第32話 そうですか

『カナタくん、さっそくあなたの助けが必要よ』


「そういうのいいですから。先に、レオの話しをお願いします」


昇格が決まってから1週間。

サッカーはオフシーズンに入っている。


ただし、ぼくらスタッフは通常通りだ。

むしろシーズン中より多忙かも。

こうしてビデオ通話で済ませる日々だし。


ちなみに、レオも今日は完全オフ。

契約更新を済ませとこう、となって。

こうして通話することになった…

んじゃなかったんですか、杵築さん。


『ええー…すぐにでも助けが欲しいのに…』


「カナくんにばっか、甘えないでください。わたし、まだ怒ってるんですからね」


『そ、それは…ごめんなさい、栞ちゃん』


当然、栞ちゃんもいるし。

胴上げの件で、まだ怒ってるらしい。

だからってぼくの背中ドンドンしないで。


レオも同席はしてるけど。

我関せずで、タブレットを見ている。

まぁ、契約関係は丸投げされてるから。

2人がいる意味はないんだけど。

話しを先に進めよう。


「契約条項は、なにか変更がありますか?」


『ええ…と、そうね。まず…契約の期間が、1年から3年になってるわね。レオくんが、ハタチまでの契約ね』


「はい」


長期契約は、前から聞いていた。

移籍の際、解約金を上げる目的のものだ。

給与上限も上がりやすい、とも。


『年俸は、えっ?800万円!…すごいわね、カナタくん。これもオーナーに交渉したの?』


「カナくん、1000万円じゃないの?お兄ちゃん…評価、ひくい?」


耳元で栞ちゃんがそうつぶやく。

心配しなくても、低くないと思うよ。


「杵築さん、1年目の選手は一律500万円ですよね?ぼく、金銭的なことは交渉してないので。そちらに何か書いてないですか」


『ええと…同一チームでの昇格を含む2年目だから特例?そんなことあるんだ…各賞ごとのボーナス?へぇ…面白い取り組みね…カナタくん、これは相当期待されてるわね』


一通りの契約は調べたつもりだけど。

賞ボーナス、なんてのもあるのか。

確かに、ユニークな戦略かもしれない。


「…どういう意味?カナくん」


「レオが月間MVPとか、ベストイレブンとか、新人賞、年間最優秀選手賞とかを取っていくと。その活躍ごとにボーナスが出る、ってことだよ栞ちゃん」


「ふーん…すごいの?」


「すごい、と言えばすごいけど…杵築さん、それ、出る金額って、そんなじゃないですよね?」


『ええ、そうね…金一封と書いてあるから。慣例なら数万円とか、多くて十万円までかしら?』


「金額が少ないのは、目的が宣伝だからですね。賞を取るたびに、クラブでレオのことを盛大に祝って、それをクラファンや町おこしの宣伝に使う。オーナーはそういうつもりなんだと思うよ、栞ちゃん」


『へー…』


「…カナくん、なんで杵築さんが驚いてるの?」


さぁ…

ぼくにはわかりかねる。

首を傾げるに留めておこう。

とりあえず、


「レオの契約については了承しました。他になければ次、お願いします」


『…ええっと、そうね。レオくんについては終わりね。次はカナタくんの契約について?ええ…?』


話しは終わったとばかりに。

立ち上がったレオが、また座る。

ぼくの契約に興味あるの?


「…カナくん、さっきから杵築さん顔ヘンだね」


「しーっ…」


ぼくもそう思うけど。

言わないであげようよ、栞ちゃん。

杵築さん、相当疲れてるみたいだし。


『カナタくん、これ。今期の契約にボーナスつくって書いてあって…』


「そうですか」


昇格ボーナス、とかだろうか。

まだあっち…メインFCのほうでは。

スタッツもそこまで伸びてないし。

オーナーも太っ腹だな。


『500万円なんだけど。やばくない?これ。私よりぜんぜん貰っちゃってるじゃない…』


プラスで500万ってこと?

いてっ!

背中を叩かれた。

と思ったらレオだった。

ガッツポーズしながら部屋を出ていく。

激励かな、ありがとレオ。


「カナくんなら当然ですからー」


栞ちゃんは。

ダブルピースで杵築さんを煽っている。

かわいいけど、ダメでしょ。


「過分な評価ですよね、恐縮です」


『まぁ…1人で数人分以上の仕事してるものね。その成果も。評価としては正当な気もするわ。でもこれ、来季について書いてないけど…まさか、カナタくん?』


「旅館がスタートしたらそっちに集中したいので。クラファン次第ですが、早ければ来年の春、遅くとも秋までの予定です」


『ええ!来年の春ってもう数か月しかないじゃない!カナタくんなしでトップリーグを戦えると思ってるの?』


「オーナーから許可をもらってますから。思ってるんじゃないですか」


他チームから移籍した選手たち。

メインFCの選手たち。

それと、例のイギリス人選手たちからも。

ヒアリングは済ませている。


我らがタブレットのデータは。

非常に正確、とのことだ。


つまり、スタッツ的には。

あっちもこっちもそう変わらない。

戦えない、ということはないだろう。


『カナタくん、昇格チームっていうのはね?まず目標が残留、なのよ。18チーム中15位以上を目指すものなの。カタナくんがいれば、なんとかなるかもって思ってたのに…』


ぼくがいても変わらないと思うけど。

むしろ、メディカルさんの加入が大きい。

はず。


それとさっきから。

耳の横がくすぐったいよ、栞ちゃん。

スマホをシャッシャしてるっぽい。


「そういえば、ディフェンスの選手2名、あっちから移籍することになってますけど…オーナーから聞きましたか?」


途中で怪訝そうな顔したから察した。

これは、話しが通ってない。


『…佐藤選手は?』


「昨日連絡が来まして、オッケーだそうです」


『…そう。ええ、いいわ。これからだもの。私はこれからよ。ね、カナタくん』


「そうですね。それと、あっちのメディカルチーフも来ます。その方が、今後は統括してくれると思います」


『カタナくんの代わりが務まるとは思えないけど…まぁ、いいわ。春になったらどうせ追加の人事変更もあるでしょうし。はぁ…胃が痛くなってきた…』


そういえば監督代理も。

去年そんなことを言ってたような。

会社勤めは大変ですね。


「スタッフ用の献立も作りますか?胃に優しいのとか、疲れが取れるのとか」


お酒に飲まれすぎないのとか。

必要かもしれないな。


『魅力的な提案だけど、許可が下りないわよ。私たちに数値的なデータはないし…そういえば、ディフェンスの選手のデータは?もうこっちに入ってるの?』


実のところ。

ぼくのタブレットはもう分けてない。

ポジションごとには分けてあるけど。

権限が上がって早々に変更した。


今では、全ての選手が同じフォルダだ。

そのほうが比較もしやすいし。

そもそも見やすい。


「イギリス人選手2名です。ご存じですか?」


『ええ、外国人登録選手はその2人だけだもの。でも、そうか…あの2人か。助かるわね。一気に悩みが解決したわ、カナタくん』


「そうですか」


まさか。

この件で、ぼくに助けを求めたのか?

たまたまオーナーから譲り受けたものの。

本来、ぼくがどうこうできる問題じゃない。


たしかに心配になるな…

大丈夫だろうか、杵築さんのチームは。

オーナーにそれとなくだけど、聞いておこうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る