冷笑
学園生活のほとんどは、フリートと一緒に過ごす。
フリートは他の学生と話すこともあり、ネモは影のように傍に立っている。フリートに近づく人間はあまりネモの話はしない。
ただ、ふとしたときに気付く。
哀れみや、嘲りの含んだ視線がネモに向けられていることを。
「魔力がないということは魔法が使えないということよ」
魔法の授業とやらを受けている中、フリートは説明してくれた。
「騎士にしろ、何にせよ戦い方は二つ軸があるの」
ひとつは魔力によって身体能力や己の武器を強化する方法。練り込む魔力が強ければ強いほど、その色や形ははっきり視覚化される。
もうひとつは魔法。これは魔力を使って特定の現象を引き起こす手段だ。盗賊騎士のシュチュアートが使っていたのは炎と爆破の魔法だった。
魔法で引き起こした現象は通常の現象とやや差異がある。多少の物質性を持つということだ。ただの炎は斬ることで消火しきることはできないが、魔法で生成された炎は斬っただけで消火が可能なものがある。これは燃焼しているものが魔力の為、形成している魔力が断ち切られれば、形を維持できない為だ。
どれほど魔力で強化を施せるか、どれほど速く強力な魔法を発動できるか、それが強さの常識、なのだという。
どちらの軸も必要なものは魔力であり、それは微弱ながらも誰もが持っているもの。そして伸び代があるものだ。
現状、ネモにそれはない。
「つまり俺は無能ってわけか」
「そうなるわね。ミーレスとしての素質がないといっても過言ではないわ」
いまいち実感がわかないが、それは主人であるフリートの名を汚すことになるのではないか、とネモは思った。
しかしフリートはそれを気にする素振りもない。
授業で積極的に質問する姿や問題に答える姿は、教師からの印象は良いようだった。だからこそ、ぼそりと言われる事があった。
ミーレスさえ、と。
流れでミーレスを引き受けたのは自分である。投げ出すつもりはないが、それでも自分がミーレスであることでフリートが不利益を被るのは、いい気分ではなかった。
足手纏いは嫌いとするところである。
課題として出された風の魔法を実践しながら、フリートはネモに淡々と言った。
「アナタに魔力も魔法も期待してないわ」
「ひでえ言いようだ」
ネモは肩をすくめる。
「当たり前じゃない、ワタシが惚れたのはアナタの剣術。他のものはあってもなくてもどうでもいいのよ」
決して居心地の良いとは言えない学園で、主人が唯一の味方だった。
学園にいくつかある大広場。
そのうちのひとつで武器術の授業が行われていた。
生徒はどうやら一年の間に幅広い知識を学んだ後、二年からより必要な深い知識を得るための選択授業を受けるといった形式らしい。
一言で武器術といっても扱う武器が違えば当然必要な技術も違う。一年の間で己に向いた武器を模索しろ、ということだろう。
「皆様ご機嫌よう。わたしの名前はセイビスと申します、レイピアを学びたい方はわたしから授業を受けることになるのでよろしくお願いします」
老年といっていい男性が明るく自己紹介をする。髪や口髭は白くなってしまっているが、服の上からでもわかる鍛え抜かれた筋肉と、鋭い眼光が猛者を思わせた。
「さて、皆様に質問です」
セイビスは背負っていた石版を地面に置く。
「この石版。レイピアで切断できるでしょうか?」
高さは人間の腰辺りまで。厚さは手をのせられるほどの石版だった。
生徒の誰もが黙り込む。恐らくできるはずがないと思っているのだろう。
「はい」
その中でひとりの生徒が手をあげた。金髪を短く刈り上げた、赤目の男子生徒だった。
「斬れます」
自信満々で告げる男子生徒を見てざわつく広場。
ネモは腕を組む。
「ほう。きみ、名前は」
「ベル・ディルフォンです」
「ディルフォン家か」
顎に手を当てて納得顔のセイビス。
「有名なんか?」
「剣の名家ね」
「なんか凄そうだな」
セイビスは腰からレイピアを抜くとベルに投げる。
ベルは戸惑うことなく受け取った。
この学園で帯剣は認められていないはずだが教師は別らしい。
「やってみなさい」
「はい」
ベルは石版の前に立つと、レイピアを前に出して構える。左半身を後ろに、右半身を前に出す。
「すぅ」
息を吸って足の幅を広げる。レイピアの刃に僅かだが青い光を帯びているように見えた。
あれが魔力か。
「ハァッ!」
呼気と共に縦に振られるレイピア。一瞬で石版を通り抜けたかと思うと切断しきってみせた。
石版をニ分割する見事な線が描かれている。
「ほう」
セイビスは感嘆の声を漏らし、拍手をする。釣られるように生徒たちが拍手をした。
拍手が収まるとセイビスが口を開く。
「このようにレイピアでも魔力を扱いに優れれば切断が可能だ、覚えておくように」
セイビスがベルから剣を受け取ろうと手を差し出すが、ベルは首を振る。
「せっかくだからミーレスにもお手並みを見せてもらいましょうよ。選りすぐりの戦士なんだ、魔力がなくともこれくらいできなくちゃ、ねっ」
鞘にしまわれたレイピアが空中を舞う。その狙いは正確にネモの眉間に飛んでいった。
ネモは手を伸ばし、レイピアを受け取る。
視線が自然とネモに集まる。
「ネモ」
「なんだ」
「付き合わなくていいわ。あれは相当な高等技術よ。騎士でもアレをできる人間は少ないと思うわ」
「だけどよ」
ネモはベルを見る。
挑発的な態度で、ネモへ敵意を向けてきていた。
「できるだろ? 魔力なし」
「ネモ乗らないで」
「でもよ」
「……つまらないものなんて斬らなくていいわ」
フリートが手で制す。
「さぁやってみるといい! さぁ、さぁ!」
ネモは鞘からレイピアを抜く。
「ネモ!」
フリートが叫んだ瞬間、ネモはレイピアを投げた。
ベルの真横を通り抜け、石版に飛ぶ。
石版の、ベルが残した割れ目に、レイピアが刺さった。
鍔が当たった衝撃で石版が倒れる。
「……なんで俺に喧嘩売ってきたか知らねえけどよ」
ネモは歩いていき、ベルの横を通り過ぎて石版までたどり着く。
「こんなもん斬れたって自慢にならねえんだわ」
レイピアを引き抜いて鞘に戻す。そしてセイビスに返した。
それからフリートの元に戻る。
「コホン、では授業を再開しますよ」
セイビスが粛々と剣術について話を始める。
ベルの恨めしげな視線を気にせず、ネモは授業を聞くことにした。
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