第26話 つよくいきて

翌日の朝。

ぼくと栞ちゃんは。

J1スタジアムへ向かっていた。


「カナくんとお出かけ!嬉しいなー」


「日中から一緒なのも、久しぶりな気がするね」


「うん!」


ぼくの腕を取って。

跳ねるみたいに歩いている。

このルンルンな感じからして。

たぶん、栞ちゃんは知らない。


昨日の会議アプリ。

録画がオン、だったなんて。


あのアプリは通常でオンだ。

仕事用だから。

そこに気づかないの。

さすが栞ちゃん、なんだけど。


うーん…

話すべきか、どうするべきか…


「どうしたの?考えごと?」


のぞきこんでくる栞ちゃんがかわいい…

遅かれ早かれな気はするんだけどね。

あまりに嬉しそうで言いづらいな。



何度か電車を乗り継いで、1時間ちょっと。

栞ちゃんはずっと上機嫌だった。

駅から下りれば、すぐにスタジアムだ。

まだ言えてないんだけど、どうしよう。

それにしても、にぎわってるなぁ…


「すっごい人…今日って試合とかある日なの?」


「うん、佐藤さんもベンチ入ってるって。チケットも2人分もらえるみたいだよ」


正確には関係者席、と言われてるけど。

どういった席かは知らない。


「へー…お兄ちゃんもいつか、ここでプレイするのかなぁ…」


「どうかな?杵築さんの話しだと、ワンチャンいきなり海外、なんてのもあるかもしれないよ」


「ええ!海外!?えー…お兄ちゃんが海外とか、想像つかないなー…」


「あはは、ぼくもだよ。とりあえず、そろそろ入ろうか」


「はーい!」


スタッフ用通路からパスを提示して入って。

とりあえず、荷物を預けて…と。

まずは、メディカルさんのところかな。



「ここでお待ちください。今、呼んできますので」


「「…」」


出ていくメディカルさんを無言で見送る。

通された関係者席とやらは…

宙に、浮いていた。


「か、カナくん、これたぶん、VIP席ってやつだよね?」


「…たしかに、すごい豪華だね。トップのスタジアムにはこんなのもあるのか…」


フィールドを見下ろす形で。

上空から観戦できるイメージの一室だ。

足元以外は全面ガラス張りになっている。

開放感がえぐい…


「浮いてるって思うと、なんかソワソワしてきた…」


「栞ちゃん、高いとこ苦手だっけ?」


「んー…考えたことなかったけど。苦手なのかも…ひー…ぞわぞわするぅー」


「あら、じゃあ場所、変えましょうか?打ち合わせしたら、そのまま試合を見てもらおうかと考えていたのだけれど…」


「ひぅ!」


突然の声に。

栞ちゃんがビックリして飛び上がる。

ムリもない。

話しかけてきたのが、着ぐるみだったから。

でもなんか…どこかで見たような?



「私がオーナーよ。お久しぶり、カナタくん、栞さん」


首を取って現れたのは初老の女性だ。

下は、そのままなのだろうか。

…お久しぶり?


「お会い…したことありましたか?…すいません、記憶になくて」


栞ちゃんを見る。

記憶を探っている顔だ。

首がけっこう曲がってるし。

会ったこと、あるのかな?


「ええ、以前ね。さっそくなのだけれど…カナタくんには、J1のスタッフとして働いてもらいたいと思っています。その話しから、いいかしら?」


「え?ええと…ご存じかわかりませんが、将来はこちらの栞ちゃんと旅館を経営する予定で。なにかの定職につく予定も…申し訳ないのですが」


「もちろん存じているわ。でも、そうね…このままではクラファンはいつまでも成功しないでしょうし…運営資金をレオくんにだけ頼る、というのもリスキーな話しじゃない?」


なぜそこまで存じているのだろうか…

オーナー権限でタブレット見放題、とか?


「ああっ!おっ、思い出した!着物のおばさん!着物のおばさんだ!」


「あら、よく覚えていたわね。こんなに小っちゃいころだったのに。やるわねぇ、栞さん」


オーナーをおばさん呼ばわりとは恐れ入る…

その手が示すサイズは。

着ぐるみのせいでわかりづらいな…

うーん、小学生くらい?


「き、着物が珍しくて。それにすっごくキレイだったから…」


「ふふふ、ありがとう。あなたもキレイになったわ。恋する乙女なのは…昔も今も変わらないみたいだけれど。まさか、旅館をほっぽりだしてまで、カナタくんを追ってくるなんて…情熱的でステキよねぇ…」


「え、えと…?は、はい…?」


栞ちゃんはわかってなさそうだけど。

…これは、確定だ。

タブレットは見られてるし。

昨日の会議の録画も見られてる。


そうだね…

ここはせめて、ぼくの手で介錯しよう。

栞ちゃん、つよくいきて。


「栞ちゃん、実はね…」



「栞さん、大丈夫かしら…」


「はい、いつものことですので、じきに立ち直ります。それで、えっと…?」


ショックで机につっぷしてしまったけど。

栞ちゃんを置いて話しを進める。

どこまで話したんだっけ?

…なにも進んでない気もするな。


「ええ、旅館の件はこちらも理解しているから…悪いようにはしないわ。とりあえずは、1年の雇用契約ね。それを、信用の担保にする…J1でもカナタくんが辣腕を振るえるようにする、条件だとでも思って?」


着ぐるみから出てくる契約書。

一言いれて、読み進める。

考えてみれば、当然かもしれない。

ぼくは資格もなにもない一般人だし…

それに1年なら、ちょうどいい。


「わかりました、お受けいたします。でもこれ、金額が…」


「ああ、ごめんなさいね。それが引き出せる額の限度みたいなのよ。メディカルたちも頑張ってくれたみたいなのだけれど…なにぶん、実績の期間も短いし、まだ若いでしょう?それがマイナスに響いたのね、きっと」


「い、いえ…え?これで?」


1年で、500万となっている。

レオの年収より高いんだけど…

しかも、成果や月々払いではなく。

契約時一括だ。


「今後、必要になるでしょうから…先払いだけはお願いしたのよ。1年のトレーナー契約、うちの食の総括をお願いする責任は大きいけれど、期待に応えてくれると嬉しいわ」


…レオがいずれJ1にあがるときには。

介入できる立場に、とは思っていた。

それにしたって。

ずいぶん、早いけど。


「はい、期待に応えられるよう、がんばります」


「じゃあ、これがJ1のタブレットね。正式に依頼するわ。カナタくん、J1の面倒もみてちょうだいね」


着ぐるみから出てくるタブレット。

かばんの代わりも兼ねてるのだろうか。

だいぶ違和感あるんですけど。


受け取って、あれ…

すでにロックが外れている。

画面が、目に入る。


「…え?旅館フォルダ?」


なぜ、ここに。

『栞の温泉旅館』は異物感がすごく、目立つ。

というか見た目は、ぼくが改修したそのものだ。

J1他、数個のアプリ、あるいはフォルダが。

追加されてるだけ…のような?


「今後は全てをまとめて扱うことにしたのよ。上下する選手をいちいち追いかけるのも手間だし…そのほうが、カナタくんの管理も楽でしょう?」


「ええ…たしかに楽ですが。よろしいのですか?そこまでしていただいて…」


「そこまでする価値がある、という結論になりました。そのタブレットは、権限もだいぶ上の方になるかしら…後で内容は確認してちょうだい。もちろん、他のスタッフに見せてはダメよ?…栞さん以外にはね」


「わかりました、気を付けます」


栞ちゃんはオッケーなのか…?

ほんとに気を付けないとな…


「本来なら、正式に専属スタッフになって欲しいところだけれど…こればかりは、仕方ないわね」


オーナーの視線の先。

栞ちゃんは、つっぷしたままだ。

ピクリとも動かない。


ぼくも違う意味でソワソワしてきた。

まさか…寝てないよね?

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