第36話 むそうげー

「うわー…また入った…やばー…」


試合はもう終わるところ…

なんだけど。

8-0。

見たことない、こんなスコア。


「J2降格チームとここまで戦えるなら、大丈夫そうだね」


「ええ…そういうれべる?これ…」


ユリちゃんの好きな…むそうげー。

みたいな感じだった。

相手をひたすら押し込めて。

奪って、入れての繰り返し。


「前にさ、リーグレベルが上がると、戦術強度と判断の速度も上がるって話し、覚えてる?栞ちゃん」


「えーと、たぶん?ふんわりと、なら」


上にあがるほど、忙しくて目が回るー。

とかそんな感じ…だった気がする。


「J1の杵築チームとJ3の井岡チーム、せっかくだからって、ずっと合同で練習してたんだ。チームの振り分け…再編成もあったからね」


「ふむふむ」


わたしがクラファンで駆け回ってた…

3か月くらい?

トップの強度で、みんながんばった。

そういうことかな。

たぶん。


「どうせならって、戦術も作り直しになって。トップフォームに戻ったイギリスの選手たちを基準に、ハイプレスサッカーにしてみたんだ」


「とっぷふぉーむ…ってなに?」


「1番調子がいいとき、って意味かな。海外のトップでやってたころと同じくらい、今は調子いいらしいよ」


「ふーん…?」


カナくんの献立で、って意味だよね?

こういうとき、まるで。

ぼく関係ないよーみたいに言うから。

わかりづらい、けど。


あれ?

じゃあやっぱり…

カナくん、世界に通用するのでは?


「世界基準のプレスを、選手たちのスタッツに合わせて調整して、速さで相手をずっと押し込む。判断力を削り取って、点を取りまくる。点差に余裕が出来たら、どんどん選手をリフレッシュする。そういう戦術だね」


「なんか、ちょっと楽しそうだね、カナくん」


こういうカナくんも初めてだ。

子どもっぽくてかわいい。

やってることは、たぶん、えぐいんだけど。


「あはは。みんなで考えた戦術が、ここまでハマるとさすがにね。サッカーも詳しくなってきたし、あんがい楽しいのかもって」


「カナくん、スポーツ苦手だけど、頭を使うのすごいもん」


種類とか…分野?は。

カナくんには、あんまり関係ない。

いつのまにか詳しくなってて。

使いこなしてる、っていうか。


「うーん…そうなのかもしれない?」


ぜったい、そう。

わたしのタックルとかも。

いつのまにか効かなくなってるし。

ちょっと悔しい。



試合終了のホイッスル。

みんなが叫びながら走ってくる。

こっちに。


杵築さんのときも見たよ、これ。

みんな、学ぼう?

両手で、メガホンを作る。


「みなさーん!すとっぷ!すとっーぷ!こっちじゃありません!あっちです!監督はー!あーっちー!あっちへいってくださーい!」


監督、しょんぼりしちゃうから。

初勝利、ちゃんとお祝いしてあげて。


「あはは」


「あーもーバンザイしてた手、下ろしちゃったじゃん監督…」


「あとは任せて、ぼくらは先に帰ろうか、栞ちゃん」


「あ、うん。そーだね。また打ち上げーとかなったらイヤだし。帰ろ、カナくん」


さすがカナくん、わかってる。

ぜったい誘われるって。


スマホは元から通知オフだし。

わたしに抜かりはない。

カナくんに抱きついて。

さー帰ろ!



「そういえば、朝香から連絡きてる?栞ちゃん」


「えーと…うわ!めっちゃきてるぅー…」


お家に帰って、ソファにごろん。

オフってたスマホの通知、やば。


「レオ、勝てたって?」


「えー…えーっと…うーん?…なんか点、入るたびに。てか、お兄ちゃんが入れるたびに?興奮したメッセージ、きてて…」


「あはは、けっこう活躍したのかな」


「んー…たぶん、4点?かな。なんでこんな、わかりづらいの…?」


まとめたのが欲しかった。

興奮したまま、力尽きたーみたいに。

最後、途切れてるし。

大丈夫かなー朝香。


「そのうちお祝いしたいね、レオのJ1デビューの」


「あ、じゃあじゃあ、いいお店あるよ!お兄ちゃんにオフの日きいて、今度いこ!」


「うん、いいね。旅館もクラファンも順調だし、たまにはゆっくり休もうか」


順調…?

だっけ。


旅館フォルダを開いて進捗を。

えーと…

クラファンの期限は、あと1週間。

お金、200万円も足りない、けど。


「これ、間に合うの?カナくん」


「みんな宣伝してくれてるけど、期限ももう終わりだから。それはちょっと間に合わないかな。予定通り、3回目になると思うよ」


やっぱそーかー。

サッカーのことも考えると…

それが1番いいよね。


町おこし優待も、その頃にはって感じだし。

有名になって、本気度を見せないと。

ダメってとこもある。

あとは、


「アルバイトの面接に…温泉の許可がでたら、準備完了?」


「そうだね。温泉は通知を待つだけだけど、面接はたいへんそうだなぁ…」


「ねー。まさかあんなにくるなんて!」


時期は未定です、ってしてるのに。

すでにわんさか、応募が来てる。

ありがたいような、多すぎて困るような。

正直、困る。


「あとは名前かな?栞ちゃん、どうするの?」


「んー…じゃがりこメーカーでいろいろ試してるけど…なかなか」


これ!っていうのができない。


「じゃがりこめーかー?」


「うん、お菓子のじゃがりこを作れるっていう、アプリだよ、カナくん」


「そうなんだ?」


「そう、それで…えーっと、見てもらったほうが早いかも」


スマホを取り出して開く。

じゃがりこメーカー。


これはタブレットで共有してない。

ふざけるなって怒られそうだし。

ユリちゃん発案だし。

警戒することに、した。


「あはは。お菓子だね」


「でしょー?でもなんか、文字とかイメージしやすくて…えへ」


「へー。しおよう、温泉旅館…疲労、ケガの回復に優れる?」


「後半のはキャッチコピーだよ、カナくん。しおようが、旅館の名前候補…なんだけど。なーんかしっくりこなくて」


「…しおようって初めて聞く単語だけど、由来は?」


「しおり、と。カナくんの遥がヨウって読むから。あいだをとって、しおよう!にした」


「やっぱり。栞ちゃん、ぼくの名前は入れなくていいよ」


「えー…2人の旅館だから、2人の名前にしたいのに…」


「うーん、嬉しいけどね。でもここは、栞ちゃんの名前で行くべきだよ。しおりって、せっかくキレイな響きなんだから、ストレートに出して行こう?」


「…なでられても、ごまかされないけど?目立ちなくないだけ、でしょ?カナくんは」


ごまかされないけど。

なで続けてはもらう。


「あはは。選手の中に、看板屋が実家の人いたよね。木でつくる、本格的なやつ。紹介してもらおうよ、栞ちゃん」


「ん-…うん。そうだね、たしかに実物、見てみたいかも!」


今のうちの看板も、木のやつだ。

縦書きの、流れるような書体。

それを、『しおり』で…?

うーん。

いいかも!


「ん?オーナーからだ。これはお祝い通話かな」


「あー…長くなりそう。わたし、ご飯とかお風呂の準備してくるね」


「ありがと、栞ちゃん」


カナくんから離れるのは惜しいけど。

これも、ここ最近の役割分担ってやつだ。


少しは負担を減らせてると思いたい。

カナくんの。うん。

そのかわり。

あとでいっぱい、構ってもらうけど。

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