先日の決闘の結果は、フリートの予想以上に効果があった。「魔力なしがディルフォン家を倒した」とあれば噂にならないはずがない。


「上機嫌だな」


 大食堂にてケーキを食べるフリートに、ネモが声をかけた。とっくにステーキを食べ終えて、頬杖をついている。


「当然よ。ディルフォン家を叩きのめせたんだから」

「そんなに凄いことか」

「男爵令嬢のミーレスが、しかも魔力なしで上の階級の貴族を倒したのよ? 滅多にあることじゃないわ」


 基本的に貴族の階級がそのまま貴族がかかえる戦力の強さとなる。ミーレスであっても、それは変わらない。

 投資できる額が違うのだ。強い者には圧倒的な待遇が用意してでも囲いこむ貴族がいる。その最大額が、階級差で如実に表れてしまうのだ。

 隠れた才能なぞそう簡単に見つかるものではない。下の階級のミーレスが上の階級のミーレスに勝つなど、現実にはほぼありえない。


 だからこそ、名を売れる。


「ふーん、下剋上みてえなもんか」

「下剋上?」


 聞いた事のない単語が出てきた為、思わず聞いてしまう。


「簡単に説明すると格上に勝って偉くなる事だ」


 全く、知らない言葉であった。

 これでも、勉強はひと一倍してきている。

 記憶喪失というのは、何も全ての記憶を失うわけではない。大人が記憶を失って生まれたての赤ん坊のようにならないことからそうされている。


 ネモは少なくとも知識の面では喪失していないのだろう。剣で戦えているのも、今単語が出てきたのも、その証明になる。


 しかし、ネモはどうしてあの森にいたのだろうか。剣の技術といい、今出てきた単語と言い、まるで異国から来たようだ。出会った頃の服装も奇妙であった。


 その異質さがフリートを惹きつけているのかもしれない。


「ごきげんよう」


 誰かに声をかけられて、目を向ける。

 腰まで伸びた赤髪に、穏やかな顔。瞳はまんまるとしていて、優しげな光を宿している。女子生徒用の制服を身に纏い、ロングスカートの前で両手を組んでいる。

 袖口を確認すると、三ツ星のバッジがあった。


 三年生、つまり先輩の証であった。フリートの袖には一年生を示す一ツ星のバッジがある。


「フリート・モンスさんですか」

「はい」

「少しお話してもよろしいかしら?」


 柔和な笑顔で女子生徒が問いかけてくる。


「どうぞ」


 フリートに断る理由はなかった。四人席で向かい合うように座っていたネモとフリート。そのフリートの隣に女子生徒が腰かける。


「私、フォワ・アジャンと申します」


 頭を下げるフォワに、フリートの思考回路が停止した。


「あの、今なんて」


 冷や汗が噴き出す。


「フォワ・アジャンです」


 笑顔のまま固まってしまう。ごくりと唾を吞み込みながら、おそるおそる尋ねてみる。


「あの、ご本人様で間違いないでしょうか。聖女のフォワ様で」

「はい。生徒証もほら」


 制服上からでも曲線美の主張の強い胸のポケットから生徒証が取り出される。手帳とプレートが一緒になったそれには、フォワ・アジャンの名前と本来階級が書かれる場所に聖女の文字があった。


「せ、せ、聖女さまぁ!?」


 思わず立ち上がって声を荒げてしまう。周りの視線が突き刺さり、我に返ったフリートは顔を真っ赤にしながら咳ばらいをし、座り込んだ。


「……失礼」

「いえいえ。突然声かけてしまってごめんなさい」

「なんだ、偉いのか」


 フリートの反応ぶりが珍しかったのか、ネモがどこかからかうように言ってきた。


「え、偉いなんてものじゃないわよ! 人類がモンスターと戦えてるのは聖女様のおかげでもあるのよ」

「それって強いってことか」

「……強いわけじゃないけれど」

「そぉか」


 途端に興味をなくすネモに、呆れてため息が出る。


「いい? モンスターは空間を破ってできた裂け目というものから出てくると言われているわ」

「あぁ、あの奇天烈なやつらな」


 モンスターを「奇天烈」などと表現する人なんて初めてだった。調子を崩されながらも、フリートは説明をする。


「大昔、裂け目はもっと見境なく、大きなものができていたわ。それを発生させなくしたのが聖女様」

「発生させなくしただぁ?」

「そう、聖女様のみが使えるという特殊な魔法、通称『大結界』が世界中を覆っているおかげで裂け目ができても自然と閉じられるし、主要都市は結界の恩恵が大きいから裂け目が出現する可能性はほぼないと言っていいわ」

「へえ凄いんだな」


 素直な感想を零される。


「聖女様の大結界。そして魔力コントロールに長けた騎士たちによって、人類はモンスターの脅威から逃れているのよ」

「はへぇ。つまりだ、そのモンスターをぶちのめすために発展したのが今の戦い方ってわけか」


 感心したようにネモが言う。


「そうよ、というか入学する前にメレイスから教わったはずだけど」


 視線をそらされる。


「……そうだっけな」

「メレイスに言っとくわね」


 ネモは顔を青くすると、両手を合わせてフリートに頭を下げた。


「覚えた、今覚えたから!」

「フフフ」


 微笑むフォワの声にはっとする。


「も、申し訳ありません。うちのミーレス、教育不足でして」

「良いのです。彼に興味があってきたのですし」


 フォワがそっと視線を向ける。ネモは自分を指差した。


「俺?」

「はい」


 彼に興味がある。ということはタイミング的には一つしかないだろう。


「魔力なしで魔法も使わないそうですね」

「知らんからな」

「アナタ、聖女様にはもう少し丁寧な口調を」

「構いませんよ」


 ネモはゆっくりとフリートを見つめる。


「……主人であるお前さんにはこの口調だが、聖女サマには丁寧な方がいいか?」

「聖女様はお許しになられたけど、必要よ」


 ネモは深く息を吐き、姿勢を整えた。


「失礼いたしました、聖女サマ。ご無礼をお許しください」


 案外素直に態度を改められ、フリートは少し唖然とした。


「いいえ。気になさらずに」

わたくし・・・・は魔力の使い方も魔法も存じておりませんので、ご主人サマに教わる毎日でございます」

「……アナタ、どこで覚えたの。その口調」


 丁寧にしろとは言ったがここまでとは思わず、聞いてしまう。


「ここでだぜ? 貴族の口調を真似ただけだ」


 いつもの調子で答えられるとなんだか安心してしまう自分がいた。

 てっきりメレイスから教わったことをあまり覚えていないので不勉強なのかと思っていたは、必要と感じたものは覚えてくれたらしい。


「この魔力なしにどういったご興味が?」

「勿論、強さです」


 フォワは細い指先を自身の唇に当てる。


「私よりも興味津々な人がいるのですけどね」

「持ってきましたよー」


 テーブルに皿が二つ置かれる。ひとつはフォワの前に置かれたランチセット、もうひとつは反対側に置かれた肉料理だった。


 ブロンドの髪に、中性的な顔立ちと声。

 高身長でスラリとした体型に、ミーレスの制服を着用している。ぱっと見では美男子に見えるが、フリートの記憶が正しければ女性だ。


「私のミーレス、ユファ・テンペストです」

「はじめまして。ご紹介頂きましたユファ・テンペストです。以後お見知りおきを」

 

 ユファは優雅に頭を下げた。


 

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