第30話 わーっしょい
季節は秋。天候は晴れ。
久しぶりのJ2スタジアムだ。
「わー!すごい人!だいぶ埋まってるね!カナくん!」
「大一番だからかな。でもこれみんな…相手チームの応援だよね」
スタジアムの半分は埋まっている。
ただ、そのほとんどがアウェイ席。
相手の応援だ。
うちの応援も増えてはいるけど…
ちょっとだけかな?
ホームなのにアウェイ感えぐい。
「あいかわらず人気ないんだね、お兄ちゃんのチーム」
「コアなファンはいるみたいだけどね」
栞ちゃんと朝香という、熱狂的なファンが。
まぁ、レオ限定だけど。
「とりあえずー朝香、さがそっか!」
「そうだね、心細く思ってるかもしれないし」
リーグ戦は6位でフィニッシュした。
レオもケガなく大量に得点して。
なんとか賞、とかいうのを取っていた。
6位は昇格プレーオフ権利が与えられる。
何試合かのゲームに勝って、今日ついに。
昇格を決める、決勝戦が行われる。
6位だったのに、なんか得した気分だ。
☆
「お兄ちゃん、ぜんぜん出てこなかったね」
「レオ先輩の起用は、後半からだから」
前半、レオの出番はなかった。
そのおかげか。
栞ちゃんの体力は、まだ残っている。
前半が終ってスコアは1-2。
現状は1点、負けている。
昇格の掛かった試合だからだろうか。
相手の怒声のような応援がすごい…
「あ、でてきた!お兄ちゃんでてきたよ!がんばれー!」
「レオせんぱーい!がんばってくださーい!」
「…朝香、そんな大声出せたんだ」
「黙って、試合に集中して」
「は、はい…すいません…」
ぼくらが来れなかったあいだ。
ずっと来てくれていたのは朝香だ。
今ではレオのアップデートも。
朝香の情報を元に2人で決めている。
朝香もクールぶってはいるけど。
本来は熱血女子なんだよね。
しょんぼりした栞ちゃんを撫でつつ。
さあ、頑張ってレオ。
☆
「……っ!は、はいった…!やったぁー!…ぜぇぜぇ」
「レオせんぱーい!ナイスですー!ナイスゴールッ!…はぁはぁ」
2人のはしゃぎっぷりもよくわかる。
スコアは3-2。
レオの2ゴールで逆転した。
後半も残り0分と、追加タイムのみ。
後半からのレオ投入は当たったようだ。
リーグからの連戦による疲労の蓄積。
それと、今日の試合のテンション。
前半でスタミナを酷使した、その結果。
レオの速さに、誰もついていけてない。
杵築さんを見る。
やっぱり。
こっちに向かってガッツポーズだ。
「あ、あさか……のこり…どれぐらい…?」
「い、いっぷん…ない、くらい…」
2人とも、そろそろ限界に見える。
まさか朝香まで、グロッキーになるとは。
さすがに2人は背負えないんだけど…
レオ、手伝ってくれるのかな。
フィールドを見れば。
レオがこっちにガッツポーズだ。
うちのチームの、他の選手たちも。
みんな走ってきてる、こっちに。
応援がうるさくて、終了の笛…
聞こえなかったみたいだな。
ぼくも手を挙げて祝福する。
ていうか。
杵築さん、こっちと反対方向だけど。
かわいそうじゃないのかな。
ほっといていいんですか?
☆
場所を移して、練習場の食堂。
昇格のお祝い、打ち上げに移行した。
「「「わっしょい!わーっしょい!」」」
普段ならガードしてくれる栞ちゃんは。
絶賛グロッキー中で、寝転んでいる。
レオに運んでもらった朝香も、同様だ。
「「「わっしょい!わーっしょい!」」」
さっき、ないがしろにされた杵築さんは。
女性だから、という理由で胴上げを辞退して。
代わりの生け贄を指名した。
もちろん、ぼくだ。
「「「わっしょい!わーっしょい!」」」
気持ちはわからなくもないけど。
そういう報復はどうかと思いますよ。
杵築さん。
まぁ、いいんですけど…
「「「わっしょい!わーっしょい!」」」
でもこれ…栞ちゃんが。
ガードしてくれてた理由もわかる。
このノリ、つらいかもしれない…
ていうか、つらい…
「「「わっしょい!わーっしょい!」」」
交互に訪れる浮遊感と落下感えぐい。
いつ終わるのこれ…
「「「わっしょい!わーっしょい!」」」
あー…
吐きそうになってきた…
ぼくもグロッキーになりそうだ…
☆
「…おめでとうございます、杵築さん?」
ようやく解放された。
ほんと、死ぬかと思った…
「…大丈夫?ごめんなさい、あそこまで熱狂するなんて思わなくて」
「栞ちゃんが飲み会に行かせない理由がわかりました。すごいですね、みんな。2度と来ません」
「いえ…いつもはこんなじゃないのよ、ほんとに。昇格した、というのもあるけど…やっぱりみんな、カナタくんに感謝しているのよ。私もそう思ってる。本当にあなたのおかげよ、ありがとう」
そう言って頭を下げられましても。
疑問が残る。
感謝してる人間を…
あんなに打ち上げるものだろうか?
「ぼくは選手たちと違って一般人なんですよ?吐かなかったのが…奇跡です」
「ふふ、カナタくんが毒吐くのも珍しいわね?むしろ初めて聞いたかも」
だれが上手いこと言えと…
はぁ…
ポジティブだ。
ポジティブに行こう。
「取り乱しました、すいません。さきほど佐藤さんから、お祝いの連絡をもらいました。次のシーズン、こっちに戻りたいそうですが」
「…私の方には来てないわね。なんでカナタくんに?」
いや、知らないけど…
バスで移動中、騒ぎに騒いでたし。
気づかなかっただけじゃ?
「さぁ、ぼくにはわかりません。で、どうするんですか?早めに連絡欲しいって言ってましたけど」
「えー…私に言われても困るわね。人事権なんてないし…でも、レオくん1人では負担が大きすぎるのも確かなのよね」
「たしか、ケガ明けのフォワード選手が数人帰ってきますよね。代わり、というか…併用でしたっけ?そういう使い方じゃ、ダメなんですか」
「カナタくん、レオくんの得点力とプレス能力、データで見てるでしょう?もはや代わりなんていないのよ、それに…」
確かにレオの得点力は抜きんでている。
試合は後半しか出ていないのに、だ。
うちのJ2選手の、誰よりもゴール数が多い。
もっと言えば、J1の誰よりも。
「それに?」
「あっちがレオくんを欲しがる可能性もある。当然よね、こっちは棚ぼた昇格みたいなものだし。レオくんがあっちの順位を上げられる逸材なのは、間違いないわけだし…」
「それはないと思いますよ」
「え?」
「オーナーの意向を聞いてます。レオはこっちで有名になってもらうと。町おこしの重要な存在ですから、レオは」
「…ちょっと待って。カナタくん、まさかオーナーと直接話しができる立場なの?」
「ええ、何かおかしいですか?」
ファニーな着ぐるみを着ているし。
中身も、相当にフレンドリーな方だ。
よく通話も掛かってくる。
栞ちゃんはいつも怖がってるけど。
「そう…私は任命式でしか会ったことがないから…いえ、トップの監督なら会う機会もあるのかもしれないわね。それに、カナタくんならおかしくない、かもしれない。うん、きっとそう」
「…そうですか」
ぼくならおかしくない、は。
おかしいと思うんだけど。
どっちかというと…
おかしいのは周りな気がする。
「というか話せるなら佐藤選手のこと…あなたが聞いてくれないかしら?私には伝手がないし。佐藤選手が来てくれるなら、レオくんの負担も減るし?」
心の中でため息をつく。
ぼくの担当は献立を考えることだ。
移籍交渉なんて、やったことがない。
まぁ、仕方ないか。
杵築さんにも、佐藤さんにも。
だいぶ、お世話になっている。
レオのためでもあるというなら…
「わかりました。オーナーに聞いておきます」
「ありがとうカナタくん!本当にあなたはうちのチームの救世主よ!」
「…」
そういうのいいですから。
栞ちゃんを起こして、今日は帰ろう。
朝香は…レオに任せればいいだろう。
今もちゃんとガードしてるようだし。
…J1昇格おめでとう、レオ。
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