第25話 そうきたかー

お盆も過ぎた、8月の中頃。

旅館の渡り廊下で、顔を寄せ合う。

ユリちゃんと朝香と。


今日はクラファンの実行日だ。

期日は秋の終わりまで。


いよいよ、といった感じがする。

これまでの苦労が走馬灯のように…

流れなかったけど。

うん。


わたし、頑張ったと思う。

手伝ってくれてる2人にも感謝だ。

いままでありがとね。

ユリちゃん、朝香。


ふー…

よし。


「2人とも、いい?お、押すよ?」


「いいから早くして~暑くて溶けそう~」


「そもそもなんで旅館に集合なの?クーラーないのに」


「…」


なんて情緒のないやつらなの。

ここまで一緒に頑張ってきたのに。

ここで押すことに、意味があるのに。

冷たい…なんて冷たい…


「そんな目で見ないでよ~これ、お試しの1回目なんでしょ?」


「3回目、来年の夏が本番って、カナ先輩言ってたでしょ」


「うぅ…理解されない…そうだけど、そうなんだけどー」


ペチっと、実行ボタンを押す。

感動して泣いちゃうかも、なんて思ってたのに。

わたしの感動を返してほしい。



わたしたちだけでやる!

と言ったクラファンだけど。

なんかいつの間にか、チーム全員でやろう!

みたいになってた。


最初は色んな意見がごちゃごちゃで。

なにから。

どこから。

どうしたらいいかも、サッパリで。

カナくんが整理してくれるまで。

わたしはずっとおろおろして。

兄のため息が酷い日々だった。


でも、そんな日々ももう終わった。

考えてみたら。

選手のみんなはだいたいが地元で。

お店をやってるとこも少なくない。


そこから親類、友達とかと繋がっていって。

カナくんの作ってくれたアポイント表が。

ダダダーっと埋まり始めて。

わたしは毎日、駆け回って。

まだ全体のちょっとしか駆け回れてないけど。

これからも、ちゃんと駆け回る予定だ。



「カナくん、これってどうなの?」


夕食後、進捗を聞く。

カナくんのひざのうえで。

最近のお気に入りは、対面だ。

カナくんの顔が近くて幸せになる。


ちなみにお兄ちゃんはいない。

最近は3食、練習場で食べて。

こっちに帰ってくるのは寝るときだけ。

別に、いいんだけどね。


「みんなのカンパもあるんだろうけど…意外に集まってる、のかな?」


「ね?なんか調べてたより、ずっと早い気がするよね」


1000万円の目標に対して。

初日の数時間で200万円。

進捗は思ってたより、いい気がする。


このままのペースだと。

5日で集まっちゃうんだけど…?


「さすがに2日目、3日目以降は落ちると思うよ。まだリターンのメリットもぜんぜんだからね」


「うーん…そうだよね…」


「それに、今達成しちゃうと、寝具とか消耗品は大丈夫だけど、人のほうがね」


「ねー…」


いつ、オープンできるかわからないから。

まだスタッフさんは募集してない。

寝具とかはフレンド価格で安くなる。

らしい。


「でも栞ちゃんも、よく考えられるようになったね」


「ほめる時間?」


突発的なほめる時間きた?

いつでもどんとこいだよ、わたし。

タブレットを放り投げる。

両手を広げて、さあカナくん。


「あはは。そういうんじゃないけど。ぼくが手伝わなくても、もう大丈夫そうじゃない?」


「えぇー…それはー…たしかに…?」


やることは…

今後も変わらないし…?

なにかヘンなことが起きなければ。

カナくんの手を煩わすこともなさそう?


カナくんの、手。

にぎにぎ。


ひざに乗って…

顔を見ながら手を繋ぐって。

うーん…やばいね。

幸せさがすごい。


「よかった。ぼく明日から3日間、J1に出張してくるから」


「…急に不幸せになった」


「え?」



わたしはどんなときでも毎日かかさず。

カナくんのそばにいたい。

時間の許す限り、ずっと。

そう、思ってる。


ちょっと距離を置いてた敬語期間だって。

お家での時間は大切にしてたし。

部屋ではずっと一緒にいた。

ちゃんとカナくんが寝てから。

負担にならないように。


それぐらい、ベッタリだ。

わたし、カナくんに。


それを急に…3日?

ムリ。


「ついてく」


「うーん…でも、旅館のほうはどうするの?」


「ユリちゃんと朝香にやらせるから」


「えぇ…」


上の人間は人にやらせるもんだって。

わたしに丸投げした監督は。

そう言い訳してたし。

それに、


「2人のこと、信じてるから」


「…じゃあ、2人が良いって言ったらね?ちゃんと説得できたらいいよ」


「してくる!」


タブレットを拾い上げて。

念のため、自室へ行こう。



会議用アプリで2人を呼び出す。

ユリちゃんは、お風呂上り。

朝香は、何かノートを取ってるふうだ。


「急なお話しで申し訳ありません。3日間、お休みをください」


『どしたの急に?てかクラファンすごいじゃん~もう5分の1だよ?なんか達成しちゃいそうじゃない?』


「すごいけど、しないし、さっそく脱線しないで。わたし、真剣なの」


『…カナ先輩がどうかしたの?』


「さすが朝香!そうなの!カナくんが明日から3日間出張なの!だから…」


…はっ!

しまった!

誘導尋問だ!


『ふーん…それ、カナ先輩にこいって言われた?出張についてく必要ある?』


あぁ…

やっぱりぃ…

朝香が怖い朝香になっちゃった…


「言われては、ない…です。でも、わ、わたし的には、ついてく必要、すごくある…っていうか…あります…」


『はぁ…どう思う?ユリ』


『え~そうだなぁ…出張ってどこいくの?』


「…J1スタジアム、だと思う…思い、ます」


たぶんそこで…

あれこれするんだと思う。

お仕事的ななにかを。


『J1かぁ…ん~うちらが休んでていいんなら、いいんじゃない?』


『そうね…私も高校の課題、ぜんぜん終わってないし』


「その件に関しましては、まことに申し訳なく思っておりまして…」


突撃で学んだ敬語も板についてきた。

今では謝罪の言葉もスルスルでてくる。


でも、2人に負担を掛けてるのもたしかだ。

ニートのわたしと違って。

2人は学生でもあるし。

働かせるのは諦めよう…


『しおちゃんは、しっかり働いてきてね~』


「え?」


『くっついてるだけじゃなくて、ちゃんと旅館の宣伝してきて』


「え…あ、はい…わかりました」


そうきたかー…

働くのはわたしかー。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る