第38話 色んな意味で

季節はもう初夏になる。

ちょっと暑いくらいの陽気、なんだけど。

ようやく入浴許可が出て。

これは入るしかない!ってなって。


「ふぅー…きもちいー…」


ほんとに久しぶりの温泉。

さいこーだ。

さいこーに気持ちいい。


「いや~やっぱいいもんだね。しかも貸し切りだし。偉くなったきぶんだ~」


るんるんでざばざばと。

お湯をかき分けるユリちゃん。

いやいや、普通に迷惑行為だから。

ほんとはダメ。


「いまだけだからね?」


「わかってるって~」


ええ…ほんとにわかってる?

ユリちゃんはいつもこんな感じだ。

平泳ぎも乙女的にどうかと思うし。


でも欲をいえば…

最初はカナくんとが良かったなー…

最近、杵築さんと監督につきっきりだし。

もっと言えば、


「朝香もお兄ちゃんにつきっきりだし…」


「あ~あさちゃんはね…しょうがないよ?レオ先輩、モテモテになっちゃったし!」


「えー…それが理由?」


「そだよ。高身長オラオラ系サッカー選手だよ?モテしかないって~しおちゃん」


「カナくんのほうがカッコイイけどねー」


どうやら、お兄ちゃんの人気がヤバいらしい。

メンズの雑誌とかモデルのなんとかで。

一躍、時の人になってる。

カナくんのほうが絶対にカッコイイけど。


「それそれ。カナタ先輩もヤバいんじゃないの?なんか露出増えてきてるし。だいじょうぶ~?」


「だいじょうぶー露出が増えるのは想定外だけど」


ことあるごとに、ていうか。

発端はヒーローインタビューで。

お兄ちゃんや佐藤さんが言うから。

カナくんのこと。

すごいすごい!って。

何度も、しつこく。


全部カナくんのおかげだーみたいに。

登壇する度に、言い続けるから。

有名になってきてる…カナくんが。

思ってたのと違う方向で。


「それに海外でも話題なんでしょ?さすがカナタ先輩って感じだよね~この思ってもみなかった感!先輩あるある~」


「ないない。ないけどさーてか、そっちは別にいいんだよ、ユリちゃん」


代表に再選出されたイギリスの選手たちが。

カナくんのおかげだーって言いふらして。

なんかそれ、お兄ちゃんも4軍でやってたけど。


もうあっちでは、お兄ちゃんより有名らしい。

カナくん、選手じゃないのに。

ヘンなの。

でも、そう。それは別にいい。

誰も結婚とか言い出さないから。


「とりま、あたしたちのやることは終わったんだし。これでゆっくりできるよね?しおちゃん」


うーん…

こうして、温泉も入れるようになった。

回答待ちのお店もほとんどない、し?

備品や寝具、制服の手配も…オッケー。

やれることは済んでる、と思う。


3回目のクラファンは8月から…12月で。

それが終わるまでに、わたしがやること?

看板の受け取りと、バイトの面接くらいかな。

うん、


「もう大丈夫そう、かな…なに?ユリちゃん、じっと見て」


「ヒマだったからコッチも考えてただけ~」


「なにを…?」


「カナタ先輩好き好き~ってSNSで騒いでるお姉さんたちいるじゃん?」


「うん、いるね」


結婚だ~とか言ってる人はごく少数。

付き合いたい~はよく見る。

かわいいとか好き好き~は、もうすごい数で。


カナくんをなんだと思ってるんだろう。

許すまじなんだけど。


「その人たちと、しおちゃん比べてただけ~」


「…」


なに?

子どもっぽいって言いたいの?

確かに全く成長してませんけど。

なんか文句でもおありですか?


…1番許せないのは目の前の。

ユリちゃんな気がしてきた。



「って話しなんだけど、どう思う?カナくん」


スタジアムで合流して。

カナくんと試合を観戦する。

ユリちゃんは当然デートでいない。

髪ぐしゃぐしゃにする前に逃げられた。


「そもそもぼくが有名になって、誰が得するんだろう?」


得…?

うーん…なんかもう。

チームみんなでやってる感ある。

カナくん上げ。


誰かにとって、特とかあるのかな?

わからないけど。

少なくとも、


「わたしにはマイナスだよ、カナくん」


ハッシュタグまであるんだもん。

ついつい見ちゃうし、目の毒だ。


「あはは。今後も継続して関わるなら知名度は必要だけど…今季で終わりだし。そうなると、理由がわからないよね」


「ねー。旅館にとって、何かプラスになったりする?カナくん」


「それなら栞ちゃんを前に出して宣伝するんじゃないかな。女将だし、ストレートに集客アップに繋がると思うよ」


「う…それはそれでイヤかも」


今のカナくんの人気を見ればわかる。

SNSでの広まり方は、クラファンとは違う。

ストレートに批評されてる。

顔を。

それはつらい。

わたしには耐えられる気がしない。


「栞ちゃんが気になるなら、みんなに言おうか?」


「えー…うーん…いい、いいや。だいじょうぶ。みんなに悪意ないのわかるし。そのうち目的も、わかるかもしれないし?」


最近はおおらかだった、わたし。

美人お姉さんたちのアピールすごくて。

ちょっと不安になってるだけ、だし。


たぶん。

意味があることなんだよね?

お兄ちゃん。

これで何もなかったら、怒るけど。


「そう?何かあったら言ってね、栞ちゃん」


「うん、ありがとカナくん」


そろそろ試合も始まるし。

気持ち切り替えてかなきゃ。


いつもみたいにカナくんにくっついて。

温泉の匂い、ちょっと心配だけど。

…だいじょうぶだよね?



「26試合が終わって24勝、今のところ優勝ペースだね」


「だって負けるところが想像できないもん」


「そうだね。前に監督も言ってたけど、J2でも問題なく戦えると思うよ」


「監督ねー最近、ちょっと調子に乗ってる気もするけど…」


今日も試合は圧勝で。

J2でも優勝を狙えるぞって、監督は強気だ。

最初はあんなに弱気だったのに…


「杵築さんチームも調子に乗ってるからね。2人が張り合う分にはいいんじゃない?」


「そういう意味じゃないんだけどーカナくん?」


「あはは」


杵築さんチームもかなり調子がいい。

順位は3位、なんだけど。

じゅうぶん優勝を狙えるらしい。


ただ、いまは顔を出しづらい。

お兄ちゃん効果で。

試合のあと、みんながわーって来るから。

目立っちゃってもうって感じだ。


そろそろ変装を考えるべき?

カナくんの。

うーん。

サングラスは逆に浮きそう…?

あ、お揃いのキャップとかしたいかも。


「カナくん、今度、帽子買いにいかない?」


「そうだね、もう7月だし。熱中症も気を付けないと」


「せっかくだし、お兄ちゃんのチームのにする?」


「いいね、杵築さんに頼んでみようか」


「うん!次のお兄ちゃんのホーム戦、応援いこ!」


とりま、キャップで変装して。

レプリカユニおそろも憧れるけど…

まだちょっと、勇気が出ない。

わたしの成長を待ちたいところだ。

色んな意味で。

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