魔力なし

魔力なし

 その日、ネモはフリートと共に「入学」した。


 よくわからない広い部屋で長ったらしい演説を聞き、よくわからない入り組んだ道を進んでいき、最終的に「教室」というものにたどり着いた。


 ミーレスは何をするか? 


 正直ネモは半分もわかっていない。ただフリートが自分の指示に従っていればいいというので、そういうものだと受け入れた。

 とりあえず勝手がわかるまでは大人しくしといたほうがいいだろう。

 

 階段状に並んだ横長のテーブルと椅子たち。テーブルの間には階段が設けられ、半円状にそういったスペースがある。

 生徒が大人に案内されて席についていく。


 フリートとネモも席に案内されて座った。ちょうど真ん中の段の一番端の席だった。

 姿勢を正して優雅に座るフリートに対し、ネモはぎこちなくやや背中を丸めて座る。


「背筋を伸ばす」


 フリートに足を踏まれ、ネモは丸めていた背中を正した。


「よろしい……ミーレスも何人かいるみたいね」

「……そうなのか?」

「アナタまた忘れたわね」


 フリートは呆れ顔のまま自分の胸に手を当てた。


「いい? 正式な学生はこのベージュがベースの制服なの」


 フリートの制服はベージュをベースに黒いラインが襟や袖にひかれているデザインだった。胸元に女性は赤いリボン、男性はネクタイをしている。下については女性はフレアスカートというものを着用している。こちらは黒だ。男性はズボンであった。


「アナタと同じ格好がミーレス」


 指先をネモの肩に刺す。


「ミーレスは白いシャツ、紺色のベストとズボン。あと青いネクタイね。ミーレスを兼任してる生徒は紺の腕章をつけるわ。それが決まり」

「はぁん」

「ま、そのうち嫌でも覚えるわ。ワタシのミーレスさま」


 意味深な目線を向けるフリートに、ネモは首を傾げるしかできなかった。


 パンパン、と手を叩く音が響き渡る。そこへ目を向けると、半円で囲うように並べられたテーブルから視線が集まるように配置された台が設置されていた。そこに一人の女性が立っている。


 生徒とは全く違う格好をしており、白いシャツにこげ茶色のマントとスカート、膝近くまであるブーツを履いていた。

 最も目立つのは三角帽子で顔が見えづらくなほどつばが広い。そこからはみ出たように出た青紫の髪は腰のあたりまでのびていた。


 女性が人差し指で丸メガネを押し上げると、レンズが白く光った。


「はい、静かに! 全員席に着きましたね」


 やや明るめの声が張り上げられる。


「このクラスを受け持つことになったウェニディ・アークトチスです。このクラスはウェニディクラスとなりますのでよろしくお願いします」


 頭を下げるウェニディ。


「この学園はご存じのとおり、貴族のご子息、ご息女が成人まで通う学園になります。ですが、この学園では階級など関係ありません。互いに切磋琢磨しあうように」

「表向きはね」


 ウェニディの言葉に、フリートが付け足す。ネモは声を潜めた。


「そうなのか」

「ルールを説明されてはいそうですかとなるほど階級は軽くはないわ。自分の階級の高さに誇りを持っている人もいる」

「フリートも?」


 フリートは鼻で笑った。


「まさか。貴族と言っても一番下よ。むしろ学園の制度を盾に好きにさせてもらうわ」

「いい性格だな」

「褒めても何も出ないわよ」

「本心だ、構わねぇさ」


 ウェニディは台の上に何かを置く。


「さて、さっそくですがひとつ試験といきましょうか」


 台の上には台形の置きものがあった。下のほうに赤い液体が溜まっており、液体が溜まった容器より上のところに目盛りが刻まれている。


「魔力測定器です。あなた方の魔力量を測定します」

「測定してどうすんだ?」

「高い方が強いってことよ」

「おう、わかりやすいな」


 測定機にウェニディが手を置く。すると赤い液体が目盛りの横の管を通って登っていく。

 そして頂点までたどり着いた。


「このように上限までくれば上まで液体が届きます。これ以上測定はできませんが、まぁ正直お遊びなので緊張なさらず周りの人を話しながらでもやっていってください。終わったら隣へ。端までいったら後ろにまわしてください」


 ウェニディが生徒に測定器を渡し、わいわいと騒ぎながら測定していく。


「たぶんどんなに魔力量が少なくても半分はいくわね」

「なんでだ」

「測定に使ってるあの赤い液体よ。魔力を受けて体積が膨張するの。一定の魔力量まではすんなり膨らむけど、そこを超えると難しくなるの」


 純粋に目盛りの示す数値に一喜一憂する生徒たちを見る。


「もしかしておめえさん頭良い?」

「感想がおバカさんのそれね」


 しばらくして、測定器がフリートの元までやってきた。


「これはね、魔力を扱えれば満杯にできるわ」


 人差し指で、そっと測定器の頭触れる。下の液体が波打ち、上に伸びていく。半分まで登り、そしてそこからも止まらずに伸びていく。


 そして限界まで液体が伸びた。


 周りでその様子を見ていた生徒たちが感嘆の声を上げる。


「要は魔力測定器というよりも、正しく扱えるかどうかの判定器よ」

「へえ」


 測定器を押して、ネモの前に置く。


「手、置いてみなさい」

「魔力の使い方なんぞ知らねえぞ」

「剣を使ってる時を思い出しながらやりなさい」


 測定器を見る。

 手を置いて、刀を握っているときの高揚感を思い出した。


「……動かねえな」


 底に溜まってる液体はうんともすんともいわなかった。

 完全な無反応。それに気付いた周りがざわめきだす。


「うそ、ミーレスで?」

「主人の方は完璧なのに」


 そんな様子に気付いたのか、ウェニディが階段を上がって近づいてくる。


「どうしましたか」

「ウェニディ先生、測定器が反応しません」


 フリートが声を上げる。ウェニディは眉を潜めながら、ネモの後ろまでやってくる。


「測定器に不具合はないはずですが。失礼」


 肩に手を置かれる。


「……ないですね。魔力」


 何かを感じ取ったのか、ウェニディはそう断言した。


「魔力は生物であれば備えているものでは?」


 ウェニディは顎に手を当てて考え込む。


「わたくしの魔法でも感知できないほど魔力が微量か、本当にないかですね。前例がないわけではありません」


 測定器を後ろにまわす。

 一瞬、冷ややかな目線がネモに向けられた。ネモは察する。これは失望した目だ。

 話を聞いていたらしい、別のミーレスや生徒からも侮蔑の視線が刺さってくる。


 ウェニディが台に戻っていく。


 ひとり、主人であるフリートだけが、まるで祝福を受けたかのように笑みを浮かべていた。

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