決闘

「そういえばアナタ何歳なのかしらね」

「なんだ、藪から棒に。覚えてねえよ」

「でしょうね」


 廊下を歩きながら会話をする。


「でも生徒がこの学園に在籍するのは十五から十八なのよ。十八で成人」

「お嬢サマは十五なんか」


 今まで年齢を気にしたことがなかったせいで今更主人の年齢を知った。


「そうね。ミーレスの方は正式な生徒じゃないから特に年齢制限設けられてないけど、歳が近いほうがいいじゃない?」

「そういうもんか?」

「そういうものよ。だってずっと仕えるかもしれないんだもの。その見た目で遥かに歳上ってことはなさそうだけどね」


 ネモは必死に自分のことを思い出そうとするがロクな記憶がなかった。記憶は未だ戻らず、フリートに拾われてからの記憶がどんどん増えていく。


 特段記憶に執着はないのでどうでもいい事柄ではあるのだが。


「平民の年齢への意識って曖昧と聞くし、まぁ大体近ければ気にしなくていいかしらね」

「いいんじゃねえの」


 平民の感覚すらよくわからないネモにとってはこう答えるしかなかった。


 二人同時に足を止める。


 行く手を阻むように、ベルが立っていたからだ。その視線はフリートに向けられている。 


「ご機嫌よう、ベルさん」

「あぁ、フリートさん。ちょっと時間もらってもいいかい」

「なんでしょう」


 ベルは仰々しく自分の左胸に右手を当てる。


「フリートさん、ボクをミーレスにするつもりはない?」

「あらどうしてかしら」


 ちらりとこちらを見てから勝ち誇ったように言う。


「優秀な貴族には優秀なミーレスがつくべきだろう? ボクは言うまでもなく、剣の名家ディルフォン家の長男だ」

「存じております」

「キミは頭がいい。きっと優秀な女性になる。だから、ボクのような人間と組んで上を目指すべきだ」


 フリートは喜ぶでもなく無表情だった。


「……ミーレスはひとりと決めておりますので」


 その言葉を聞いて、ベルは身を乗り出すように顔を近づけた。

 フリートは動じずにいる。


「ならなおさらボクにすべきだ。こんな魔力なしのミーレスじゃなく」


 侮蔑を含んだ言葉が吐き出される。


「なら決闘で決めていただければ」


 フリートはあくまで感情を表に出さずにそういった。

 ベルは納得がいかないとばかりに眉をひそめる。


「やるまでもないだろう?」

「あら逃げるおつもりで」

「そんなわけあるかっ」


 ベルはネモを睨み、指をさす。


「いいだろう、決闘だ!」


 ネモは頭に手を当てて、ため息を吐いた。


「わかった、やりゃいいんだろ」




 決闘は事前に学園に申請し、認められた時間帯、場所で戦う仕組みをなっている。


 授業で使われる決闘用の武器の中で己にあったものを選び、それを使って戦うのだ。

 魔法も使用可能だ。


 生徒でもミーレスでも決闘用に防御魔法が施された腕輪が配布されている。黒く金の縁があり、青い石をはめ込まれたそれは、一定のダメージを受けると石が砕ける仕組みとなっている。


 石を砕くか、降参させるかが決闘の勝利条件だ。


「覚悟しろ」


 広場にて、ベルが剣先を向ける。ここらでは主流らしい両刃の長剣だった。

 対してネモは片刃で反りのあるサーベルだ。


 決闘の噂を聞きつけてか、野次馬たちが集まっている。


 フリートはネモとベルの間に立っていた。

 立会人というやつだ。


「……ではこれよりベル・ディルフォン様とミーレス・ネモの決闘を始めます」


 ベルは怒りの表情のまま剣を構え、ネモはやや姿勢を低くする。


 フリートが上げた手が振り下ろされ、


「はじめ!」


 開始の言葉と共にベルが駆けた。

 魔力で強化された剣が迫る。ネモはその速度を冷静に見定めつつ、サーベルを刃が上になるように構えた。


 上段からの一撃をサーベルの刃に這わせるように受け流す。


 切り返しの斬り上げ、身を回転させての横薙ぎ。


 それらを難なく捌く。


「おう、いけるな」


 口の端が吊り上がる。

 ネモは決闘においてひとつ懸念点があった。

 それは、己の武器が使えないこと。自分の持っている刀であれば負ける可能性はこれっぽっちも考えない。決闘用の武器の殺傷能力は真剣よりも低い。刃は潰されており、材質もおそらく持っている刀よりかなり劣っているだろう。


 だからこそ耐久性が不安だった。


「魔力で強化したところで、材質を変化させたわけではないわ。武器そのものの耐久性は変わらない」


 フリートに聞いたとき、そう答えが返ってきた。だが、実感がなければ安心はできなかった。


 よくよく考えればそうだ。武器を選ばぬほど武器を強化できるのであればそもそも武器という発明をしなくていい。


 武器の形状や材質、それらが吟味されているということは魔力で強化できるのはその武器が持ちうる性能の範囲内というわけだ。


 ネモはベルの間合いから大きく離れると、サーベルを腰の鞘に納めた。


「……どうした、ボクの剣にビビって降参する気にでもなったか」


 得意げに言い放つベル。ネモは首を傾げた。


「いや? お前の実力がそんなもんなら一瞬で片がつくが」


 額に青筋が立つ。


「……吠えたな」


 青いオーラを剣が纏う。そしてその場で片手突きを放った。

 魔力が突きを飛ばす。


 半身になってそれを避ける。


「魔法か」

「貴様に避けきれるかなっ」


 斬撃が飛ぶ。

 それを避けながら、ネモはゆっくり前に進んだ。


 純粋な剣術だけで言えば盗賊騎士のシュチュアートより上だろう。ただ、実戦で通じるかは別の話だ。


 シュチュアートは自分の得意な間合いを把握していたし、魔法という術の扱いをある程度理解しているように思えた。


 己の得意な間合いを維持する意識があったし、魔法の発動すべき適正距離を考えて行動していた。


 だが、ベルにはその思考がない。磨き上げた剣術を見せびらかすことと、一方的な攻撃ができるからという理由で魔法を使っている。


 この斬撃を飛ばす魔法をネモが使えるとすれば一撃を避けられたときの不意打ちとして使う。


 これは、アレだ。


 己の力量と同等か、より上の人間との戦いが圧倒的に欠けている。


「剣の名家ねぇ」


 サーベルの鞘を握りしめる。


「名があるってぇのはいいことだ、倒しゃもっと強いやつが出てくるからな」


 さて、終わらせるか。

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