第37話 優勝だね

今日は久々のオフ。

ぼくとレオの休みが重なるレアな日だ。

栞ちゃんオススメの店を訪ねる。

予定、だったけど。


そもそもレオがいない。

レオのお祝いにも関わらず。

突然来た、朝香に拉致されていった。

止めるヒマもなく。


まぁ、それはいいんだけど。

問題はせっかくだからと訪ねた店。

それがどうみても、


「…閉店してる?栞ちゃん」


「ええー…潰れちゃった?そんなー…」


パッと見たしかに撤去中の。

洋風レストラン、かな。

あれ?


「栞ちゃん、ほら。あの看板」


「えー…あ、改装中?よかったー、潰れたわけじゃなかったんだ…」


それよりも気になることがある。

あの看板、


「なんか動いてない?栞ちゃん」


「…えっ!?」


腰を抜かす栞ちゃん支えつつ。

ゆらゆら揺れる看板を見る。

やっぱり動いてる…なんなら歩いてる。


「えっと、すいません。いま改装中で。春すぎにはリニューアルも終わりますから。よかったらまたご来店ください」


…看板が、話しかけてきた。

すごい絵面だ。

よほどインパクトあるよこれ。

ぼくらのサッカーより。


だって栞ちゃん、放心状態だし。



クラファンの説明をする栞ちゃんから離れて。

現状の確認でもしていよう。


2回目のクラファンは無事に失敗。

危うく達成するところだったけど。


3回目は、夏に実施予定だ。

リーグの終わりと、期日を揃えるため。

あとは、従業員の育成を考えて。


板前も当面のあいだ、ぼくが勤める。

ただ、スポーツ医療フード温泉旅館?

とは言え、味に関してはプロが欲しい。

タブレットで情報を募ってみようかな。


そもそもスポーツ専門じゃないし。

栞ちゃんは、もっと広い客層で考えてる。

献立のバリエーションも増えるから…

早めに作っておきたい。


チームのほうも順調だ。

開幕から8試合、どちらのチームも負けがない。

レオのチームは4位。

監督のチームは1位を独走だ。


メインFCは8位なんだけど…

オーナーから何も言われてないし。

気にしないでいいだろう。

たぶん。


「おまたせ!カナくん!」


「おかえり。オッケーだった?」


「うん!てかやっぱ有名な人だったよ!めっちゃびっくり!」


「そうなんだ」


コックさんには見えなかったけど。

看板方面で有名なのかな。


とりあえず、歩き出す。

左腕の重みを感じながら。

なんとなくまだ、腰が寂しい。


「まーわたしも負けてないけどね?それより、文化祭ライブだよカナくん!そーじょーこうかで人気、出始めてるんだって!」


「そうなんだ?」


話しがサッパリわからないけど。

ずいぶんと楽しそうだね、栞ちゃん。


「閉めようとしてたお店がライブハウスでねー。ユリちゃんと説得して、文化祭で歌って宣伝してみたらーって。その動画が上がっててね、すごいらしいよ!」


…栞ちゃんが、町おこしの優待。

どう説得してるかって。

あんまり聞いてこなかったけど。

なんか、よくわからないことやってない?


まさか全部こんな調子なのかな。

優待リスト、わりと埋まってるけど。

とりあえず、


「あとで、一緒にその動画みてみようか」


「うん!わたしも忘れてたから、みてみたい」


「…忘れてたの?それはそれで、栞ちゃんらしいけど」


「んー…だってほら、なん100件って回ったから。インパクトあるのは覚えてるんだけどなー」


倒産間際のライブハウスを救うため。

店主を文化祭ライブにぶっこむ。

これで、インパクトはすごくない?

確かにさっきの看板はすごかったけど…


「栞ちゃんも立派になったなぁ…」


「お、ひさびさの親目線だね、カナくん。いいよーやる?おやこごっこ」


「あはは、そういうんじゃないよ。大人になったなって意味で」


「…さっきの人、何歳くらいだと思った?カナくん」


「看板の人?」


「うんうん、その人」


身長は栞ちゃんと同じくらいだった。

客観的に見たら、中学生…14、15歳。

でも、実は成人してた、とか?

あるかもしれない。


「18だったとか?」


「おしい!今年、高3だって…あれ?カナくんと同い年になるの?」


「うん、同い年だね」


ぼくも今年で成人だ。

ようやく、1人で出来ることが増える。

監督たちの庇護下からも外れるけど。

保護者がいらなくなるメリットは大きい。


「…どう、思った?カナくん」


「どう?」


「わたし、負けてないよね」


2人の会話の中で、勝ち負けでも出たのかな。

ぼく、聞いてなかったんだけど。

でも、


「うん、栞ちゃんの勝ちだよ」


ぼくは栞ちゃんびいきだから。

勝ちでいいと思う。

栞ちゃんの。


「ほんとに?!ありがとカナくん!優勝だね!わたし!」


「え?」


優勝したの?

何にだろう。

…まぁ、いいか。

栞ちゃん、嬉しそうだし。



『カナタくん、大変なことになったわ』


「はぁ」


家に戻って昼食を取った後。

杵築さんからの緊急連絡を受けている。


栞ちゃんは…お昼寝かな。

ふて寝ともいうけど。

ぼくの膝に収まっている。


『マイケルとオリバーが代表に選ばれたのよ。どうしたらいい?』


例の2選手が国別代表に選出。

その話しはすでに、オーナーから聞いている。

確かに守備的にはダメージを受ける。

けど、


「そもそも断れないんですか?そういうの」


『断れはするわ。でも2度と呼ばれなくなる。カナタくんが行くなと言えば行かないだろうけど…いえ、そうじゃなくて、守備の穴をどうしようかと思ってて…』


「それなら、監督のチームから借りてきたらどうですか。試合を見てる感じ、あっちは新しい選手を使っても問題なさそうですし」


合同練習から数か月が経っている。

監督チームはケガ明けの選手たちと。

新規メンバーを加えて、今では大所帯だ。


『やっぱりそれしかないのよね…あまり借りを作りたくないんだけど。はぁ…カナタくん、オススメの選手は?』


「ぼくが選んでいいんですか?」


『ええ、いま一番選手の状態を把握してるのカナタくんだから。あと…メインFCからのネチネチが怖いのよ。どうにかできる?』


選んでいいのであれば。

元々バックアップに考えていた2人。

4軍から付き合いのある選手にしよう。

レオと同じく、まだ成長期の2人だ。


「何も言われてないので、こちらからは手を出せないです。メインに移籍の話しは出てるんですか?トレードとか」


ネチネチの原因は、順位差ではなく。

能力やスタッツ差だろう。

徐々に開きが出始めている。


『出てないわ。あちらはメンバーを変えるつもりはないみたい。それにしても、なんでカナタくんの献立を守らないのかしら?私ですら調子がいいのに、気づかないものなの?』


「むしろ、なんでコッチのみんなが律儀に守ってるのか、疑問なくらいです」


色んな制約や誘惑があるだろうに。

全て捨て去って3食キッチリ。

あとはみんな練習漬けだ。

その分、能力の伸びもいいけど。

献立のアップデートも忙しい。


『…カナタくんがハッパをかけすぎなのよ。来季のJ1、給与アップ、海外を狙ってる選手たちだっているし。あれよ?昨季までJ2やJ3の選手たちなのよ?みんな熱意が怖すぎるわよ…』


ぼくに言われても困ります。

とは言わないでおこう。

杵築さん、そうなると話しが長いから。


「とりあえず、監督には伝えておきます。合同練習組であれば、戦術の擦り合わせは問題ないですし。その中から選びます」


『お願いね。ね、カナタくん…うちのチーム、正直どこまで行けると思う?』


「どこまで?」


タブレットを見る。

収集された他チームの能力やスタッツ。

杵築チームは平均して3%数値が高い。

時間あたりのゴール期待値もだ。

去年1位の、チームよりも。


『井岡が最近調子に乗っててね?それってなんかシャクじゃない。降格しないって目標は達成できそうだけど、負けた気分になるというか。ね、わかるわよね?カナタくん』


「わかりません。いずれにせよ優勝を目指すなら、監督から選手を借りてこないとですし」


代表選出はマイケル達に限らない。

レオも、佐藤さんも可能性がある。

と、オーナーから言われている。

選手層は念のため、厚くしておきたい。


『そこをなんとか…ダメ?カナタくん』


「ぼくに言われても困ります。監督に連絡しますので、それでは」


栞ちゃんからの圧がすごいし。

悪いけど、通話は切らせてもらう。


「カナくん、お兄ちゃんたち優勝狙ってるみたいだよ?」


「優勝…」


「うん、朝香が前に言ってたから」


ちょっとぶすっとしてる栞ちゃんの。

頭を撫でながら考える。


さすがに、1年目での優勝はない。

能力とスタッツの向上を優先して。

ケガしないことを念頭に、って話しだし。


「本番は2年目、って決めた気がするんだけどなぁ…」


「よくわからないけど、みんなやる気みたい。お兄ちゃんも今日はマッサージらしいし、デートじゃないんだってー」


…そういうことなら。

より疲労を抜くメニューにしてみるか。


メディカルさんに連絡して。

あとは監督。

次にライブの動画見て。

1つづつ、片付けて行こう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る