第27話 ポジティブ!

カナくんが。

なんか嬉しいこと言ってくれてた…

気がするけど。


それより。

それよりいま…

不穏なこと、言ってなかった?

新しいタブレットにも…

わたしのフォルダが、とか。


まさかだけど。

見せびらかしスタイルなの?

クラブ全体に。

すでに死にかけてるのに?

わたし。

あれを?

ほんとに?



あのあと。

わたしだけが労働を課せられたあと。

ユリちゃんが言った。

でも結局それ先輩との旅行じゃん~って。

対価としては軽いな?って。

それで。


カナくんのいいとことか。

好きなとことか、かっこいいとことか。

なんでもいいから語ってけよ~って言うから。

ユリちゃんが、そう言ったから。


残ってる。

あのあと、3時間くらい。

わたしがカナくんを熱弁した録画が。

残っちゃってるのに…!



「ごめんなさい…いろいろ」


「そういう経緯だったんだね。ぜんぜん戻ってこないから、説得が難航してるのかと思ってたよ」


気づけば、オーナーもいなくて。

宙に浮いた部屋でカナくんと2人。

試合も始まってるけど…

見る気、おきない。

ていうか、


「…カナくんは、見てないの?」


「うん。さすがに見られたらイヤかなって」


「うー…カナくーん…」


むしろ、カナくんにだけは。

見られてもよかったのに。

そういう気遣いとか。

優しいとこ、ほんと好き…


「栞ちゃん、でもこれ…削除できないんだけど、なんでかわかる?」


「え?」


消せない?

タブレットを借りて、操作してみる。

…消せない。

そもそも削除項目ないし。

ていうか、この鍵マークなに。

ロックかかってるってこと?


「他のは消せそうだから、たしかに権限は高そうなんだけどね」


「…カナくん、この鍵マーク、前からあった?」


「前のタブレットには、表示されてなかったと思うよ」


むむむ…

権限あがって消せるようになったけど。

さらに上からの権限で…ロック?

まさか。


「おばさんがやったのかな」


「オーナーだよ、栞ちゃん。人前ではおばさん呼び、控えようね?」


「はーい…」


それにしても。

この録画、なんで残すんだろ?

みんなに見せるため?

そんな意味、あるのかなー…


「あ、佐藤さん出てきたよ…残り30分か、活躍できるといいね」


うーん…

でも、いい?

別に見られても。

カナくんのこと話してるだけだし。


悪いこと、ある…?

わたしにダメージ入るくらいで。

ないよ。ないと思う。


ポジティブに考えたら。

みんなにカナくんとのこと。

知ってもらえるチャンスじゃない?

そーだよ!

そういうことにしよう!

いつもカナくんが言ってるように。


「ポジティブ!」


「え?」


「カナくん!佐藤さん応援しよ!」


「あ、うん、まぁ…ここからだと、小さくて見えないんだけどね」


「わー…ほんとだ…みんな豆粒だ…」


ガラスギリギリまで寄ってみたけど。

どれがだれやら…

それより、落ちそうで怖い。

うぅ…ぞわぞわするぅー。


「この壁のモニタで応援するのかな?ピッチに背を向けることになっちゃうけど」


「…なんかもったいないね。臨場感っていうか、そういうの…なくなっちゃうし」


「そうだね、これだとテレビで見てる感じだ」


「わたしは下で応援するほうが、好きかなぁ…」


スタジアムは満席近い入りに見える。

けど、歓声も聞こえてこないし。

なんか、もったない、気がする。

ぜったい高いのに、ここ。


カナくんの視線の先。

モニタを見れば。

佐藤さんがゴールしたところだった。



「飲みすぎはダメですからね!」


メディカルさんに案内されて。

スタジアム内の食堂に来た。

カナくんの下見と、佐藤さんのお祝いだ。


今は、さっそく止めてる。

佐藤さんの深酒を。


「酔うほどは飲まないが…あいかわらず厳しいな、栞ちゃん」


「だって監督たち、めっちゃ飲むじゃないですかー…」


「井岡さんらは昔からな…まぁ、スタッフはいいんじゃないか?選手は自制が必要だが」


「飲むのはいいんですよ?でも絡まないでほしい!」


ほんと臭いんですよ、お酒飲んだおじさんたち。

カナくんへの絡み酒もお控えください。


「でも栞ちゃん。旅館がスタートしたら、そうも言ってられなくなるから…今日は佐藤さんだけだし、いいんじゃないかな」


「うぐっ…た、たしかに…」


佐藤さんだけなら、いい?

カナくんが絡み酒されないなら。

ちょっと慣れておきたいし。

わたしも。

でも、うーん…


「そういうわけでどうぞ、佐藤さん。ゴールおめでとうございます」


カナくん!

いつのまにお酒を!

ムダに準備がいい!


「わ、わたしが注ぐから!カナくんは座ってて!」


「なんだよ、俺はカナタくんに祝ってもらいたいのに…」


「けっ!…いや、佐藤さんには奥さんがいる、んでした…セーフ。セーフです。さ、どうぞ」


カナくんからビール瓶を奪ってコップに注ぐ。

奥さんいるならセーフ。

わたしルールだけど。

うー…もうこの時点で匂いがきっつい…


「おお、ついに俺も栞ちゃんの結婚阻止デビューか。なんか感慨深いなぁ、ありがとう」


「…なんですかそれ?」


けっこんそし?


「知らないのか。栞ちゃんから結婚を止められた選手たちの情報。タブレットに入ってるんだが…ちなみに俺で11人目だな。杵築さんや井岡さんを含めたら13人か」


知らないよ、そんなの。

自分のフォルダしか開かないし。

そんなのデータにして何したいの?

いじめなの?


カナくんを見る。

…これは、知ってる顔だ。


「…いつから?」


「タブレットの改修やってるから、なんか追加されてるなってすぐ気づいたよ。栞ちゃん、手広くやってるなぁって思いながら見てた」


「あぁ…」


頭を抱える。

だってあのとき。

みんな怪しかったんだもん。

みんなカナくんカナくんって。

よってたかって。


でも、今は大らかだから。

もう過去だよ過去。

切替、だいじ!


「で、メディカルと一緒にきたのは?例の件、進んだのか?」


「ええ、さきほど無事に契約が済みました。今後はタブレットにJ1の情報も追加されますが…佐藤さんのタブレットはもうJ1ですか?」


「そうだ。でもよかった、その言いかただと統合ってことだよな?既存のと。栞ちゃんの旅館フォルダ、見れなくて困ってたところだ」


「はい。1つのタブレットで、クラブ全体が管理されるようになります」


「ほう、そりゃいいな。競争力も上がるだろうし、旅館フォルダの閲覧も増えるだろうしな」


…増える意味、あるの?

見れなくて、困ることも。

ていうか、


「そんな、みるとこあります?サッカー関係ないと思うんですけど」


「俺は趣味だ。まぁ、故郷があの町の人間はJ1にも当然いるからな。手伝ってくれるんじゃないか?」


趣味…

ヘンな趣味ですね、佐藤さん。

でも、


「たしか、オーナー…クラファンへの投資、選手禁止にするっていってなかった?カナくん」


「寝てるかと思ったけど、ちゃんと聞いてたんだね、栞ちゃん」


「会議中に寝るとか、さすがにやばいな栞ちゃん」


「寝てない!」


うなだれてはいたけど…!

居眠りしてたとかじゃないから!


「あはは。トップ選手の財力だと、はずみでクリアしてしまう可能性がある、とのことでした。こちらもまだ準備が必要ですから。早すぎるのも困るんですよね」


「まぁ進捗みても、そんな感じだよな。焦る必要もないか。それって、全体通達でくるのか?」


「ええ、タブレット更新の同期が明後日で、そのときに開くとメッセージがでるらしいです」


「わたしの旅館のことなのに、なんかすごいね…カナくん」


サッカーのタブレットなのに。

開いたら、旅館の通知とか。

わたしなら、え?ってなる。


「うん、みんなが手伝ってくれるって、ありがたいよね」


「な?いいクラブだろ?今後もひいきにしてくれよ、2人とも」


「佐藤さん、顔寄せないでください。臭いです」


お酒が。

うぅ…酔いそう…

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