第24話 甘え強度は格段に

季節は夏になって。

トップ昇格が決まった。

佐藤さんの。


「おめでとうございます、佐藤さん」


『カナタくんのおかげだ、ほんとにありがとな。一緒に祝えないのが残念だが…』


今は、そのお祝いの最中だ。

ビデオ通話で。


「それ、後ろの酔っ払いたち見ても言えます?ダメですよ!カナくんをそんな場所には連れていけません!」


『…まぁ、騒々しくはあるが。言うほどか?あいかわらずベッタリだな、栞ちゃん』


「これでも我慢してるんですよ。忙しくて1日3時間もくっつけないんですから。わかります?1日って24時間しかないんですよ?寝てるあいだは意識なくてノーカンだし…」


『なぁカナタくん。栞ちゃんは…酔っぱらってるのか?』


「酔ってませんー。毎日6時間はくっついてたのに、それが半分ですよ!半分!佐藤さんだって、給料が半分になったら奥さんに怒られませんか?」


『うちの家内は大らかだからなぁ…怒らないと思うが…』


「わたしも大らかなので、怒りませんけどね」


『…なぁカナタくん、やっぱりこれ酔っぱらってないか?大丈夫か?』


「あはは。まぁ…ところで佐藤さん、トップに行ったら、どれぐらい戻ってこられないんですか?」


興奮冷めやらぬ栞ちゃんを落ち着かせる。

最近は、お互い激務だ。


でも、朝と夜は顔を合わせているし。

今では、ぼくの部屋が栞ちゃんの住処だ。


その全部でくっついてる。

3時間、というのはだいぶ詐称になる。


『定着したらわからないが…これから代表ウィークで、チームから抜けた選手の穴埋めって側面が強いからな。通例ならいったん11月で戻される。それがどうかしたのか?』


「レオに移籍の打診が来ています。杵築さんが言ってました。佐藤さんが戻ってくるようなら、レオを常時使えるチームにレンタルするのもありだと」


『つまり?レオをうちのチームに留め置くのに、俺には戻ってくるなってか』


「そういうことです。ぼくとしてもレオの移籍は望ましくないので…」


『まぁそりゃそうだな。移籍先は?』


「降格の当落線上にいるチームだそうです。出場機会は確約されてますが…どうですか?」


『下位はリスキーだ。J3に落ちたら評価も落ちる…わかったわかった。やれるだけやってやるから。ただトップに上がると家から通えなくなる。あれから飯の件はどうなってる?』


「メディカルさんの尽力もあって、J1でも採用が決まってます。ただ、実際に運用が始まるのがいつかは…まだですね」


『すまんが、それだけは急がせてくれ。俺の生命線といっても過言じゃないからな』


「わかりました。佐藤さん、宣伝のほう、よろしくお願いします」


『任せとけ。うまいうまいって大声でわめいてくるぜ』


「まぁ、作ってるのぼくじゃないので…味は関係ないんですけどね」


そう言ったところで、通話が切られる。

栞ちゃんに。


「そろそろいいよね?酔っ払いの相手は。カナくん、ほめる時間だよ!」


「せめて切る前に聞こうよ、栞ちゃん…」


あれから数か月経って。

いよいよ1回目のクラファンが実施される。

今では旅館フォルダにもその内容が共有され。

J2J3全員で、日々熱い議論を繰り広げている。


栞ちゃんはずっと。

その取りまとめをやってきた。

毎日、知恵熱を出し。

ひえぴたを貼りながら。


それをえらいえらい、と褒めていたら。

ほめる時間が創設されていた。

知らないあいだに。



「そんな感じ!どう?」


目をキラキラさせる栞ちゃん。

冷静に考えてみる。


確定しているのは。

杵築さん案の、相互スタジアム割りだけ。

それもまだ、魅力的とは言いづらい。

客席がガラガラだから。

改善案もいろいろ出てるけど。

最推しは、佐藤さん案との絡みのようだ。


佐藤さん案は、町おこし優待。

進捗は、全体の2割ほどになる。

0からのスタートと考えると、かなり早い。

町のみんなに望まれてるのもあるし。

選手たちも独自に声をかけてくれている。

そして栞ちゃんは。

今ではガンガン店に突っ込んでいる。


伊藤さん案の、スポーツ医療フード温泉旅館は。

もっとマシなネーミングがないか。

みんなの議論のマトだ。

たしかに少し、硬いかもしれない。

こちらの実行は、旅館リスタート後。

クラファンには影響しない、予定だけど。

J1での評判が良ければ、リターン足りうる。

というのが、みんなの感想だ。


監督代理の案、栞ちゃん丸投げ事案は。

今なお、みんなから批判の嵐を受けている。

ずっと肩身が狭そうだ。

もうすぐ腰痛の現監督に代わって。

正式にJ3の監督になるんだけど…

ちょっと、かわいそうかもしれない。

総じて、


「すごく、順調だね」


クラファンが成功してもしなくても。

町自体の活性化に寄与している。

続ければ、自然と成果がついてくるはずだ。


「えっへへー。ん!」


求められるままに、栞ちゃんの頭を撫でる。

こうして甘えてくる時間も少し減った。

栞ちゃんの成長が感じられる。


ぼくとしては、寂しくもあり嬉しくもある。

そんな感じだ。

まぁ、甘え強度は格段に増してるから…

はたから見たら、どうなんだろう。


時折、顔を合わせるレオからは。

ため息以外、聞いたことがない。


ちなみにレオも順調だ。

J2公式戦15試合で、8ゴール7アシスト。

佐藤さんと出場を分け合ってのこの結果。

杵築さんからの評価もすこぶるいい。


そこまで考えて。

眠ってしまった栞ちゃんを見る。

もうすでにヨダレが…たれ始めている。

こういうとこは成長しないのかな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る