第4話

 予備校での勉強をいつも通り周りより2時間早く切り上げ、帰路につく。予備校のある松江駅周辺はオフィスやファストフード店も比較的多く午後7時30分でもにぎやかさを保っているが、電車が発進して2分もすれば窓の外は闇に包まれ、視界の遠くで星々がきらめいている。闇の中を進んでいく電車は、空をかける銀河鉄道のように感じられた。先ほどまではるか遠くに見えていた星たちが近づいてくる気がする。慎太郎はこの時間が好きだった。移動時間の日課だった単語帳も、暗闇を突き進む電車の中でだけは開かないでいた。

 電車からバスに乗り換えると、二軒隣の東村さんが乗ってきた。

「あれ?慎ちゃんじゃないの?」

「あ、東村さん、こんばんは。」

「あらあら、久しぶりだね。受験生なんでしょ?東大目指してるんだってね。」東村さんは、周りの乗客のことを気にせずに言う。「東大」という言葉が出た瞬間に一瞬、周囲の視線が自分に集まるのを感じた。

「一応、そうです。まだまだ頑張らないといけないですけど。」

「あらぁ、話し方も大人っぽくなったね。慎ちゃんなら絶対大丈夫でしょ。」

「そうですかね。なかなか成績も伸びなくて。」

「大丈夫よ、慎ちゃんずっと賢かったんだから。」

 窓の外では家から漏れ出る明かりが流れている。街灯は徐々に数を減らし、果てには真っ黒のキャンバスに針であけた穴ほどの大きさが遠くに見えるだけになった。「次は飯梨、飯梨です。お降りの際は降車ボタンでお知らせください。」アナウンスが小さなバスの中に響くと、慎太郎は降車ボタンを押し込んだ。

 東村さんはコンビニに用があると言って遠くの光へと向かっていった。慎太郎はため息を吐くと自宅へと歩みを進める。単調な日々が続いている。久しぶりに学校で友人に出会った今日も、慎太郎の心が軽くなることはなかった。長らく、重圧が慎太郎の心にのしかかっていない日はなかった。母からの連絡をスマートフォンで確認しながら、自宅の扉を開ける。




「今日も一日、降雪が予測されます。車の運転には一段とお気を付けください。」

 流れているテレビに目をやると、アナウンサーが山陰山陽の地図を棒で指しながら天気の解説をしていた。テレビから視線を外し窓の外を見ると、真っ白な雪が見渡す限り一面を覆っていた。庭にある一番大きな石に積もった雪は滑らかな丸みを帯びていて、慎太郎は大福型のアイスを思い出した。高校3年生になり始まった単調な日々は冬を迎え、センター試験のちょうど1か月前の12月13日に慎太郎の住む安来市では初雪を観測した。高校では最後の定期試験を終え、年内の登校は終業式を残すのみとなっていた。10月、11月に行われた予備校各社の東大模試の結果は、慎太郎に希望の光をもたらした。濃いオレンジ色に囲まれたBの文字を目にした時には手の震えを治めるのがやっとのことだった。

 リュックサックを背負って靴ひもを結び、家の扉を開けると刺すような冷気が隙間から飛び込んでくる。ロングコートにマフラー、手袋と全身を覆っていても顔面だけはむき出しにせざるを得ない。顔の筋肉を収縮させながら慎太郎は家を出た。




 センター試験を20日前に控えた予備校は熱気と緊張にあふれていた。自習室のいつもの席では隣の高身長で細身、短髪の生徒が鉛筆を片手に日本史の問題を解いていた。慎太郎は数学を解くつもりだった予定を変更し、午前中は日本史と世界史の暗記に努めることにした。12月に入ったあたりから少しずつ眠りに着くまでに要する時間が長くなっていた。

 母が作ってくれた弁当を昼食に食べると、慎太郎は眠気に襲われた。これまでなら昼食後の眠気には身を任せることにしていたが、これもやはり12月に入ったころから本能的に眠気に身を任せることを避けるようになっていた。そして、頭痛とかすかな吐き気だけが昼食後に残っている。

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死に至る街 井上 表裏 @asa-asada

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