第34話 これが体育会系のノリ

久しぶりに、J2スタジアムに足を運ぶ。

とはいえ、元、が前につく。

現在は急ピッチで改築中だ。


年内には、J1スタジアムに生まれ変わって。

すぐ横に、練習場と食堂が併設される。

寮もすでに完備だし。

これで効率もあがるだろう。

こっちが、杵築さんたちが使うもので。


元々J2で使っていた練習場と食堂は。

監督たちJ3チームが使うものとなる。

こっちは、4軍相当の選手も使用する予定だ。

入ってくれば、だけど。



騒音現場を抜け。

スタジアムのピッチに入る。


今日は、戦術確認と聞いている。

ポジション適性も見直すのかな?

とにかく、全選手が来ているはずだ。

杵築さんや監督、他のスタッフさんたちも。


2人に来てくれと懇願されたわけだけど。

ぼくが会いたいのは、2人じゃない。

メディカルさんだ。

あ、いたいた。


「おつかれさまです、チーフ」


「…どちらかと言えば、カナタくんがチーフなのですが」


「ぼくは派遣みたいなものですから、お気になさらず」


「驚くことばかり、なんですけどね…?こうして目にすると、なおのこと…」


「チーフからみて、どうですか?J1でも通用しますか」


「少なくとも、上がりたてとは思えません。降格を争う可能性は、少ないんじゃないかと」


「ならよかったです。噂の問題児たちは?なんか急激に上がってますけど」


イギリスの2選手。

年齢を考えるとヘンだ。

能力もスタッツも、上がり方がえぐい。

バグかと思うくらいには。



「はい。オーナーからの…いえ、知人の方からの厳しい叱責があったそうで。カナタくんの食事療法を守らせたら、こうなりました。今ではとても従順です。ディフェンス陣の、模範的な存在となっていますね」


いつからかは知らないけど。

献立の実施は短い期間だろう。

なのに、急激に上がる、その理由…


「よほど、不摂生してきたのかな…?成長期の選手より、成長が速いって。そういうの、よくあるんですか?」


「いえいえ、ないですないです。そもそもですね、カナタくんが面倒を見てる選手たちの伸び率は、大抵おかしなことになってるんです…ドーピングを疑うレベルで、ほんとに」


「あはは、さすがにそれは言い過ぎですよ」


ダイレクトに余剰パワーを与える薬に。

ただの食事で対抗する?

さすがにそれは…ムリじゃないかな。


「…まぁ、いいです。とにかく、あの選手たちは問題ありません。そろそろ時間ですし、参りましょう」


「ぼくもですか?」


時間の指定はあったけど。

ピッチの外で、見てるだけだと思ってた。


「決起会、だそうですが…お聞きになられてないんですか?カナタくんの演説があると…」


「…」


なにそれ、聞いてない。

はぁ…

栞ちゃんが怒るのも、当たり前だ。

ぼくはただの、一般人なのに。



着座した選手たちを見渡す。

総勢40名程度、だろうか。


その後ろに、スタッフさんたち。

チーフは、例の選手たちの通訳だ。

杵築さんと監督も、なぜか一緒に座ってる。


まぁ、いい。

ポジティブだ。

ポジティブに考えよう。


これもレオのためだ。

なんか最前列でニヤニヤしてるけど。

何が嬉しいの?レオ。


ちなみに佐藤さんは。

すでに盛大な拍手をくれている。

もう酔っぱらってるんですか?


「急に言われたので、何も考えてきてないんですけど。とりあえず、伝えるべきことがあるので、それから」


春の人事で発表される予定のもの。

別に構わないだろう。

オーナーの許可は、得ているし。


「来季から、みなさんはトップリーグとJ3で戦うことになります。杵築チームと井岡チームに、これから再編成が行われますが、心配しないでください。オーナーにお願いしたら、リーグレベルに関係なく、能力での査定となりました。年俸に関しては、どちらでプレイしても来季は変わりません。初年度既定は当然ありますけど」


レオは別として。

既定の500万を超えることはない。

と、思うけど。

とりあえず。

シーンとしないでほしい。


手が上がる。

杵築さんだ。


「なんですか、杵築さん」


「なんで?」


「え?」


「なんで、そんなことになってるの?というか、できるの?意味がわからないわよ、カナタくん」


そうだろうか。

できる、できないは別として。


「以前、聞いた記憶があったので。J3までは年俸が安い、J2でもギリギリだと。副業しながらになる、ケースが多いって。みなさんの能力やスタッツは、ひいき目なしでJ1クラスです。だから、オーナーに聞いたんです。安い給料のままだと、他のクラブに引き抜かれませんか?と」


「なるほど…?」


「オーナーも、トップチームを2つ運営していくには、控えの選手層がとても重要だと認識しています。井岡チームはJ3ですが、扱いとしてはトップのバックアップ。そう考えてみてはどうか、という話しから査定アップになりました」


「…そ、そう」


納得はもらえないようだ。

何か、おかしいのだろうか。

ぼくはサッカーに詳しくないんだって。


レオを見る。

武者震い、みたいな顔してる。

今は試合中でもなんでもないんだけど。


手が上がる。

佐藤さんだ。


「はい、佐藤さん」


「正直なところ、話しがすごすぎて、意味わからん。意味わからんが、まぁありがたい話しに違いない。俺たちは、それに応えればいい、というわけだな。みんなもそれでいいな?全力でカナタくんに報いるんだ!わかったか!」


さすがはキャプテンの佐藤さんだ。

取りまとめ、うまいですね。

怒号のような応がうるさいけど。


「ありがとうございます。ケガだけはしないように、お願いします」


「で、だ。となると井岡監督の目標は、当然優勝ってことだよな?」


「はい、そのままJ2に上がってもらえると助かります。移籍やレンタルが難航してる理由に、J2という調整場所がないことも、大きいそうですから」


「か、カナタくん!軽く言ってくれるが…俺、監督は初めてなんだが…?」


「うちの選手たちなら大丈夫です。レオはいませんけど、前監督の戦術のままで問題なく勝てるでしょうし」


「ええ!そ、そうか…?」


前年度のJ3は、4位でのフィニッシュだ。

昇格プレーオフも1歩及ばなかった。

まぁ、いろいろバタバタしてたし。


今年は、しっかりとした準備ができる。

スタッツも昨年よりさらに向上していて。

J3では、圧倒的に地力が違う。


選手層の薄さだけクリアすれば。

まず勝てるだろう。

たぶん。


「井岡監督、カナタくんが大丈夫といえば、大丈夫ですよ。それよりカナタくん、来季いっぱいは面倒みてくれる、と思っていいのか?」


「ええ、栞ちゃんと相談しました。来季いっぱい、こっちに集中することになりました…ってうるさ」


喋ってる途中で騒がないでほしい。


「そうか…それは、朗報だな」


「あ、栞ちゃんの旅館の件、みなさん本当にありがとうございます。再開したらサービスしますので、ぜひ来てください」


歓声が上がる、と思ったけど。

…野太く短い、気合の入った応だった。

これが、体育会系のノリってやつか。


あとイギリスの選手たち。

イエスボスって、まさか、ぼくに言ってる?

…まさかね。

ちょっと怖いからやめてほしい。


まぁ、やるだけやってみよう。

栞ちゃんも、応援してくれてるし。

期待には応えたいからね。

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