答えを示す時

 この場の神官たちには、幾分か冷静さが残っている。話合いだけで、どうにか今夜の儀式をやめさせることができるのではないか。

 考えた末サカイは木陰から身を現した。傷が癒え、立っているサカイを見て、神官たちは声を上げる。


「お前は!!」

「あなたは! 血狂い、だったのですか」


 サカイは静かに非難を受け止めた。コロルゥトの横まで来ると足を止める。


「そうだ、俺は天ノ血あまのちを飲んでいる。だからこそ、罪を償うために天ノ人あまのびとの頼みで、聖女の護衛を受けた。この儀式を止めるためにな」


 もちろん嘘だが、コロルゥトは話を合わせるように深くうなずいてくれた。一応筋は通っているはずだ。


「血を飲まなければ生きられない身だからこそわかる。血を利用した儀式の愚かさが。そして、飲むことで生まれる苦痛が。身体の中に入れるなんてもってのほかだ」


 サカイは聖女に視線を向けた。彼女は不安げに瓶を見つめている。


「今ここでやめれば、神はこの町を消しはしません。行いを改めればそれを認めて下さいます。ここにいるこのサカイがその証明です」


 コロルゥトはどうやら、サカイの嘘を利用する気らしい。


「血狂いは本来許されない存在ですが、神は、かの者の生を否定はしていません。故に、今もサカイは生きている。だから、あなた方が、自らが行ったことに向き合い、悔い改めるのであれば、神はあなた方のことも見守ってくださるでしょう」


 コロルゥトの言葉は嘘ではない。

 境ノ子さかいのこであるサカイは、本来許されないはずの存在だが、その生を否定まではされていない。かつて、サカイは父からこう言われたことがある。だからお前は生きろ、と。

 しかし、上手い言い方をするものだ。「神はあなた方のことも見守ってくださる」ということは、彼らの罪を許すとは一つも言っていないのと同じだ。結局のところ、神が全てを決める。コロルゥトにも、どのように判断されるのか断言はできないのだろう。

 ふと思い出したように、神官の一人がおずおずと訪ねてくる。


「あ、天ノ人様、教会にいる者たちは無事なのですか?」

「僕に武器を向けてきたので、怪我は負わせましたが、命までは奪っていません」

「天ノ人様を傷つけようとしたとは……なんと、恐ろしい。それこそ、百年前の女と同じではないか」


 それから、束の間重い沈黙が広場を覆った。松明の爆ぜる音が嫌に大きく聞こえる。

 不意に、頭を抱えてその場にうずくまる者が現れだした。逆に狼狽ろうばいの声を上げて動き回る者もいる。時が立つにつれて、神官たちに現実が重くのしかかってきたのだろう。


「落ち着きなさい」


 この中では位が高いのだろう。壮年の女がうろたえている者に、声を掛けた。


「落ち着くのです」

「しかし!」

「考えねば。天ノ人様に答えを示さねば」

「今宵の儀式をやらねば、この町はいずれ」

「まだ五日雨が降っていないだけだ、後少し待つくらいなら」

「ですが!」


 神官たちは冷静さが残っている者たち同士で、話し合い始めた。


「そもそも、十一年前、護衛を殺めてしまったところから我らは間違っていたのかもしれぬ」

「それは! 抵抗したからでしょう!」

「聖女でもない者を殺すなど、あれこそ罪ではないか!」 

「なれど、あの時は彼の者がそもそも」

「今はその話をする時ではない。天ノ人様に答えを」


 聖女が神官たちの会話に入ることはなかった。彼女は、成り行きをただ眺めている。

 サカイとコロルゥトも間に入ることなく、事態を見守っていた。これ以上は何もしようがない。何が起こってもいいよう、心構えをしながら待つ。

 今宵の儀式が止まらなければ、そこにいる罪なき少女が死ぬことになる。そして、この先も続くのならば、更に犠牲は増えていく。どうか、この町の者たちがそうならないような選択をしてくれればいいのだが。

 話し合いをしているはずなのに、儀式の場はうるさいどころか、静かに感じられた。場全体が冷たい空気に侵され、その空気で閉じ込められているかのようだった。


 やがて、話し合っていた者たちがコロルゥトに向き直った。前にゆっくりと進み出たのは壮年の女性。

 壮年の女性にも、神官たちにも、明らかな迷いの顔が見える。それでも決めたのだろう。


「答えは決まりましたか? 天ノ教あまのきょう徒よ」

「はい。あなた様が、神の意思だと仰るのであれば」


 そこで女性は強く息を吸った。かすかに震えている。


「今宵の儀式は執り行いません。約束いたします」

「その後は?」

「教会に残っている者とも話し合いたい。その先を今は約束いたしません」


 コロルゥトはすぐには答えなかった。何かを考えるようにじっとしている。

 風が広場を駆け抜けたかと思うと、コロルゥトは剣を納めていた。解放された男は素早く立ち上がり、神官たちの方に走っていった。


「いいでしょう。全員ここから去りなさい。神が常に、あなた方のことを見ている。そのことを忘れることがないように」


 言外に、約束を破るなと、破ってもすぐわかるのだと、念押しをしている。


「この町の今後に期待していますよ」


 最後にコロルゥトが付け足すと、神官たちは急いでこの場から離れようと動き始めた。必要以上に、儀式の場に留まりたくないのだろう。

 ひとまず、この場は収まったと言える。ここに来る前は刃を交えるしかないのかと思っていたから、結果として話だけで済んだのは幸いだった。

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