第35話 幕間~レオ視点~②

年も開けて2月。

トップリーグでの戦いが始まった。


初戦はアウェイだ。

うちの応援は、いつも通り少ない。

…朝香は、来てるみたいだが。


ピッチ中央からチームメイトを見渡す。

大丈夫だ。

みんな落ちついてる。

それだけのトレーニングを積んできた。

まぁ、自信もみなぎるってもんだ。


昇格の打ち上げんとき。

杵築監督が言ってたっけ。

私たちは、棚ぼた。

降格だけは避けるよう、戦えって。


笑っちまう話しだ。

カナタはそんなこと、まったく考えてなかった。


「ピィー!!」


試合開始のホイッスル。

強くボールを蹴り戻す。

同時、敵陣に向かって走る。


どうやって連れてきたんだか。

世界でも一流のセンターバックたち。

カナタの調整で戻った。

全てにおいての最高峰。

対戦は。練習は。

おれの中で、得がたい経験になった。


その1人からの正確なフィード。

足元にピタリ、飛んでくる。


相手ディフェンスは2人。

トラップで1人。

もう1人を、スピードで抜く。


開けた視界。

キーパーはまだ戻れてない。

ここは、ループでいい。


弧を描いたボールが。

ネットに吸い込まれる。

ゴールだ。


「…くっ、はは」


笑いが漏れる。

鳥肌が、止まらない。

なにに?

決まってる。

カナタの、してきたことにだ。


これまでと、ここ数か月の研鑽。

おれたちは、そのだれもが。

想像もしてなかった高みにいる。


バチバチと手洗い祝福を受ける。

その仲間たちと、こっそり決めた。


旅館に戻ってしまう前に。

この1年で、カナタを有名にする。

全国に、可能なら世界に。

その名を轟かす。


あの色ボケな妹の言うとおり。

カナタはそれぐらいの人間だ。


お前は別にいらないって言いそうだが。

勝手に恩を返させてもらうぜ、カナタ。



「ピィー!!」


ペナルティエリア内。

後ろから引っかけられた。

判定は…決定機阻止。

相手ディフェンダーが1発レッド。

退場だ。


点差は3-0。

残り時間は…まだ40分ある。

チャンス、だが。


「ナイスだレオ!せっかくだし、蹴ってみるか?」


ボールを持ってきたのは佐藤さん。

このチームの、PKキッカー。


「いえ、カナタから言われてますんで」


「カナタくん?なんだ?」


「心優しい奥さんと佐藤さんは、もっと年俸が上がってもいい、らしいっす」


「ハハ!どういう意味だ?まったく。たしかにうちのは優しいが…相変わらずだな、カナタくんは」


今季から、おれより1列下がってのプレイ。

得点に絡むチャンスは、当然減る。

そのへん気にしてんのか?

まぁ、


「あいつ、いつもあんな感じなんで。どうぞ」


「そんな理由でPK譲られるのも初めてだが…レオ、ここからはディフェンスの連携が乱れる。縦パス増やすからガンガンいってくれ」


「うっす」


さて。

今日は初戦。

疲労もなく、アウェイなのもあって。

全力で、という指示だが。

点差が点差だ。

どうしたもんかな。


佐藤さんのゴールを見届けて。

監督の元へ走る。


「レオくん!ナイスよ!ナイスPK獲得!で、なに?どうかしたの?」


「このあとも、プラン通りでいいんすか?」


「ここまで点差があるなら、そうね。温存でもいいけど…佐藤選手はなんて?」


「ガンガン行けとは言われました」


「そう…研究される前に、ゴール取れるだけ取っとくのもアリね。レオくん、疲労は?」


「ぜんぜん。スタミナ使ってないんで」


うちのチーム戦術はプレス。

外されたら5バックで強固な守備を敷く。

そして、最高峰のセンターバックからの。

ロングフィードカウンターが基本だ。


プレス時以外のランは免除。

おれはずっと前に張る。

スタミナの減りようがない。

これも、カナタの提言だ。


「ムリだけはしないようにね?カナタくんに怒られるから。ほんとに、ね?お願いね?」


「…うっす」


気持ちはわかる。

わかるんだが。

みんながみんな、カナタに頼ってんの。

やっぱ面白いっす、監督。


とりあえず…この試合でハットだな。

今季の目標は、得点王。

稼げるときに稼いでおきたい。


あとはできる限り賞を取りまくって。

カナタを、宣伝しまくってやる。

おまけで、愚昧の旅館もな。



「ピィー!!!」


試合終了のホイッスル。

スコアは…6-0。


おれは4ゴールに、おまけの1アシスト。

相手が1人少ないのもあって。

ずっと押し込めたのがデカかった。


それにしても、笑うぜ。

みんな、カナタを探しすぎじゃないか?

今日はいないって知ってるはずだ。


まぁ、それぐらいの快勝ではある。

ただ、早く行かないと監督がしょげますよ。


グッタリしてる朝香に手をあげる。

…ダメそうだな。

動かねぇ。

あっちの状況が知りたかったんだが。


まぁ、いいか。

しょげてる監督でも慰めよう。

なんだかんだ、J1初勝利だ。

今日は…帰れないと思ったほうがいいな。

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