第22話 ゆっくりでお願いします
朝香には。
めちゃくちゃ怒られた。
甘えてばかりいないで、しっかりしろって。
ユリちゃんは。
めっちゃ笑ってたけど。
謝るなら正座でしょ~。
って言われて。
どっちもその通りだと思ったから。
わたしは、正座してる。
玄関で、カナくんの帰りを待ってる。
☆
「ごめんなさい」
ドアが開いた瞬間。
頭を下げる。
誠心誠意、謝る。
「また何かやらかしたのか?ったく懲りねえな」
「…お兄ちゃん、おかえり。違うから、お兄ちゃんにじゃないから」
違う人だった。
リテイク、リテイクしたい。
「カナタにだろ。あんま迷惑かけるんじゃねぇよ…あいつにだって限界あるだろ」
「ないから。カナくんに限界なんてない。無限だよ、カナくんは」
いずれは世界を背負う日がくるかもしれない。
いや、宇宙すらワンチャンあるかも?
あれだけ宇宙っぽさあるんだし。
それぐらいの人材だから、カナくんは。
「そういう意味じゃねえよ。はぁ…」
頭をガリガリかくお兄ちゃんを見送る。
しっしっ。
わたしが待ってるのはカナくんなの。
お兄ちゃんはゆっくり休んでて。
…それにしても、カナくん遅いな。
足、しびれてきた。
☆
「おわっ。栞ちゃん、どうしたの…?」
「…ごめんなさい」
今度こそのカナくんに。
誠心誠意、謝る。
足、しびれちゃって。
正座とかもうムリだったから。
普通に座ってて…ごめんなさい。
「えっと…?」
「朝香から聞いたけど、あの、録音のやつ…ダメだったんでしょ?聞かせちゃ」
「ああ…あれはぼくのミスだし、謝ったら許してもらえたから。気にしないで、栞ちゃん」
そう言って、撫でてくれる。
カナくんが。
優しい。
泣いた。
「うぅ~またわたしやっちゃったかと思ったぁ~」
「やっちゃってはいたけどね。大事にはならなかったから」
「うぅ~…」
そうだ…
やっちゃってはいたんだ。
ほんと、反省しないと…
ごめんね、カナくん…
「まぁ、別のほうが大事になっちゃいそうだけど…」
別の…?
まだなにかあるの?
「…それ、わたし死ぬやつ?」
聞いたら、もうしわけなくて。
死にたくなるやつ。
ちがう?
「あはは、そういうんじゃないから。大丈夫だよ、栞ちゃん」
「よかったぁ~よかったよぉ~」
カナくんに。
甘えに甘えて。
…また朝香に怒られそう。
☆
ご飯を食べて。
ようやく足のしびれも取れて。
「伊藤さんからの…提案?」
「うん、今すぐどうって話しじゃないけどね。旅館をスタートさせるときに、なにをウリにしていくかって」
「へー…?」
うちの旅館の、ウリ…
スッと指さす。
カナくんを。
「いや、どっちかっていうと、栞ちゃんがウリにならないと」
「わたしが…?どう…?」
こう見えて、お母さんと一緒に…
接客のまねごとはしてた。
けど、それぐらいしかしてない。
気がします、けど…?
「大事になるかも、っていうのはその話し。今日は、杵築さん、監督代理、伊藤さん、佐藤さんと打ち合わせになったんだけどね」
…佐藤さん?
ギリ佐藤さんの人?
お兄ちゃんと交代で戦う選手の。
わたしはうなづく。
たぶん、ギリで合ってる。
「朝香からの電話のあと、まぁ…いろいろ話すことになって。みんなで、地域振興しようって決まったんだ」
「…いろいろ?」
朝香の電話はあれ。
わたしがやらかしたやつ。
そこから…
いろいろと、ちいきしんこーが繋がらない…
「うーん。やっぱ話さないとダメかぁ…長くなるから、ハーブディーでもいれようかな」
「あ、はい…あ、いや、わたしいれる。いれるからカナくん座ってて」
「そう?ありがとう、栞ちゃん」
少しでも役に立とう。
立たなくては。
って、うぐぅ…!
…た、立てない!
立てなかった。
わたし。
だって、正座してたから…
「あし、しびれちゃった…ごめん…カナくん」
☆
カナくんのいれてくれたハーブディーを。
チビチビ飲みながら話しを聞いた。
うーん…
ギリ死ぬやつじゃん…
またわたしが原因で。
結婚を疑いまくったから、って…
でも!
でもでも、
「安心して、カナくん。これからはわたし、大らかになるから」
もうそのへんは、大丈夫だから。
ちょっと不安だけど。
なんとかするから…
たぶん。
「ぼくも朝香にあんまり甘やかすなって言われたよ。だから、今後は2人で気を付けていこうね」
「う、うん…」
なんか、もう甘い気がするけど。
声もすっごく優しいし。
でも、言わないでおこう。
優しいカナくん、大好きだし。
「で、地域振興の話しだけど。みんなの目標は、ガラガラのスタジアムを満席にすることになったよ」
「ふむふむ」
たしかに、今のスタジアムは閑古鳥。
わたしの声援が一番目立ってる。
というか…なにかしたら、みんなで見てくる。
あれは、ちょっとイヤ。
「スタジアムと旅館が近いから、満席になればお客さんも増えるんじゃないか、っていう予想だね」
「ふむ!」
日帰りでも、お泊りでも。
増えそうな感じする!
サッカー見るの、すごく疲れるし。
わたしも温泉で疲れを癒したい。
うんうん、いいのでは?
「それを、クラファンのリターンに盛り込むのはどうか?っていうのが杵築さん。サッカー観戦の割引と、旅館を利用したら観戦が割引される。相互割引ってやつだね」
「ふむ…?」
クラファンの…ふむ。
割引、杵築さん。
「これだけだと地域振興にならないからって、佐藤さんからの提案が…この町の施設全体の優待。まぁ割引みたいな、お得に利用できるよっていうサービスかな。これは実際に全てのお店を回って、オッケーをもらってこなきゃいけない」
「ふむ…」
サービス…ふむ。
オッケー、佐藤さん。
「最後に監督代理が、『それを全部、栞ちゃんにやらせよう!』って言って。みんなもそうだね、ってなったんだけど。どう?栞ちゃん」
どう…?
どうといわれても…
わたしが、なにやるって?
監督。
クラファンの話しも。
まだぜんぜん…なんだけど。
えっと。
とりあえず、
「…みんなと相談するね。ちょっと待ってて」
「うん、焦らなくていいからね。時間をかけて慎重に考えてみて」
「わかった、わたし頑張ってみるね」
優しくうなづいてくれる。
カナくんの表情は、期待だ。
たぶん。
わたしならできると思ってくれてる。
だったら、頑張らなきゃ!
「それと、ユリちゃんと朝香も臨時スタッフにしたから。タブレットあとで渡すけど、見せて大丈夫だからね」
「あ、はい…お手数を、お掛けします…」
さすがはカナくん、準備がいい…
「旅館フォルダも作ってあって…クラファンに限らず、チーム全体で意見や提案がそこに入るようになったから、それもみんなで確認しておいてね」
「旅館フォルダ…?チーム…全体で?」
話しが、難しい。
難しくなってきちゃった。
いや、元からあんまり理解はしてない。
ひえぴた貼りたい。
おでこ、熱い気がするし…
「あはは。今日の話しは、そのフォルダの中にまとめてあるから大丈夫だよ。チーム全体で共有する話しも、みたらわかると思う。みんなでよく話し合ってみて」
「う、うん…ゆ、ゆっくり。ゆっくりでお願いします…」
「そうだね、今日は休んで。また明日からにしようか」
「うん!」
カナくんに飛びついて。
考える…
みんな、大人はみんな。
こんな難しいことを考えてるんだ。
すごいなぁ…カナくんって。
わたしもできるようになるの?
ううん、ならないと。
ならないとダメだ。
でも今日はちょっと、カナくんで…
充電してから…
それからにしよう…
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