主従

 フリートに男爵の父がいる。男爵というのは貴族の階級の中でも一番下で村や町の領主程度だ。

 父は村の領主で、村人から慕われていて人柄もよく、自慢の父であった。


 フリートは来年、アケーノス学園に入学する。そこで優秀な実績を残せば男爵より上の地位を狙うこともできるし、注目されれば支援をされることもある。


「そんで、ミーレスってのとなんか関係あんのか?」


 森の中を歩きながら、少年は疑問を口にする。


「アケーノス学園にいる生徒はミーレスを持っていることがあるの。簡単に言えば主従関係ね。生徒同士でマスターとミーレスの主従関係になることもあるから必ずしも貴族だから持っているわけではないわ」


 そして、ミーレスとしての活躍は、ミーレス個人の評価にも主である生徒の評価にもなる。


「ミーレスには様々な素質が必要よ。でも、最も重視されるのは強さ」


 フリートはそこで足を止めた。

 死体がひとつ、転がっていた。フリートを逃してくれた戦士だ。


「こいつは」

「お父様が雇ってくれたミーレス候補……だった人よ」


 戦士としては熟練者だった。モンスターがオーガでなければ、順当にモンスターを倒してもらい、フリートのミーレスを頼んでいただろう。

 屈み込んで祈りを捧げる。


「この人がいなければワタシは死んでた。もちろんアナタがいてこそではあるけど」


 オーガがあのまま村を襲うなんていう事態になっていたら大惨事となっていただろう。

 それを防いでくれたのは少年と、その少年に出会わせるチャンスをもたらしてくれたこの戦士だ。


 首に下げてあったであろうペンダントを拾う。血に濡れていたそれをポケットから出したハンカチで拭く。


「死体あさりか」


 どこか楽し気に聞いてくる少年をフリートは睨んだ。


「遺品として持ち帰るのよ。弔う為にね」


 フリートは立ち上がった。


「なら、剣もだな」


 少年は、半ばで折れた剣を拾い、落ちていた鞘に納める。そして担いだ。


「どうして」

「命預けてたもんだ。地獄でも役に立つさ」


 死体に視線を落とす。


「それにな。剣士の墓なんてもんは、墓石が剣で、酒をもらえば上等なもんよ」


 どうやら少年には少年の価値観があるようだった。最も、この元ミーレス候補が根っからの剣士であったか甚だ疑問ではあるのだが。


 重要なのは死に敬意を払うという意志なのかもしれない。


「行きましょう、まだモンスターがいるかもしれない」


 二人並んで歩き始める。


「あのでけえのか」


 恐らくオーガのことだろう。フリートは首を振った。


「あそこまで強いのは珍しいけど」

「そいつは残念だ」


 挑発的な笑みを浮かべる少年。


「さっきの話、続きをしましょうか」

「何の話だ」

「ミーレスの話」

「何だっけな」


 頭をかく少年に、ため息が出る。


「興味、ないのね」

「当たりめえよ」


 悪びれもしない。

 フリートは呆れるしかなかった。少しは誤魔化そうとか思わないのか。


「……確認するけどアナタ、どこに住んでるの」

「ここら辺」

「家は」

「そんなもんはねぇ」


 キッパリ答えられる。それが当たり前のように。


 もし、旅人であれば、もっと持ち物が充実しているであろう。記憶がないということはここら辺の地理の知識もない可能性がある。

 となれば、身一つでここらに放り出された状態、と考えるのが妥当だろう。


「食べ物は」

「そこら中にあるだろ」


 原始的すぎる。毒のあるものを食べて死んだらどうするつもりだったのだろうか。


「……アナタの性格を鑑みるに、シンプルなほうがいいかもね」

「シンプルってのは」

「ワタシの下に付きなさい。衣食住も保障するし、強いやつと戦わせてあげるわ」


 少年の目の色が変わった。


「さっきのよりも強いやつ、か」

「アナタの働き次第ね」


 記憶はない癖に強者との戦いを求めていたり、剣士に対する一定の価値観があるのはわかった。

 であれば、その欲をエサにするだけだ。

 こちらもあちらも強さがほしい。

 あれこれ説明するのは釣り上げた後でもいい。

 もう一押し、言葉を続けようと思ったところで、少年の顔があらぬ方向を向く。


「……おい」

「何かしら」

「もんすたーってぇのはああいうのか」


 少年は担いでいた剣を地面に置く。そして腰の鞘に納まった剣の鍔を、なんと親指で弾いた。勢いよく剣が飛び出し、柄頭を先頭にして木々の影に消える。


 瞬間、影がフリートに迫った。フリートと影の間に少年が立つ。


 大型の狼のようなモンスターが襲い掛かる。少年が頭を庇うように構えた腕に噛みつき、牙を喰いこませる。


 眉間から臀部のほうまで一直線に毛が逆立っており、その眼に生気はない。


 ラウディーウルフと呼ばれるモンスターだった。オーガほどではないが、凶悪なモンスターとして知られている。


「お座り」


 少年は噛まれたままの腕を地面に叩きつけた。

 骨の砕ける音が耳に響いた。


 少年が立ち上がると、ラウディーウルフは全身を痙攣させて、地面に倒れていた。下顎が完全に砕けて外れている。牙は何本か折れているし、獣型のモンスターとはいえ、同情してしまう。


「歯ごたえがねぇな」


 腕を振る少年。一切怪我はなかった。

 やはり強い。


 己のメインの武器であろうものを簡単に手放し、なおかつ真正面からモンスターをねじ伏せる。


 決して剣に頼っているわけではないことがわかる。いざとなれば身ひとつで戦うという判断力と精神性は必ず武器になる。


 態度が悪いのと、頭が足りないところはあるが、それが気にならないほどの強さだ。


 少年は己が飛ばした剣を拾いに行く。

 ほどなくして帰って来た。


「おめえさん、名前なんていったっけ」

「フリート・モンスよ」

「なんて呼べばいい」

「そうね、お嬢様とかかしら」


 少年は口を開けて不服そうな顔をした。


「……お嬢サマ」

「よくできました」


 頭を撫でてやると、眉をひそめられる。


「ちゃんと強いやつと戦わせてくれよ」

「もちろん、アナタが強いうちはね」


 頭から手を離す。少年はくしゃくしゃにされた髪を手で払って整える。


「名前決めなきゃかしら。なんて呼ばれたい?」

「好きにしろ」


 執着がないようで丸投げされるフリート。

 顎に手を添えてしばらく考え込む。そして笑みを浮かべて、顎に添えた手の、人差し指を立てた。


「ネモ、ね」

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