果たし状

 ネモがフリートのミーレスになると決まって数か月後。

 メレイスとネモは並んで村を歩いていた。食料の買い出しの為である。数か月も経てば、少しは村に馴染んでいた。


「騎士の核心とは」


 メレイスの言葉にネモは目を泳がせる。


「ひとつ」

お嬢サマ主人への忠誠」

「ふたつ」


 メレイスが二本の指を立てる。


「武勇と礼節」


 戸惑いながらもネモは答えた。

 メレイスの立てる指の本数が三になる。


「みっつ」

「じゃ、弱者の守護」


 そこでメレイスは腕を組んだ。


「よろしい」


 ネモはほっと胸を撫でおろす。


「あなたにしてはよく覚えましたね」

「要は強きをくじき弱きを助けるってぇことだろ。馴染みがあるっつうか……」

「他のこともぜひ覚えていただきたいですね。茶菓子の焼き方とか紅茶の淹れ方とか」

「あ、あんな細々したもん、できねえよ」


 メレイスは片目を閉じながらも、ネモを睨む。


「手順通りにやれば形になります。手順通りすればいいのです」

「お、覚えらんねえよ」


 そんなやりとりをしながら、青果店までたどり着く。二人で足を止め、青果店を眺めた。

 露店形式で採れた野菜を売り出しているその店は明らかに荒らされていた。店主である中年の女性は項垂れており、幼い息子は道で泣いている。


「ひどい」


 メレイスは拳を握りしめた。自身も村の出身だ。怒りを抱かぬわけがない。


「どうしたってぇんだよ、これは」

「……ネモちゃん。ごめんね、今ウチ売れるもんがまともにないの」

「そんなこたぁいいんだ。誰にやられたんだよ」


 暗い顔で女性は握りしめていた紙をネモに渡す。ネモはそれを受け取り、眉間に皺を寄せた。


「メレイス。なんて書いてあんだこれ」


 ネモの左肩から、紙を覗き込む。


「果たし状ですね。日付と時間、場所が指定されています。四日後、この道で決闘とありますね」


 女性は息子を抱きしめ、涙ぐむ。


「強盗騎士だよ。難癖つけられてフェーデおいてかれたんだ」

「はぁ?」


 ネモが疑問の声をあげる。


「強盗騎士ってなんだよ」

「そのまんま、犯罪行為をする騎士のことです」

「だって騎士ってのは弱いやつを守るんだろ? なんでそんなことすんだよ……真逆じゃねえか」


 メレイスは怒気の孕んだ、しかし静かな声で説明した。


「フェーデというのは決闘制度です」

「決闘?」

「己の侵害された名誉を実力で取り戻す為の、制度ですね」

「何の名誉が侵害されるってんだよ」

「完全な言いがかりですね。騎士の中では難癖をつけてフェーデの制度を悪用する人間がいます。それで弱者を決闘で打ち負かして金や物資……果ては女を搔っ攫っていくのです。表向きは合法行為ですが、唾棄すべき行いです」


 ネモは真剣な目で紙を見つめ、握りしめる。


「要は勝ちゃいいんだな」

「そうですけど」

「俺がやる」


 唇を歪ませながら、ネモは宣言する。


「たまには運動させてくれよ。メレイス先生。あぁ、それと」


 実を割られた野菜を指差して、ネモは言う。


「なるべくこういうの買って帰ろうぜ。食えりゃ何でもいいだろ」


 普段ならため息モノの粗暴極まりない言葉だったが、メレイスは頷いた。


「えぇ。きっと、ご主人様もお許しになるでしょう」




 自身の部屋で書物に目を通しながら、フリートは頷く。


「全くお父様の領地に手を出してくるなんて。どこの騎士かしら」


 メレイスからの報告を聞きながら、フリートは呟いた。


「わかりませんが、相手は五人ほどいたとのことでした」

「聞くけれど、ネモに魔法・・を教えた?」


 フリートの問いに、メレイスは首を振る。


「全く」

「ならいい経験になるかもね。当日はワタシも見るわ、気になるし」

「まさかネモは、魔法を知らないのですか」


 騎士の核心は村人などに馴染みのない思想ではあるが、魔法は別だ。人間、誰しも魔力というエネルギーを体内に宿している、とされている。それを使って発動させる現象を魔法と呼ぶのだ。子どもでさえ、おとぎ話などを通して魔法の存在を知る。


「以前、見せた事があるのよ」


 そういってフリートは自分の指先に火を灯す。そしてすぐにかき消した。


「彼、奇術だって」


 口元を抑えて、笑うフリート。メレイスは胸元に手を置いた。


「裂け目から出てきたモンスターを、人間が打倒し続けられた手段のひとつが魔法です。それを知らずにモンスターを倒していたなんて」


 人間とモンスター。戦闘能力だけで比べれば圧倒的に人間の方が劣っている。それでも人間がモンスター相手に滅びずに済んだのは、無論様々な要因があってこそだ。


 それでも魔法という存在は戦闘において大きな意味を持つ。格上に勝つために魔法は最も手軽で効率的な手段であったからだ。騎士ともなれば魔法はある程度扱えるだろう。


 フリートは楽しげに書物のページをめくる。


「ワタシ、彼に興味があるの」

「顔立ちが良いから、ですか?」

「それもあるけど。彼がどれほど強いのか、知りたいの」


 欠片も、自分のミーレスが危険な目に遭うことを気にしている様子はないようだった。

 文字を追う瞳には好奇心で満たされている。


 その様子をメレイスは意外に思った。


 彼女との歳は十ほど離れている。教育係として、大人として彼女を見てきた。彼女はだいたいのことをそつなくこなし、学びへの意欲もある。ただそれは己を磨くためであり、好奇心をくすぐられてといった感覚には程遠いものであった。何かに強く興味を惹かれる事は少ない。


 そんなフリートが興味を抱くほど、ネモの強さが強烈だったのか。


「弟がいるってこんな気分なのかしらね」

「わたしはあんな出来の悪い弟分は持ちたくありませんが」

「辛辣ね。確かに紅茶もまずいし、料理は必ず真っ黒こげだしね」


 でも、とフリートは前髪で隠されていない、左目にメレイスの姿を映す。右側だけに結われた、桃色の髪が揺れる。


「でも、素敵なミーレスになるわ」


 その笑みはどこか確信めいていた。

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