強者

 ユファ・テンペスト。

 聖女のミーレスとしてだけではなく、彼女自身も有名だ。


「剣聖の、弟子」

「……剣聖」


 フリートの呟きにネモが反応する。鋭い眼光が、ユファに向けられた。


「お前さんの師匠は?」

「死んだよ」

「……死因は」

「老衰だよ」


 生きていれば剣聖は九十は超えていただろう。人としては十分生きたほうだ。


「……そりゃ、残念だったな」


 人間としては大往生だったはずだ。それを、ネモは「残念」と言う。フリートはそれを理解できなかった。


「剣で生きたんなら剣で死にたいもんだろ」


 ピクリと、ユファの眉が動く。


「……そうでもないよ」

「ならいいが」


 ネモは肩をすくめる。


「それより、キミ」


 目を輝かせながらユファが、ネモに顔を近づける。


「強いんだって!?」


 ネモの手を掴んで握りしめる。

 ……なんだかちょっと面白くない。


「あぁ、良い手をしてるね」


 うっとりしたような目で、ユファが呟く。


「ホントだ、魔力感じないや。魔力なしなんだね、キミ」

「なきゃダメか」


 ユファは元気よく首を振った。


「全っ然! でも、もったいないかなぁ。魔力があれば・・・・・・もっと強かっただろうに」

「そうか? 自分てめえ力不足・・・を魔力で補うよりはマシだと思うが」


 にこやかにユファが握っていただけの手が、握手に変わっていく。互いに、腕の血管が浮き出るほど、力がこもっていた。


「ネモ」

「ユファ」


 フリートとフォワがほぼ同時にミーレスの名を呼ぶ。たったそれだけでミーレス同士は手を離した。


「ユファ、挑発はしちゃだめですよ」


 めっ、と。可愛らしく言うフォワに、ユファは申し訳なさそうに頭をかく。


「あっはは。こんなに強そうな人初めてだったもので。興奮しちゃいました」

「なら模擬戦でもしますか?」

「いいんですかっ」


 ユファが再び目を輝かせて、フォワを見る。


「どうですか、フリート嬢。食事を終えたら観戦というのは」

「えぇ、構いません」


 上級生、ましてや聖女に言われては断れない。フリートに選択肢はないのだ。


「うっひょー! そうと決まれば早く食べなきゃ!」


 静かに祈りをささげてから食べ始めるフォワと、席につき、祈りをささげてから元気よく肉料理を食べ始めるユファ。


「聖女様」

「何かしら」

「模擬戦の前に少し時間を頂いても。場所を教えていただければそちらに向かいます」

「では、第三広場でお待ちしております。三十分後くらいでよろしいかしら」

「はい」


 フリートは立ち上がり、ネモに目を向ける。


「さ、行くわよ。ネモ」




 第三広場の武器倉庫にて、フリートはため息を吐いた。


「早すぎるわ」

「いいじゃねえか、強いやつと戦えるんだぜ」


 フリートは首を振った。


「ネモ。アナタはここの剣術を知らなすぎるわ」


 いくらオーガを単独で倒せるからといって、対人戦まで強いとは限らない。なぜ魔力が重要視されているのか、ネモは全く理解できていない。


 全員が持っているから? 魔法が強力だから? 


 その理解は正確ではない。


 圧倒的に身体能力が上であるモンスターを倒せる手段であるからだ。


 人間は刃で傷つけられれば運動機能は低下し、場所によっては死に至る。武器すら用意しなくてもいい。調理用の包丁や、食事に使うナイフとフォークでも倒せる。


 魔力や魔法は人を倒すには不要なのだ。


 それでも魔力での身体能力強化技術や、魔法という手段が重要視されてきたのはモンスターの強靭な肉体を傷つけ、討伐することを可能にする技術であったからだ。


 剣士たちはみな、対モンスターを想定して技術を磨き上げている。


 自分より生物として格上を倒すための、技術なのだ。

 理不尽モンスターを倒す為にはそれ相応の理不尽魔法さが必要だ。


 剣術にはその要素が組み込まれている。柱といってもいい。

 ネモがその意味を正しく理解できていないことは、先ほどの発言でわかった。


 ――自分てめえの力不足を魔力で補うよりはマシだと思うが


 ネモはなまじ魔法を扱う騎士と貴族を倒したことで魔力や魔法への理解が低下してしまっている。


 ネモの思考は、モンスターの視点だ。


 自分より身体能力が劣っているから。己よりも弱いから。

 その差を埋めるための魔力と魔法。そう理解している。


 ある意味では真理だ。しかし、「脅威」の理解としては間違っている。理解が甘いままでは、強いだけのモンスターと変わらない。


 人間は知恵や技術でモンスターを打ち倒してきた。その中核である魔力の理解が甘く、欠けている状態では今まで人間に倒されてきたモンスターと同じだ。


 モンスターにも魔力はある。魔法を扱うモンスターもいる。それでも人間が勝ってきたのは魔法技術の差だ。


 ネモにはモンスターと違って魔力がないのだから、最も魔力を恐れるべきなのだ。


 少しずつ実力者と戦わせてそれを理解させるつもりだったが、いきなり剣聖の弟子とは振れ幅が大きすぎる。


 ネモの身体能力が追い付けないほど魔力による身体能力強化が強力な者。ネモと同等の身体能力で魔力を扱える者。


 こういった者が現れたとき、ネモはきっと……。


「何心配してんだ」


 ネモは自信満々に笑みを浮かべてみせる。肩にサーベルを担いでいた。


「相手は剣聖の弟子よ。負けるかも」

「上等だ」


 即答される。


「ちなみに剣聖が死んだってことはあいつが一番強いのか?」

「わからないわ。でも、剣聖を引き継げていないということは他にも候補がいるってことじゃないかしら」

「そりゃいい」


 サーベルを引き抜いて、軽く振るって具合を確かめる。


「楽しみだ」

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