第28話 カナくんと違って
J1スタジアム2日目。
今日は栞ちゃんと別行動だ。
栞ちゃんのタスクはJ2の認知度上げ。
つまりは、レオの宣伝。
きっと頑張ってるに違いない。
お兄ちゃん大好きっこだから。
酷暑なのはちょっと心配だけど…
炎天下に看板を振り回してるから。
しかも、オーナーの指令で。
例の着ぐるみを着て。
がんばれ、栞ちゃん。
☆
「話しには聞いてましたが本当に速いですね、カナタさん。うちのどのスタッフよりも速い…」
「恐縮です。いつのまにか慣れました。これで、J1選手も終わりですね」
メディカルさんと相談しつつ。
J1の献立を埋めていく。
現在は、以前の4パターンを細分化し8。
ほとんどのケースに対応できる、はずだ。
あとで、栞ちゃんにデータ化してもらおう。
「問題は、外国の選手たちなのですが…」
「2人ともイギリスの方、でしたっけ?」
オーナーの知人からの推薦で。
縁故採用、と聞いている。
当然ぼくに、イギリスの知識はない。
「ええ。日本食を好まれない、というわけではないのですが…カナタくんのそれ、見る限り、和洋中バラバラですよね?あの2人の好みに合うといいのですが」
「問題がありそうなら、そのときは連絡ください。ところで、普段はどこで食事されてるんですか?」
「さぁ…我々に強制力はありませんので。ケガやスタッツに影響が出なければ、選手の自主性に任せてますから…」
「うーん、たしかに…強制はできませんよね」
J1選手の平均年齢は28だ。
間違いなくみんな、立派な大人なのだ。
だれかに強制されるのはイヤだろうし。
「J2J3選手の能力値やスタッツを拝見した限りでは、もうそんなに差がないのですがね…危機感を持ってるのは、我々だけです。はぁ…」
今では。
J3選手も、J2に数多く配属されている。
ケガでの入れ替えも多かったけど。
その2つにもう差はない。
データ上では。
ありがたいことに。
ぼくの献立を維持してくれる選手もいるし。
佐藤さんみたいな。
そういえば、
「J1にケガしてる選手、あまりいませんよね。何か理由があるんですか?」
悪くて軽い打撲、打ち身程度だった。
登録の26名、みんな。
きっちり試合に出れる状態になっている。
もちろん、深酒した佐藤さんも。
「うちのスタッフたち、みんな医療寄りなんですよ。トレーニングにも付き添いますし、練習でも試合でも、怪しいな?と思ったら、監督にすぐ打診します。安全第一が功を奏した、といいますか」
「へー…それって、フードアドバイザーも、ってことですよね?」
だとしたら…
ぼくはいなくてもいい気がするけど。
「はぁ…それが、効果が出ないのは、みんなが食べないからだと、激高してしまいましてね」
「…」
「…それで、選手たちと揉めに揉めて…やめてしまいました」
「なるほど、そういう…」
強制できなくなるのもうなづける。
まぁ、強制しなければ問題ない。
ということだろう。
ここはポジティブにスルーしよう。
☆
「ふむ…」
部屋に戻り、タブレットを眺める。
改めて見ても、そこまでの数値差はない。
もうJ1からJ3まで、ほとんど横並びだ。
あとは経験とか判断力、なのかな。
イギリスの2選手は数値が高いけど。
それでも若干に留まる。
2人はディフェンスの選手で30歳を超える。
元トップクラスで、これくらいか…
代表に選出のフォワード選手は。
総合値は他と変わらない。
ただ、スタミナの評価がとても高い。
レオとは違うタイプのようだ。
ていうか。
日本代表に選ばれる条件とは?
レオにもその可能性ってあるのかな?
スマホを取り出そうとして。
ギィっとドアが開いた。
…ぐったりした着ぐるみ。
これは、
「おつかれさま、栞ちゃん?」
「カナくーん、ただいまー…」
「うわぁ…ほんとにお疲れだね、声がガラガラだよ。紅茶あるけど、飲む?」
「のむー…」
そんなに頑張っちゃったのかな。
兄想いでいいと思うけど。
「あんまりムリしないでね。どう?レオのこと知ってる人いた?」
今日は試合もない日だから。
トレーニングを見にくるファンだけだ。
コーチ曰く、サッカーにコアな人だけ。
らしい。
あるいは結婚したいとか、そういの。
「ううん、ゼロ!お兄ちゃんのこと、だーれも知らなかった!この着ぐるみは…なんでか人気だったけど…」
「まぁ、トップのマスコットだから、さすがにね」
レオの認知度はまだまだかぁ…
J1に上がらないと、難しいのかな。
「でもこれ、ぜんぜんかわいくないよ?人気っていってもサンドバッグ的なやつだし」
「え、大丈夫なの?栞ちゃん」
「うん、実際にパンチされるとかじゃなくてね。ブサイクーって言われながら一緒に写真撮られるの。まぁ、それもけっこー心に来る、けど…」
「あはは、とりあえずお風呂に入ってきなよ。汗やばいし」
ぼくのスキルでも整えようがないほどに。
栞ちゃんの髪はベッタリだ。
「はーい…ささっと入ってくるね」
「別に急がなくてもいいよ。上がったら、カフェにでも行こうか」
ぼくも一息いれたいし。
スタバとやらが、気になってたんだよね。
「いそぐ!」
「いや…」
ドタドタと走り出す、着ぐるみ。
そのまま入るの?
栞ちゃん。
☆
「あっまぁ~…」
「甘いけど、冷たくて美味しいね」
「…これはなんていうか、こう。濃厚な感じだね!カナくんと違って!」
シャワーを浴びてスッキリした栞ちゃんと。
フラペチーノとやらを飲んでいる。
こういうとき、ぼくらには語彙力がない。
残念だ。
「ぼくの料理は薄味だからね、慣れすぎちゃったかな?」
「たまにヨソで食べるとねー…違和感凄いんだよ?なんか、ちょっとでいいやってなるし」
「飽食の時代、かぁ…」
「いやいや!ちゃんと食べるよ?残さず食べるけど…さー。なんか違うなーってなるんだよね」
「もう3年以上、朝昼晩だからね」
「うん!えへへー」
すすすと寄ってきた栞ちゃんが。
スマホを構えて。
…あいかわらずの連射だね。
「それ、あとから整理するの、タイヘンじゃないの?」
「びみょーに表情とか違うから!どれも必要だから!」
「ぼくの顔って、そんなに変化したっけ?」
何に必要なのかな…
たぶん、だいたい真顔だし。
表情筋、働かないのに。
「えーめっちゃしてるよ!ほら、これとこれとか全然違うし!」
あれ?珍しく微笑んでる、ような。
でも、違いがまったくわからない。
どんどんスライドされて。
それぞれ説明されるけど…
やっぱり、同じにみえる。
「すごいね、栞ちゃん」
「ふふーん、でしょー。あ、2人に送っていい?自慢したい!」
「どうなるかわからないけど、いいよ」
栞ちゃんが送りたいなら。
ぼくは止めないよ。
「…や、やめとこっかなー」
「あはは。あれ、ちょっとごめん。メディカルさんだ」
登録先もアップデートされたスマホが鳴る。
なにかあったのかな?
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