと鞄が重くなるくらいだけど、それでも一苦労する。なんとかなってほしいものだ。この本をめくることはほとんどない。この本を落としたときだけ、開いたページ中身を見るぐらいだ。文字を書けない以上、ノートにもできない。まあ板書ならパソコンでとるのだが。
今日の昼は大学にいた。テーブルが半円の弧状にそって備え付けられた、大学の中でなん番目かに大きな講義室の一角を借りて、レポートを書いていた。友人との待ち合わせがてら、何千文字かのレポートの終盤は気の利いた新しい考察で解決し、結論をつけようかなと考えていた。そのときに、誰かが隣の通路を通って後方へ行く。後ろの席に置いておいた俺の鞄に引っ掛かったらしい、鈍い音がした。その人はわっと声をあげた。後ろを振り向くとその人は女の子で、円らな瞳で謝ってきた。俺は好青年の笑顔を心がけ、次にあったときに良い運びとなるようなインプレッションを彼女に与えつつ、大丈夫だよと優しく言った。ここで大きく出ると逆に印象は悪くなる。俺は彼女にあと一言返すと前に向き直り、何事もなかったかのようにパソコンに向き合う。ここで初めて俺は自分の席の位置を把握した。右から5席目、前から17列程だ。
「……ごめん、これ落としちゃった」
俺が振り向くと、彼女はまだいた。彼女は俺に先ほどと変わらない円らな瞳を向けて申し訳なさそうにしている。
彼女の手にはページが開いた、例の本があった。俺はそれを受けとる。人にそれを見られることはあまりない、さらに触られたことなど記憶している限りはない、俺の両親以外には。
しかし、奇妙な点が1つあった。最近の記憶になかったその紙面に
shibuya at 9
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