第28話 カナくんと違って

J1スタジアム2日目。

今日は栞ちゃんと別行動だ。


栞ちゃんのタスクはJ2の認知度上げ。

つまりは、レオの宣伝。

きっと頑張ってるに違いない。

お兄ちゃん大好きっこだから。


酷暑なのはちょっと心配だけど…

炎天下に看板を振り回してるから。

しかも、オーナーの指令で。

例の着ぐるみを着て。

がんばれ、栞ちゃん。



「話しには聞いてましたが本当に速いですね、カナタさん。うちのどのスタッフよりも速い…」


「恐縮です。いつのまにか慣れました。これで、J1選手も終わりですね」


メディカルさんと相談しつつ。

J1の献立を埋めていく。

現在は、以前の4パターンを細分化し8。

ほとんどのケースに対応できる、はずだ。

あとで、栞ちゃんにデータ化してもらおう。


「問題は、外国の選手たちなのですが…」


「2人ともイギリスの方、でしたっけ?」


オーナーの知人からの推薦で。

縁故採用、と聞いている。

当然ぼくに、イギリスの知識はない。


「ええ。日本食を好まれない、というわけではないのですが…カナタくんのそれ、見る限り、和洋中バラバラですよね?あの2人の好みに合うといいのですが」


「問題がありそうなら、そのときは連絡ください。ところで、普段はどこで食事されてるんですか?」


「さぁ…我々に強制力はありませんので。ケガやスタッツに影響が出なければ、選手の自主性に任せてますから…」


「うーん、たしかに…強制はできませんよね」


J1選手の平均年齢は28だ。

間違いなくみんな、立派な大人なのだ。

だれかに強制されるのはイヤだろうし。


「J2J3選手の能力値やスタッツを拝見した限りでは、もうそんなに差がないのですがね…危機感を持ってるのは、我々だけです。はぁ…」


今では。

J3選手も、J2に数多く配属されている。

ケガでの入れ替えも多かったけど。

その2つにもう差はない。

データ上では。


ありがたいことに。

ぼくの献立を維持してくれる選手もいるし。

佐藤さんみたいな。

そういえば、


「J1にケガしてる選手、あまりいませんよね。何か理由があるんですか?」


悪くて軽い打撲、打ち身程度だった。

登録の26名、みんな。

きっちり試合に出れる状態になっている。

もちろん、深酒した佐藤さんも。


「うちのスタッフたち、みんな医療寄りなんですよ。トレーニングにも付き添いますし、練習でも試合でも、怪しいな?と思ったら、監督にすぐ打診します。安全第一が功を奏した、といいますか」


「へー…それって、フードアドバイザーも、ってことですよね?」


だとしたら…

ぼくはいなくてもいい気がするけど。


「はぁ…それが、効果が出ないのは、みんなが食べないからだと、激高してしまいましてね」


「…」


「…それで、選手たちと揉めに揉めて…やめてしまいました」


「なるほど、そういう…」


強制できなくなるのもうなづける。

まぁ、強制しなければ問題ない。

ということだろう。

ここはポジティブにスルーしよう。



「ふむ…」


部屋に戻り、タブレットを眺める。

改めて見ても、そこまでの数値差はない。

もうJ1からJ3まで、ほとんど横並びだ。

あとは経験とか判断力、なのかな。


イギリスの2選手は数値が高いけど。

それでも若干に留まる。

2人はディフェンスの選手で30歳を超える。

元トップクラスで、これくらいか…


代表に選出のフォワード選手は。

総合値は他と変わらない。

ただ、スタミナの評価がとても高い。

レオとは違うタイプのようだ。


ていうか。

日本代表に選ばれる条件とは?

レオにもその可能性ってあるのかな?

スマホを取り出そうとして。

ギィっとドアが開いた。


…ぐったりした着ぐるみ。

これは、


「おつかれさま、栞ちゃん?」


「カナくーん、ただいまー…」


「うわぁ…ほんとにお疲れだね、声がガラガラだよ。紅茶あるけど、飲む?」


「のむー…」


そんなに頑張っちゃったのかな。

兄想いでいいと思うけど。


「あんまりムリしないでね。どう?レオのこと知ってる人いた?」


今日は試合もない日だから。

トレーニングを見にくるファンだけだ。

コーチ曰く、サッカーにコアな人だけ。

らしい。

あるいは結婚したいとか、そういの。


「ううん、ゼロ!お兄ちゃんのこと、だーれも知らなかった!この着ぐるみは…なんでか人気だったけど…」


「まぁ、トップのマスコットだから、さすがにね」


レオの認知度はまだまだかぁ…

J1に上がらないと、難しいのかな。


「でもこれ、ぜんぜんかわいくないよ?人気っていってもサンドバッグ的なやつだし」


「え、大丈夫なの?栞ちゃん」


「うん、実際にパンチされるとかじゃなくてね。ブサイクーって言われながら一緒に写真撮られるの。まぁ、それもけっこー心に来る、けど…」


「あはは、とりあえずお風呂に入ってきなよ。汗やばいし」


ぼくのスキルでも整えようがないほどに。

栞ちゃんの髪はベッタリだ。


「はーい…ささっと入ってくるね」


「別に急がなくてもいいよ。上がったら、カフェにでも行こうか」


ぼくも一息いれたいし。

スタバとやらが、気になってたんだよね。


「いそぐ!」


「いや…」


ドタドタと走り出す、着ぐるみ。

そのまま入るの?

栞ちゃん。



「あっまぁ~…」


「甘いけど、冷たくて美味しいね」


「…これはなんていうか、こう。濃厚な感じだね!カナくんと違って!」


シャワーを浴びてスッキリした栞ちゃんと。

フラペチーノとやらを飲んでいる。

こういうとき、ぼくらには語彙力がない。

残念だ。


「ぼくの料理は薄味だからね、慣れすぎちゃったかな?」


「たまにヨソで食べるとねー…違和感凄いんだよ?なんか、ちょっとでいいやってなるし」


「飽食の時代、かぁ…」


「いやいや!ちゃんと食べるよ?残さず食べるけど…さー。なんか違うなーってなるんだよね」


「もう3年以上、朝昼晩だからね」


「うん!えへへー」


すすすと寄ってきた栞ちゃんが。

スマホを構えて。

…あいかわらずの連射だね。


「それ、あとから整理するの、タイヘンじゃないの?」


「びみょーに表情とか違うから!どれも必要だから!」


「ぼくの顔って、そんなに変化したっけ?」


何に必要なのかな…

たぶん、だいたい真顔だし。

表情筋、働かないのに。


「えーめっちゃしてるよ!ほら、これとこれとか全然違うし!」



あれ?珍しく微笑んでる、ような。

でも、違いがまったくわからない。


どんどんスライドされて。

それぞれ説明されるけど…

やっぱり、同じにみえる。


「すごいね、栞ちゃん」


「ふふーん、でしょー。あ、2人に送っていい?自慢したい!」


「どうなるかわからないけど、いいよ」


栞ちゃんが送りたいなら。

ぼくは止めないよ。


「…や、やめとこっかなー」


「あはは。あれ、ちょっとごめん。メディカルさんだ」


登録先もアップデートされたスマホが鳴る。

なにかあったのかな?

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