第2話

「二人がそれぞれ別個の事件に巻き込まれた可能性になると、もっと低い気がします。何せ、二人は待ち合わせしており、その約束通りに会っていることが確かめられているのだから」

 ここで報告者は、三人目の刑事に代わった。

「家族や友人の証言及び当事者のラインでのやり取りから、保志朝郎と盛川真麻が十一日の夜八時に、**駅で待ち合わせをしていたことが分かっています。駅を中心とした商店街の防犯カメラを当たり始めたところ、これまでに駅前のロータリーや商店街にいる二人の姿を確認できています。詳しい行動はまだこれからですが、八時過ぎには一緒に行動している、つまり落ち合ったばかりという訳です」

「駅までの足取りは?」

「駅までは両名とも自転車で来ていますが、その様子が映った映像はまだ押さえられていません。防犯カメラに映った二人は、それぞれ徒歩。自転車をどこかに駐輪したに違いないんですが、その様子も今のところは見付かっていません。あと、保志朝郎の保護者の証言では、家にある簡易テントがなくなっているとのことでした。元々、息子の物で、よく持ち出していたそうですから、今回も持って行ったものと考えられます」

 保志朝郎の父親は新次郎しんじろうといって、弁護士をしている。母親は華耶かや、小学校教師とのことだった。三人家族で、両親とも仕事に忙しいため、朝郎にかまってやる暇があまりなかった。代わりに、欲しい物はたいてい買い与えてやったといい、簡易テントもその一つだった。

「テントは普通の大人なら、二人はいれば狭苦しいが、子供なら余裕があるサイズと言えます。実際、保志朝郎は男の友達と二人で、このテントに入って一晩明かした経験があったようです」

「今回、待ち合わせしていたのは、朝郎君と真麻さんの二人だけなんだろ? 一年生とは言え、中学の男女が一緒のテントに入るのか?」

「二人がこれまでに簡易テントで一晩過ごしたことがあるかどうかは未確認ですが、聞き込みできた範囲では、互いに異性としての意識は乏しかったと、周りは見ていたようです」

「その言い方だと、親御さんも気にしてなかったのか。分からんなあ」

「まあ、事情は些か違えど、両家とも同じ放任主義みたいなもんですから」

 報告する刑事の口ぶりが少し砕けたものになったとき、会議室のドアが無遠慮なまでに勢いよく開けられた。中にいた者のほとんどが視線をやると、現れたのはこの捜査本部が置かれた署の事務職員だった。

「か、会議中、失礼します。たった今、相談窓口の電話に、この事件の犯人だと称する、恐らく男からの電話が入っています」

「何?」


 男はその自らの行為を観察と称していた。といっても、吹聴できるような行為ではないため、他人に対して説明したことはない。あくまで、自分の内での表現である。

 彼が観察する対象は、子供だった。それも、中学生に限られる。もちろん、外見だけでは高校生や小学生と区別が付かない場合もあるが、それは結果論である。

 男は子供を男女の別なしにターゲットとした。中学生への愛情の深さ故、彼は観察を行い、ときに対象に接触し、実力行使に出た。

 以前は、彼自身の生活圏を離れ、なるべく遠隔地で観察を行っていたが、忙しくなるに伴い、近場で観察するようになった。それでも実力行使に至るのは、遠方の土地に限られていたのだが、この八月に入り、とうとう自身のテリトリー内でやってしまった。

 このことが、彼を動揺させていた。加えて思惑が外れ、予定が狂い、彼はより一層、動揺した。そして警察に電話を掛けるという行動に出たのだった。


「お電話代わりました。盛川真麻さん殺害の件に関して、重要な情報をお持ちとのことですが?」

「あ、あなたの名前は? どういう立場の人?」

 変声機を通したと思しき高い声が、幾分おどおどした口調で問うてきた。

「私はこの事件の捜査に携わる刑事の一人で、吉野と言います」

「責任者か?」

「総指揮を執っている訳ではありませんが、責任の一端を担っています」

「そうか……」

 吉野は相手がトップを出せと言い出さない内にと、僅かな逡巡を捉えて質問を発した。

「ところであなたのお名前は? 何とお呼びすれば」

「名前は言えない。犯人と呼んでかまわない」

「いや、それはちょっと。本当に犯人なのか、見当しかねる訳でして。あなたがそうだとは言いませんが、世の中には虚偽の自白をして警察を混乱させようとする者もいますから」

「それなら、証拠を言う。確か、死んだ女の子は右手の甲に酷い傷を負っているはずだ。これは発表されてないだろう? 何度か私が突き刺したんだ」

「――何を使って刺しました?」

 被害者の右手甲が、執拗に傷付けられていた事実は、まだ公にされていない。吉野は緊張感を高めた。周りで電話のやり取りを聞いている面々も、同様だろう。

「ボールペンだったかシャープペンシルだったか、とにかくそのとき持っていたペンで刺した」

 手の甲の傷からは、ボールペンのインクが検出されていた。“犯人”の言葉を裏付ける物証だ。

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