第3話

「どうして刺したんですか」

「あの子が私の車のキーを奪おうとしたんだ。それをやめさせようとして刺した。でも奪われた。私が取り返そうとしたら、キーを飲み込もうとした。それで殴りつけたら、あの子は……恐らく、そのとき死んだ。キーを取り出そうと口の中に手を入れたが、できなかった。喉の奥に引っ掛かっているのが見えた。仕方なしに、鋸を用意して、首のところから切断したんだ」

 聞かれていないことまで一気に喋った“犯人”。吉野の背後では、キーを飲み込んだことによる痕跡が喉などに残っていたかどうか、確認するよう指示が飛ぶ。

「どうして盛川さんはあなたの車の鍵を奪おうとしたのだろう?」

「私が彼を連れ去ろうとしたからだと思う」

「彼? 保志朝郎君か?」

「ああ、確かそんな名前だ。そうなんだ、彼のために電話したんだ。これからいう住所の辺りに、すぐに行ってやって欲しい。――」

 “犯人”は場所を早口で捲し立てた。厳密な意味での住所番地ではなく、ある住宅地の一角を占める森の中だった。

「ここに男の子がいる。遺憾だが、もう死んでいる。ただ、昨晩の台風で、あの一帯は木が何本か倒れたとニュースで聞いた。もしかすると遺体がぐちゃぐちゃになったかもしれない。あの子がそうなるのを放置するのは忍びない。早く回収して、弔ってあげて欲しい」

 殺人犯にしては変なことを言う。吉野はいくらか怪訝さを抱きつつも、その要求を受け入れる返事をした。それと同時に、逆探知が発信元を順調に絞り込めたことを、合図で把握した。

 “犯人”の電話は携帯電話からなので、ある程度の限られた区域まで絞り込むと、あとは虱潰しに当たることになる。吉野は通話が切れないよう、時間稼ぎに努めた。

「保志君も死んでしまったのか。残念でならない。どういういきさつで死んだのか、話してくれるか?」

 もう一人、少年が犠牲になっていたと知り、言葉遣いがやや荒くなる吉野。この変化に気付いているのかどうか分からないが、“犯人”は被せ気味に聞いてきた。

「捜査員を向かわせてくれたんだろうな?」

「もちろんだ。到着したら、また知らせる。だから安心して、話を聞かせてもらいたい」

「……私が最初に声を掛けたのは、男の子の方だった。一人でいた彼を誘い、車に乗せたとき、女の子がちょうど現れて……こんなことになってしまったんだ。男の子は私を信じたが、女の子は違った。やがて怪しみ始め、あの子は私の車のキーを」

「それは、あなたが男の子を乗せたまま、発進しようとしたからか?」

「そう見えたのかもしれない。そんな危ない真似、実際にするつもりはなかった。ふりをすれば、女の子はあきらめると思ったんだ」

 “犯人”の話には時間や場所の言及がなく、また些か観念的で、状況がいまいち把握できなかった。そもそも、本来の質問である保志朝郎の死について、まだ何ら語っていない。だが、現状、それでもかまわないと吉野ら刑事は捉えていた。捜査員達は、“犯人”が指定した場所以外にも向かっている。

「キーを巡るくだりからして、先に死んだのは盛川真麻さんなんだな? そのあと、彼女の遺体を側溝に隠して、それから?」

「男の子を車に乗せて、発進した。いや、違った。そう、刑事さん達は疑問に思ったはずだ。女の子を死なせてしまった間、男の子は何故騒いだり逃げたりしなかったのかと。私はいざというときに備えて、縄跳びと睡眠薬を用意していた。幸い、縄跳びで拘束して、タオルの猿ぐつわを噛ませると、男の子は大人しくなった。問題が起きたのはそのあとだった。運転中の私はひとまず窮地を脱して気が緩んでいたんだろう、女の子は死んだと口を滑らしてしまった。途端に、男の子は逃げようと暴れ出して、どうにかする必要が生じた。車を停めて、宥めてみたが、無駄だった。それどころか、騒ぐ一方だ。黙らせなければ、静かにさせなければと、あの子の口を両手で押さえつけた。それから……次に気付いたときには、もう彼は死んでいた。最初の目的は、全く達成不可能になってしまった。私は少年少女を元の道へ引き戻すために、行動しているというのに……。私はあの男の子の遺体を隠す必要を感じた。辺りを見渡すと、お誂え向きの林があった。車である程度入り込み、遺体を担いで運んで、草木で見えなくなるように置いた」

 そこまで話した“犯人”は、不意に「あっ」と叫んだ。間髪入れずに、電話が切られる。捜査員が場所を特定したのかと思いきや、そんな報告は入ってこなかった。

 恐らく、逆探知のことを思い出した“犯人”が、急いで通話を打ち切り、電源を切ったと考えられる。

「すまん。もっと引き延ばしたかったんだが」

「今のは仕方がない。だいぶ絞り込めたしな。それよりも、これをどう見る?」

 逆探知に関わっていた同僚の一人が、吉野にコンピュータのディスプレイ画面を注視しろとばかり、顎を横に振った。そこには携帯電話のとある基地局と、そのエリアがグラフィック表示されていた。

「どの辺りだ?」

「住宅街と繁華街が半々といったところだな。被害者達の通う学校に、割と近い。気になるのは、ここだ」

 相手が指差したのはアパート。マンションと呼べるほどではないようだが、三階建ての立派な代物らしい。

「ここに何名か、中学の関係者が入っている」

「関係者って教師か」

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