朝、朝日が起こしてくれる
tada
朝日夕焼け
朝がやってきた。
太陽が笑顔でこちらを見ている。
けれど、まだ眠い。
眠いのなら仕方がない、自分にそう言い聞かせてもう一度目を瞑る。
眠りはすぐにやってきた。
気づけば、もう一度朝がやってきた。
今度は声がした。
「
眼鏡をかけたいかにも文学少女の見た目をした幼馴染が、私の腕を華奢な腕で引っ張ろうとする。
当然動きはしない。
何より私は今眠い。
もう一度寝たい。
もう一度と言わず一生寝ていたい。
だから朝日にお別れを告げる。
「じゃあね朝日……私は一生の眠りにつくよ」
バタ、そんな効果音と共に私は三度目の眠りにつく。
朝日の声がした。
二度目の声。
「じゃあね、じゃない。そうやっていつもいつも、もう子供じゃないんだから自分で起きてよ」
子供みたいな体格の朝日に、説教されてしまう。
もしかしたらこれは朝日ではなく、お母さんだったのかもしれない。
お母さん……私を起こすのを諦めたような記憶が微かに残っている気がする。
というかお母さん、私を起こすのを朝日にお願いした親失格の無責任野郎だったのを今思い出した。
ということは、今目前にいるのは朝日であっているはず……だけど言動はお母さんのようで……。
頭がぐわんぐわんと揺れてしまう。
うーん、嗅ぐか。
お母さんの匂いは知らないけれど、朝日の匂いならよく知っている。
毎日嗅いでるし。
寝起きでも大丈夫──。
「ん? 何?」
ちょいちょい、と、手招きをすると朝日なのかどうかわからない人物は無防備に近づいてくる。
ある程度の距離で私は、相手の腕を引っ張り鼻を近づける。
「ん……ちょ、何!」
鼻先が相手の首元に少し触れた。
だが、私はそんなことを気にもせず匂いを嗅ぐと、香ってきた匂いは、確かに朝日のものだった。
朝日という名前からは想像もできない、日の光とは程遠いじめっとした、部屋の香り。
私は好きな香り。
「うん、朝日だ」
言うと、朝日は赤く染まった頰を隠しながら私の頭を叩く。
「朝っぱらから何すんの!」
「何すんのって、目の前の朝日がお母さんなのか、朝日なのかを確かめただけだよ」
自分で言っていても何を言ってるか少しわからなくなってしまったが、目前の朝日はさらに頭がぐわんぐわん揺れているらしい。
まぁ、説明するのも面倒くさいし、問題も解決したし、寝よ。
何度目だっけ。
どうでもいいか。
何回寝ても、寝ることに変わりはないし。
起きたらきっと、私は大金持ちになってるはず。寝てるだけでお金が増えてる世界になってるはず。
「寝かさないよ!」
寝る前に起こされた。
「私のお金が!」
「意味わからないこと言ってないで、早く起きてよ! 私も遅刻しちゃう」
言いながら、何度も何度も私を引っ張るが、朝日の力では私は一寸も動かない。
もういいんじゃないかな。
だって起きるのって面倒くさいし。
なんで面倒くさいことをわざわざやらんといけんのさ。バカみたい。
「バカなのは夕だよ! そんな他人馬鹿にしても一番バカなのは夕自身だよ! 早くー!」
私はバカらしい。
バカ……まぁバカでも天才でも寝てたら同じ人間でしょ。
だから私は寝る。
さよなら現実。
おかえり夢。
「もう! 何回起こせばいいの? ただいま現実してよ」
「嫌だ」
「なんで!」
「眠いから……」
「私だって眠いよ!」
「じゃあ寝ればいいじゃん」
言って私は一つ思い浮かんだ。
このまま合法的に、朝日を諦めさせる方法を。
「寝ればいいじゃんって──」
何か言おうとした朝日を私は遮り一つの提案をする。
「わかった……朝日ゲームをしよう」
「ゲーム?」
「そう、簡単なゲーム。もしそのゲームで私が負けたら大人しく体を起こして一緒に登校する」
「うん」
「けど、もし私が勝ったら朝日は一人で学校に行く」
「いいよ」
即答だった。
話が早い、いいことだ。もしここでダラダラしていたらもう一度寝てしまう。
「で? ゲーム内容は?」
「今から、朝日は私とこの狭い一人用のベッドで一分間一緒に寝る」
朝日との付き合いは長いので知っている、朝日は何故だか極端に私と同じ部屋で寝るのを避ける抵抗にあるということを。
一緒に勉強していて私が寝落ちをした時も、気づけば部屋から出て行きお母さんとママ友トークらしきものをしていたし、私が朝日の家に泊まりに行った時も、私は不思議なことに朝日のお母さんと同じ部屋で寝ていた。
ここまで極端に避ける朝日だ──拒否をすれば私はそのまま眠りつけるし、仮に一旦はいいよと言ったとしても、一分間は耐えらないだろうし、私は一分間も寝ていられる。そしてそのまま永遠の睡眠に魂を預けられる。
どうあっても、私が勝てるいいゲーム。
そう思って提案したのに……不思議だ。
「いいよ」
先ほどよりも即答だった。
迷うそぶりすら見せずに、朝日はベッドに潜り込んでくる。
互いの距離が縮まるのに、数秒とかからない。狭いベッドの上だ。朝日の眼鏡から覗く一生見ていられる透き通った目に私の心臓が音を鳴らす。
近い。
少し手を伸ばせば、朝日という人間の全てが手に入ってしまいそうなほどに距離がゼロに近い。
私の頰は今どうなっているだろうか。
自分では想像ができない。
冬場だというのに、顔が熱い。体も足も全身が沸騰しそうだ。
朝日ってこんなに可愛かったっけ。
ふと思ってしまった。
普段から、朝日の顔なんて見飽きるほど見ているし、スキンシップだって毎日のようにしているのに。
なぜだろう、無性に抱きしめたい。
そう思ってしまい、私は顔を逸らす。
「これから一分間寝ればいいんだよね?」
突然訊かれ、反応が若干遅れてしまう。
「…………う、うん」
変なやつみたいだ。
しかし、そんな私を見ても朝日は表情の色を一つも変えることなくじゃあ、と、スマホのタイマーを起動させる。
その際、スマホはポケットから取り出したので、少しばかり朝日の腕が私の体撫でた。
「うん、じゃあ今から一分スタート」
言われて、触れらたことをなんとか頭の片隅に追いやり、私は目を瞑る。
そうだ、目を瞑ってしまえば、朝日の顔は見えない。見えなければ、この変な気持ちもおさまるはず。
しかし、十秒が経っただろうか、私の頭の中は、朝日で支配されていた。
普段なら、眠るのに一秒もいらない。なのに、なんで、今回はこんなにも、頭が冴えてしまうのだろう。
朝日の口が近づいてくる。
何を考えているんだ、私は。
そう思うのに、朝日の口は止まらない。互いの鼻先がぶつかる。
そこで、場面が切り替わった。
夢の中にいるようだったが、心臓が私の目が冴えているのを知らせてくる。
私の目の前には、本を読む朝日の姿があった。
時より、茶縁の眼鏡がずれたのか元に戻す仕草をしながら、真剣にこちらに目を向けることなく、ページを捲り続ける朝日の姿が映る。そんなありふれた光景の中にいる朝日に私は、ドキッとしてしまう。視線は首元から下に下がり、セーラ服の黒色のリボンから、スカートの裾に目がいく。
朝日……声をかけようとしてまた場面が変わる。
おそらく四十秒ほどが経っただろうか。
今度は、私が朝日を押し倒していた。
朝日は、顔を私から逸らし、小さくつぶやく。
朝日のセーラ服のリボンは、外れていた。
「優しく……してね」
私の手は、私の意思に反して朝日の胸元へと進める。
よくない。こんな想像本当によくない。
わかっているそんなことは、わかっている。
目を開ければ、想像を終わらせることができるのもわかってはいる。
だけど、もう少し。
もう少しだけ──夢みたいなこの想像を見ていたい……。
そう思った瞬間だった。
私を想像から覚ますように、大きなベルの音が鳴り響く。
朝日がセットしたタイマーの音──その音を合図に目を開けると、朝日の顔あった。
表情は、何事もなかったかのように微笑んでいる。
かと思えば、少し口元を曲げ私を小馬鹿にするように問いかけてくる。
「何考えたの?」
「な、何って……」
思わず口篭ってしまう。
動揺が隠せない。
どれだけ隠そうとしても、動揺が隠れようとしてくれない。心臓も止まらず、目線もグチャグチャ、汗もびっしり、私の頭は壊れてしまったのかもしれない。
おかしい。絶対におかしい、朝日とのあんなこと考えたこともなかったのに。どうしてなんだろう。今はもう朝日が近くにいるのが凄く嬉しい。
「ねぇねぇ、何考えたの?」
問いかけながら朝日は、さらに私との距離を限りなくゼロに近づけてくる。
嬉しい。恥ずかしい。楽しい。色々な感情が私の頭を巡り回って、私は沸騰した。
高音が私の中でだけ鳴り響き、外に出た音は最後に私がなんとか振り絞った一言だけだった。
「が、学校行こう」
世の中上手くいかないものだとこの時初めて、実感した。
もう今日は、学校なんて行かずに、ずっと寝ていよう──そう思っていたのに、今はもう一刻も早くこの状況から抜け出さなければいけないという危険信号が、私の身体中から発せられている。
このままでいたら私は、沸騰ではなく爆発してしまう。
「私の勝ち」
そう小さく聞こえた声で、思い出す。
そうだこれはゲームだった。
私からふっかけた絶対的に、こちらが有利なゲームだったはずなのに、訳がわからない。
だが、そんなことがどうでもよくなるほどに、私は何も考えたくなくて、一目散に朝の支度を始めた。
支度を終え、玄関から出ると、そこには朝日がいる。
もう大丈夫、支度をしながらではあるけれど、心は落ち着いている。
何があっても私は、いつも通りの私でいられるはずだ。
そう思っていたのに、そう思っていられたのは、経ったの数秒。
玄関から出た私を、朝日は手招きする。
可愛らしい小柄な体格に、引き寄せられるように足を踏み出し、目前に到着すると、少し背伸びをして朝日が耳元で囁いた。
「学校終わったら……ゲームの続き……しよ」
私の体は小さく、爆発した。
爆破されたの方が正しいかもしれない。
ボフン、そんな音と共にありふれた私の朝の光景は幕を閉じる。
朝日の頰が日の光によって染まるのを横目に見ながら私は、ほのかに頷いた。
朝、朝日が起こしてくれる tada @MOKU0529
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