第30話 わーっしょい

季節は秋。天候は晴れ。

久しぶりのJ2スタジアムだ。


「わー!すごい人!だいぶ埋まってるね!カナくん!」


「大一番だからかな。でもこれみんな…相手チームの応援だよね」


スタジアムの半分は埋まっている。

ただ、そのほとんどがアウェイ席。

相手の応援だ。


うちの応援も増えてはいるけど…

ちょっとだけかな?

ホームなのにアウェイ感えぐい。


「あいかわらず人気ないんだね、お兄ちゃんのチーム」


「コアなファンはいるみたいだけどね」


栞ちゃんと朝香という、熱狂的なファンが。

まぁ、レオ限定だけど。


「とりあえずー朝香、さがそっか!」


「そうだね、心細く思ってるかもしれないし」


リーグ戦は6位でフィニッシュした。

レオもケガなく大量に得点して。

なんとか賞、とかいうのを取っていた。


6位は昇格プレーオフ権利が与えられる。

何試合かのゲームに勝って、今日ついに。

昇格を決める、決勝戦が行われる。


6位だったのに、なんか得した気分だ。



「お兄ちゃん、ぜんぜん出てこなかったね」


「レオ先輩の起用は、後半からだから」


前半、レオの出番はなかった。

そのおかげか。

栞ちゃんの体力は、まだ残っている。


前半が終ってスコアは1-2。

現状は1点、負けている。

昇格の掛かった試合だからだろうか。

相手の怒声のような応援がすごい…


「あ、でてきた!お兄ちゃんでてきたよ!がんばれー!」


「レオせんぱーい!がんばってくださーい!」


「…朝香、そんな大声出せたんだ」


「黙って、試合に集中して」


「は、はい…すいません…」


ぼくらが来れなかったあいだ。

ずっと来てくれていたのは朝香だ。

今ではレオのアップデートも。

朝香の情報を元に2人で決めている。


朝香もクールぶってはいるけど。

本来は熱血女子なんだよね。

しょんぼりした栞ちゃんを撫でつつ。

さあ、頑張ってレオ。



「……っ!は、はいった…!やったぁー!…ぜぇぜぇ」


「レオせんぱーい!ナイスですー!ナイスゴールッ!…はぁはぁ」


2人のはしゃぎっぷりもよくわかる。

スコアは3-2。

レオの2ゴールで逆転した。

後半も残り0分と、追加タイムのみ。


後半からのレオ投入は当たったようだ。

リーグからの連戦による疲労の蓄積。

それと、今日の試合のテンション。

前半でスタミナを酷使した、その結果。

レオの速さに、誰もついていけてない。


杵築さんを見る。

やっぱり。

こっちに向かってガッツポーズだ。


「あ、あさか……のこり…どれぐらい…?」


「い、いっぷん…ない、くらい…」


2人とも、そろそろ限界に見える。

まさか朝香まで、グロッキーになるとは。

さすがに2人は背負えないんだけど…

レオ、手伝ってくれるのかな。


フィールドを見れば。

レオがこっちにガッツポーズだ。

うちのチームの、他の選手たちも。

みんな走ってきてる、こっちに。


応援がうるさくて、終了の笛…

聞こえなかったみたいだな。

ぼくも手を挙げて祝福する。


ていうか。

杵築さん、こっちと反対方向だけど。

かわいそうじゃないのかな。

ほっといていいんですか?



場所を移して、練習場の食堂。

昇格のお祝い、打ち上げに移行した。


「「「わっしょい!わーっしょい!」」」


普段ならガードしてくれる栞ちゃんは。

絶賛グロッキー中で、寝転んでいる。

レオに運んでもらった朝香も、同様だ。


「「「わっしょい!わーっしょい!」」」


さっき、ないがしろにされた杵築さんは。

女性だから、という理由で胴上げを辞退して。

代わりの生け贄を指名した。

もちろん、ぼくだ。


「「「わっしょい!わーっしょい!」」」


気持ちはわからなくもないけど。

そういう報復はどうかと思いますよ。

杵築さん。

まぁ、いいんですけど…


「「「わっしょい!わーっしょい!」」」


でもこれ…栞ちゃんが。

ガードしてくれてた理由もわかる。

このノリ、つらいかもしれない…

ていうか、つらい…


「「「わっしょい!わーっしょい!」」」


交互に訪れる浮遊感と落下感えぐい。

いつ終わるのこれ…


「「「わっしょい!わーっしょい!」」」


あー…

吐きそうになってきた…

ぼくもグロッキーになりそうだ…



「…おめでとうございます、杵築さん?」


ようやく解放された。

ほんと、死ぬかと思った…


「…大丈夫?ごめんなさい、あそこまで熱狂するなんて思わなくて」


「栞ちゃんが飲み会に行かせない理由がわかりました。すごいですね、みんな。2度と来ません」


「いえ…いつもはこんなじゃないのよ、ほんとに。昇格した、というのもあるけど…やっぱりみんな、カナタくんに感謝しているのよ。私もそう思ってる。本当にあなたのおかげよ、ありがとう」


そう言って頭を下げられましても。

疑問が残る。

感謝してる人間を…

あんなに打ち上げるものだろうか?


「ぼくは選手たちと違って一般人なんですよ?吐かなかったのが…奇跡です」


「ふふ、カナタくんが毒吐くのも珍しいわね?むしろ初めて聞いたかも」


だれが上手いこと言えと…

はぁ…

ポジティブだ。

ポジティブに行こう。


「取り乱しました、すいません。さきほど佐藤さんから、お祝いの連絡をもらいました。次のシーズン、こっちに戻りたいそうですが」


「…私の方には来てないわね。なんでカナタくんに?」


いや、知らないけど…

バスで移動中、騒ぎに騒いでたし。

気づかなかっただけじゃ?


「さぁ、ぼくにはわかりません。で、どうするんですか?早めに連絡欲しいって言ってましたけど」


「えー…私に言われても困るわね。人事権なんてないし…でも、レオくん1人では負担が大きすぎるのも確かなのよね」


「たしか、ケガ明けのフォワード選手が数人帰ってきますよね。代わり、というか…併用でしたっけ?そういう使い方じゃ、ダメなんですか」


「カナタくん、レオくんの得点力とプレス能力、データで見てるでしょう?もはや代わりなんていないのよ、それに…」


確かにレオの得点力は抜きんでている。

試合は後半しか出ていないのに、だ。

うちのJ2選手の、誰よりもゴール数が多い。

もっと言えば、J1の誰よりも。


「それに?」


「あっちがレオくんを欲しがる可能性もある。当然よね、こっちは棚ぼた昇格みたいなものだし。レオくんがあっちの順位を上げられる逸材なのは、間違いないわけだし…」


「それはないと思いますよ」


「え?」


「オーナーの意向を聞いてます。レオはこっちで有名になってもらうと。町おこしの重要な存在ですから、レオは」


「…ちょっと待って。カナタくん、まさかオーナーと直接話しができる立場なの?」


「ええ、何かおかしいですか?」


ファニーな着ぐるみを着ているし。

中身も、相当にフレンドリーな方だ。

よく通話も掛かってくる。

栞ちゃんはいつも怖がってるけど。


「そう…私は任命式でしか会ったことがないから…いえ、トップの監督なら会う機会もあるのかもしれないわね。それに、カナタくんならおかしくない、かもしれない。うん、きっとそう」


「…そうですか」


ぼくならおかしくない、は。

おかしいと思うんだけど。

どっちかというと…

おかしいのは周りな気がする。


「というか話せるなら佐藤選手のこと…あなたが聞いてくれないかしら?私には伝手がないし。佐藤選手が来てくれるなら、レオくんの負担も減るし?」


心の中でため息をつく。

ぼくの担当は献立を考えることだ。

移籍交渉なんて、やったことがない。


まぁ、仕方ないか。

杵築さんにも、佐藤さんにも。

だいぶ、お世話になっている。

レオのためでもあるというなら…


「わかりました。オーナーに聞いておきます」


「ありがとうカナタくん!本当にあなたはうちのチームの救世主よ!」


「…」


そういうのいいですから。

栞ちゃんを起こして、今日は帰ろう。

朝香は…レオに任せればいいだろう。


今もちゃんとガードしてるようだし。

…J1昇格おめでとう、レオ。

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