決着

 魔力なしというレッテルはフリートにとって実に都合の良いものだった。中途半端に優秀であるよりよっぽど目立つ。

 決闘になろうがネモが他のミーレスに劣ることはない。その確信があれば十分だ。


 魔力なしで知名度を稼げるなら両手を挙げて喜ぶ。


 ミーレスと騎士、どちらが強いかと言われると微妙なところである。正式な手順を踏んで騎士になった者はミーレスを軽視するが、ミーレスは貴族が個人で選んだ強者だ。騎士を越えることもあれば実戦経験の差で負けることもある。

 ミーレスと騎士の大きな差は身分を得ているかそうでないかの差が一番である。強さではないのだ。


 その為、盗賊騎士に勝てたからといって強さの証明になるとは限らない。


 だが、少なくとも今回、ネモは負けそうになかった。


 ベルが斬撃を飛ばすころにはもう避けている。


 初見であろう魔法を、ネモは涼しい顔で避けていた。相手の構えから狙いを予想し、実際に魔法が放たれるころにはその射線上にはいない。


 斬撃を飛ばす魔法は、魔力の込めやすさ、威力の確保の観点から振り下ろし、または振り上げの一撃にのせることを推奨されている。


 ベルはそれを守り、決して遅くはないスピードで連発している。


 ネモは当たらなければ問題ないとばかりに避け続け、防ぐことを全くしていなかった。

 サーベルも鞘に納めたままだ。


 恐らく狙いが定まらないように動いてみせたり、斬撃の飛んでくる場所を予測して予め回避行動を取ろうとするのがセオリーだろう。だがネモは狙わせている。

 ゆっくり動いて狙いを確定させてから急に横へステップを踏み、魔法を外させる。

 見極めが肝心だ。とてつもない冷静さと集中力、精神的余裕がなければあそこまでの芸当はできない。


 一切攻撃していないネモとは対照的にベルの顔に焦りがにじみ出している。


 攻撃し続けている中、ゆっくり着実に迫ってくる相手はさぞ異常に見えるだろう。


「くそっ」


 横薙ぎの魔法を潜り込むようにして避ける。

 そこでネモはサーベルの鞘に手をかけた。魔力で動体視力を強化し、見定める。常時強化し続けると目の負担も強く、集中力も削がれて一瞬を見極めづらくなる。だから決着のつきそうなタイミングで強化することにした。


 ベルはネモが上体を起こすと予想したのか、先に踏み込み、間合いにネモを入れると剣を横に振るった。前かがみの状態から体を起こせば確実に当たる。


 とはいえ前に出たネモにその剣を避ける術はないだろう。サーベルで防ぐか、食らってしまうかだ。


 ……そう、思っていた。


 ネモはそのまま屈んだ。

 大きく右足を前に出してから折り、立膝をついた。左膝はピッタリと地につく。


 頭の位置が大きく下がったことにより、ベルの、ネモの胴を斬るはずだった剣は、空を斬るばかりになる。


 振り切った剣の下から、ネモが脚のバネで立ち上がる。その勢いと共に、左手で鞘を引き、右手でサーベルを抜く。


 抜剣と共に、ベルの腹を斬った。


 ベルの左腕にあった腕輪。その石が砕ける。


 ベルとすれ違うように横を通り過ぎたネモは静かに剣を納める。そしてゆっくり振り返った。


「……は?」


 ベルは自分がなぜ攻撃を受けたかわからないといった様子で腕輪を見る。そして石が砕けていることを確認するとわなわなと唇を震わせた。


「勝者ネモ!」


 フリートは声を張り上げて勝利を告げる。


 驚いた。

 戦闘において屈むという行為は一時的な回避行動にはなる。だが、そこから攻撃には繋げづらい。

 剣術というのは基本屈むことを想定して技が考案されていないからだ。しかし、ネモは屈んでからすぐに攻勢に転じてみせた。実際に剣を抜いて斬った瞬間は魔力で強化された目ですら追いきれないほどだった。


「おい、魔力なしが勝ったぞ」

「お前何したかわかったか」


 野次馬たちがざわめきだす。


「ば、馬鹿な」


 拳を握りしめて、ベルが呟く。そして怒りの表情を滲ませるとネモに振り返り、人差し指を向けた。


「イカサマだ! イカサマに違いない! 何か仕込んだろ!?」


 決闘は本人の技量と魔法が問われる戦い。本人の技量に関係ない道具の使用や他人の支援は不正となる。


「そうだ! フリートさん、君がコイツに強化を施しただろ!?」


 ベルはフリートを指差して、大声をあげる。

 確かに強化は他人に付与できる。その場合魔法となるが、当然フリートはそんなことをしていない。


「あら、どうして強い剣士をミーレスにできる機会に、不正なんかする理由があるのかしら?」

「それは……、しかし、このボクが魔力なしに負けるはずがない! 不正は間違いな」

「おい」


 ベルの言葉を遮ってネモが前に出る。そしてベルの肩に手を置いた。


「みっともなく喚くんじゃねえよ」


 いつになく低く威圧感のある声で、ネモがベルを睨む。


「誰が、てめえごとき・・・にイカサマするってぇ?」


 ぞくりと、背筋が凍る。

 実際に睨まれているのはベルであるのに、離れた場所にいるフリートにまでは気迫が伝わってきた。


 受け答えを間違えれば殺される。そんな予感がフリートによぎる。


「ぐっ……」


 ベルがたじろぐ。


「ぼ、ボクは」

「なんだ? 言ってみろ」

「……ボクはァ」


 ベルが剣を握りしめる。


「……ネモ! いけないわ!」


 フリートが叫ぶと同時に、ベルが剣を振り下ろした。


「ディルフォン家だぞッ!!」


 ネモは驚くわけでもなく、ただ右腕を突き出すだけだった。ベルの剣、その柄頭を押し、振り下ろしを止める。そして左手で鍔を握りしめ、ベルを剣を奪い取った。


 それを放り投げる。


 唖然とするベルを尻目に、ネモはフリートに歩み寄る。


「さて、帰ろうぜ。お嬢サマ」

「え、えぇ」


 興味をなくしたようにあくびをするネモに、フリートは頷いた。

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