第25話 そうきたかー
お盆も過ぎた、8月の中頃。
旅館の渡り廊下で、顔を寄せ合う。
ユリちゃんと朝香と。
今日はクラファンの実行日だ。
期日は秋の終わりまで。
いよいよ、といった感じがする。
これまでの苦労が走馬灯のように…
流れなかったけど。
うん。
わたし、頑張ったと思う。
手伝ってくれてる2人にも感謝だ。
いままでありがとね。
ユリちゃん、朝香。
ふー…
よし。
「2人とも、いい?お、押すよ?」
「いいから早くして~暑くて溶けそう~」
「そもそもなんで旅館に集合なの?クーラーないのに」
「…」
なんて情緒のないやつらなの。
ここまで一緒に頑張ってきたのに。
ここで押すことに、意味があるのに。
冷たい…なんて冷たい…
「そんな目で見ないでよ~これ、お試しの1回目なんでしょ?」
「3回目、来年の夏が本番って、カナ先輩言ってたでしょ」
「うぅ…理解されない…そうだけど、そうなんだけどー」
ペチっと、実行ボタンを押す。
感動して泣いちゃうかも、なんて思ってたのに。
わたしの感動を返してほしい。
☆
わたしたちだけでやる!
と言ったクラファンだけど。
なんかいつの間にか、チーム全員でやろう!
みたいになってた。
最初は色んな意見がごちゃごちゃで。
なにから。
どこから。
どうしたらいいかも、サッパリで。
カナくんが整理してくれるまで。
わたしはずっとおろおろして。
兄のため息が酷い日々だった。
でも、そんな日々ももう終わった。
考えてみたら。
選手のみんなはだいたいが地元で。
お店をやってるとこも少なくない。
そこから親類、友達とかと繋がっていって。
カナくんの作ってくれたアポイント表が。
ダダダーっと埋まり始めて。
わたしは毎日、駆け回って。
まだ全体のちょっとしか駆け回れてないけど。
これからも、ちゃんと駆け回る予定だ。
☆
「カナくん、これってどうなの?」
夕食後、進捗を聞く。
カナくんのひざのうえで。
最近のお気に入りは、対面だ。
カナくんの顔が近くて幸せになる。
ちなみにお兄ちゃんはいない。
最近は3食、練習場で食べて。
こっちに帰ってくるのは寝るときだけ。
別に、いいんだけどね。
「みんなのカンパもあるんだろうけど…意外に集まってる、のかな?」
「ね?なんか調べてたより、ずっと早い気がするよね」
1000万円の目標に対して。
初日の数時間で200万円。
進捗は思ってたより、いい気がする。
このままのペースだと。
5日で集まっちゃうんだけど…?
「さすがに2日目、3日目以降は落ちると思うよ。まだリターンのメリットもぜんぜんだからね」
「うーん…そうだよね…」
「それに、今達成しちゃうと、寝具とか消耗品は大丈夫だけど、人のほうがね」
「ねー…」
いつ、オープンできるかわからないから。
まだスタッフさんは募集してない。
寝具とかはフレンド価格で安くなる。
らしい。
「でも栞ちゃんも、よく考えられるようになったね」
「ほめる時間?」
突発的なほめる時間きた?
いつでもどんとこいだよ、わたし。
タブレットを放り投げる。
両手を広げて、さあカナくん。
「あはは。そういうんじゃないけど。ぼくが手伝わなくても、もう大丈夫そうじゃない?」
「えぇー…それはー…たしかに…?」
やることは…
今後も変わらないし…?
なにかヘンなことが起きなければ。
カナくんの手を煩わすこともなさそう?
カナくんの、手。
にぎにぎ。
ひざに乗って…
顔を見ながら手を繋ぐって。
うーん…やばいね。
幸せさがすごい。
「よかった。ぼく明日から3日間、J1に出張してくるから」
「…急に不幸せになった」
「え?」
☆
わたしはどんなときでも毎日かかさず。
カナくんのそばにいたい。
時間の許す限り、ずっと。
そう、思ってる。
ちょっと距離を置いてた敬語期間だって。
お家での時間は大切にしてたし。
部屋ではずっと一緒にいた。
ちゃんとカナくんが寝てから。
負担にならないように。
それぐらい、ベッタリだ。
わたし、カナくんに。
それを急に…3日?
ムリ。
「ついてく」
「うーん…でも、旅館のほうはどうするの?」
「ユリちゃんと朝香にやらせるから」
「えぇ…」
上の人間は人にやらせるもんだって。
わたしに丸投げした監督は。
そう言い訳してたし。
それに、
「2人のこと、信じてるから」
「…じゃあ、2人が良いって言ったらね?ちゃんと説得できたらいいよ」
「してくる!」
タブレットを拾い上げて。
念のため、自室へ行こう。
☆
会議用アプリで2人を呼び出す。
ユリちゃんは、お風呂上り。
朝香は、何かノートを取ってるふうだ。
「急なお話しで申し訳ありません。3日間、お休みをください」
『どしたの急に?てかクラファンすごいじゃん~もう5分の1だよ?なんか達成しちゃいそうじゃない?』
「すごいけど、しないし、さっそく脱線しないで。わたし、真剣なの」
『…カナ先輩がどうかしたの?』
「さすが朝香!そうなの!カナくんが明日から3日間出張なの!だから…」
…はっ!
しまった!
誘導尋問だ!
『ふーん…それ、カナ先輩にこいって言われた?出張についてく必要ある?』
あぁ…
やっぱりぃ…
朝香が怖い朝香になっちゃった…
「言われては、ない…です。でも、わ、わたし的には、ついてく必要、すごくある…っていうか…あります…」
『はぁ…どう思う?ユリ』
『え~そうだなぁ…出張ってどこいくの?』
「…J1スタジアム、だと思う…思い、ます」
たぶんそこで…
あれこれするんだと思う。
お仕事的ななにかを。
『J1かぁ…ん~うちらが休んでていいんなら、いいんじゃない?』
『そうね…私も高校の課題、ぜんぜん終わってないし』
「その件に関しましては、まことに申し訳なく思っておりまして…」
突撃で学んだ敬語も板についてきた。
今では謝罪の言葉もスルスルでてくる。
でも、2人に負担を掛けてるのもたしかだ。
ニートのわたしと違って。
2人は学生でもあるし。
働かせるのは諦めよう…
『しおちゃんは、しっかり働いてきてね~』
「え?」
『くっついてるだけじゃなくて、ちゃんと旅館の宣伝してきて』
「え…あ、はい…わかりました」
そうきたかー…
働くのはわたしかー。
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