第39話 ぴょんぴょん跳ねて叫ぶから

色々あって久しぶりの杵築チーム観戦。

事前にもらった黒キャップを目深に被る。

栞ちゃん曰く変装らしいけど…

レオはともかく、ぼくに必要あるのかな。


「カナくん。朝香いた?」


「ああ、朝香はあそこ。ベンチにいるよ」


身を乗り出して朝香を探す栞ちゃん。

キャップ姿も似合ってる。

なんかこう元気!って感じがいい。

語彙力ないけど。

とにかく、新鮮だ。


「んんー?ほんとだ、なんであんなとこ…?」


「スタッフとして入ってるんじゃないかな。みんなも違和感なく受け入れてるし。やる気だね、朝香も」


「えー…朝香…行動力すごいなー…」


レオに関しては朝香に任せたんだけど。

結局、献立作りは差し戻された。

朝香でも理解できなかったらしい。

その代わり、なのかもしれない。


事実、リーグの半分を消化して。

レオの調子は万全だ。

この凄まじい得点ペースも。

朝香の献身があってこそだろう。


他の選手たちも、その貢献を受けている。

ケガでの離脱が1人もいないのも。

トップリーグで、うちのチームだけらしいし。


「それだけレオのこと、本気なんだろうね」


「ん?…んーそう、だね。朝香のほうが…あんなおねえさんたちより、ゼンゼンいいとは思う…けど」


「おねえさん?」


栞ちゃんの視線の先。

たしかに、年上の女性たちがいる。

レオのファンだろうか。


「あ、カナくんは見ないで。カナくんだって危ないんだから。あれはお酒飲んだ監督たちと同じだから」


「そうなんだ」


どうみてもレオに歓声を上げてるけど。

栞ちゃん、すごい剣幕だし…

ここは素直に従っておこう。



「んー…カナくん、もしかしてお兄ちゃん、背のびてる?」


「もう止まったらしいけど、確かに大きく見えるね。姿勢とか体幹かな?」


185で止まったらしいレオ。

ずいぶん差が付いてしまった。

まぁ、ぼくだって170を超えたし。

十分ではないだろうか。


「ふむふむ。あと、あの大きさで速く動くの、やっぱ違和感ある…ない?カナくん」


「あはは。海外のトップはみんなあんな感じだから。そういえば、レオに海外からオファーがきてるみたいだよ」


「え!?そうなの?遠いところ?」


海外はどこでも遠いと思うけど。

少なくとも、家から通える距離にはない。


「イギリスの2部からだね。1部もあるチームで、2部で結果を出せたらそのまま上がる感じかな」


「ふむ…?それはすごいの?」


「うん、すごいよ。2部でも日本のトップリーグと同じ強さだから。1部はヨーロッパでもトップレベルのリーグらしいし」


「えー…お兄ちゃん、世界のトップで…戦うことになるの?」


「そういう期待をされる選手ってことだね」


金銭的な条件は置いといて。

これは本当に迷う話し、だという。

オーナー談だけど。


マイケルやオリバーのいた古巣だ。

縁故がある、とはいえ。

実力や将来性が認められて。

ということになる。


「それって、朝香もついてくのかな?」


「うーん、どうかな。レオも朝香も英語が喋れないから…ずっとあっちで暮らすとなると、相当の覚悟がないと厳しいと思う」


完全に実力主義と聞いている。

成果が出せなければ、渡る意味がないとも。


レオにとって、朝香が支えになるのか。

それとも重荷になるのか。

ぼくにはわからない。

まぁ、2人なら大丈夫だろうけど。


「本当に行くつもりなのかなー…お兄ちゃんなんも言ってなかったけど…」


「まだレオは知らないからね。つい先日オーナーから聞いた話だし。マイケルたちが帰ってきたら改めて、になるのかな」


レオも向こうの情報は欲しいだろう。

擦り合わせの時間を取るはずだ。


2人が帰ってくるのは週末で。

再来週にはまた代表戦でイギリス行き。

そう考えると…サッカー選手もなかなか忙しい。



「…」


後半もあとわずか。

栞ちゃんは、体力が尽きてグロッキーだ。

見れば、朝香もグッタリしている。

あの状態であそこにいて…

怒られないのだろうか。


ただ気持ちはよくわかる。

レオが、ずっとえぐいからだ。


「4得点はさすがにすごいね」


「おにい…ちゃん…すご…すぎ…」


「ね」


相手は降格圏のチームだ。

どうも守備が不安定、精彩を欠く。

その穴をレオが的確についている。


「あー…!またっ…入ったっ…!」


「うわ、えぐいな」


中央を通す縦パスを。

そのままダイレクトでシュート。

アクロバティックなゴールに観客も沸く。


こうしてみると、うちの応援も増えたなぁ…

ほとんどがレオ目当てとはいえ。

栞ちゃん以外の声援も多くなった。


試合終了のホイッスル。

レオが手を挙げて、こっちに来る。

その前に。


「いこ…カナくん…」


「つかまって、栞ちゃん」


手を引いて、逃げさせてもらおう。

面倒はごめんだ。



「なんかバレバレだったね。キャップだけじゃダメなのかなー」


レオには最初からバレていた。

他の選手たちもに、途中から。

栞ちゃんがぴょんぴょん跳ねて叫ぶから。

なんだけど。


なんなら周りの観客たちも拍手してたし。

栞ちゃんの感情パフォーマンスに。


「さすがに、キャップだけだと厳しいかもね」


「うー…」


栞ちゃんが落ち着くことはないだろう。

今でもヨダレは健在だし。

ぼくには矯正する気もない。

でも、


「レオの人気が上がれば、だんだん気にされなくなるよ、栞ちゃん」


「あーたしかにそうかも…?」


ゴールに沸くのは他の観客も一緒だ。

人気が上がれば、一人の声援は紛れていく。

栞ちゃんも目立たなくなるだろう。


問題は、ピッチ内の朝香だ。

正直、栞ちゃんより目立ってた。

ただぼくが口を挟む問題でもなに。

そこは、レオがなんとかするだろう。

たぶん。

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