眼力(めぢから)先輩と俺 前編
「
「はいはい」
おざなりな返事を返した俺に、先輩の鋭い視線が突き刺さる。
「痛いです。眼力(めぢから)先輩」
新米だった俺たちは、研究室の地味女に適当なあだ名をつけた。
「お黙り」
無知は恐ろしい。地味女はこのウイルス研究所屈指の新星だ。
「単離はどこもまだか」
先輩の眼は世界中の研究所からのメールに釘付けだ。
「瞬き」
数回瞬きしてくれるが、次の瞬きにも俺の小言が必要だ。ドライアイの目薬も希少な今、ウイルス学の若手ホープの目は、俺が守っている。
B級ホラー映画が現実になった。突然凶暴化した人物が、近くにいた人々に次々と噛みつき、噛みつかれた人々は同様に凶暴化し、また人に噛み付いた。正気を失った様子に、集団ヒステリーだと噂になった。咬傷の被害者が、同時に加害者であるが、数日で腐敗し、腐敗したまま暴れる様子を、メディアが全世界に報道し、その現象に名前がついた。ゾンビ化だ。
社会は混乱したが、数多(あまた)の研究者たちの命という尊い犠牲で、ウイルス感染だと突き止められた。検体採取が困難で先に進まない。腐乱死体は増殖した無数の細菌に汚染されている。噛まれた直後の凶暴化した人間は危険だ。無下に扱うには人情が邪魔だ。
「あれ?」
外からの物音に、廊下に出た俺は二重扉の向こうにを見て腰を抜かした。ゾンビがいた。一枚目が破られ、警報音が鳴り響く。
「まじかよ」
「こっちにきなさい」
先輩が叫ぶが、足が動かない。二枚目が突き破られ、破片が俺の足に刺さった。俺の叫び声に、先輩がこちらへ足を踏み出すのが見えた。
「来んな! 」
俺は、先輩を部屋の中へ突き飛ばし、緊急隔離障壁のボタンを押した。仕方ない。俺は新米、あっちは天才。
「俺から検体取ってください! 」
「そんな予定ない!」
隔離障壁が、俺と先輩を隔てた。
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