第18話 甘えたいよぉ

今日からカナくんと別れて行動だ。

ちょっと、いや、だいぶ寂しい。

お家に帰ればカナくんいるんけどさ…

最近ずっと一緒だったからこう、ね?


でも頑張らないと。

やるって決めたんだし。

カナくんのためにも。

カナくんだけに負担かけないように!

わたしも、頑張ろう…!



旅館を外から撮って、館内へ。

ユリちゃんと朝香は学校。

だから、とりあえず…

1人で動画を撮る準備する。

やれって言われたから、2人に。

館内の掃除しながら、カメラを、操作して。


「はいどーもー…栞です…ってこれじゃちゅーばーでしょ」


挨拶、挨拶ってどうするんだっけ?

こういうときの挨拶は?

えぇ…わかんないよ。

掃除しながら挨拶することある?

今日はこのホコリを叩いていきます、とか?

うーん…

最初の一歩目で、つまづいちゃった。


そもそもクラファンの動画に。

わたしみたいな子ども出てこないし。

みんなちゃんとした大人だった。

参考動画とかほしい。

うぅ…


カナくん…カナくんに聞く?

ダメダメ!

こんなすぐ頼ったらダメでしょ。

朝香に聞こう。

聞かないとダメだ。

こういうのは朝香が詳しい。

うん。

そうだ。

2人がくるまで。

部屋のカドでも磨いてよう…



「カナ先輩いないとほんとにダメダメだね」


「いてもダメ説あるよね?」


「ごめんなさいごめんなさい…」


ごめんなさい…

あれから2人がくるまで。

執拗にカドを攻め続けた。

その仕上がりには満足してます。


でも、呆れられてる。

すごく。すーっごく。

わかるよ?

だってわたしも呆れてるから。

自分に。

挨拶もろくにできないなんて…


「挨拶なんてなんでもいいでしょ。旅館名と自分の名前とこれからすること言っとけば」


「そ、それなんでもよくないじゃん!しかもすごく大事なことじゃんー!」


「それくらい考えておきなよ」


「あっ、は、はい…その通り、です…」


「ほら~漫才してないでとっととやろうよ?」


「う…はい、ごめんなさい…」


うぅ…

ここには冷たいやつらしかいない…

カナくんに甘えたい…

甘えたいよぉ…



「ふぅ~つっかれたぁ~…しばらくは、外が続くの?」


「うー…うん、旅館の全景撮れないし、先に外やって…外観アップして、それから露天掃除して、って感じで…いかがですか、朝香先生」


「いいんじゃない?」


「ねー…前から思ってたけど朝香、それカナくんのまねだよね?そうだよね?」


「カナ先輩が私のまねたんじゃない?」


「朝香が先に言い始めた…?」


…?

果たして、そうだろうか…

記憶を…

…??


「あさちゃん、またムダに時間~」


「栞、私がまねした」


「…」


朝香の冗談、ほんとにわかんない!

けど、なーんかカナくんのこと…

好きそうなんだよなー…

警戒だ。

警戒しないと。


「しおちゃん、そんなジットリした目で見なくても、だれも取ったりしないって。それに結婚するんでしょ?もっと大らかになりなよ~」


そうだった。

わたし結婚するんだ。


「朝香、許すよ」


「ユリ、かえろっか」


「そだね…ちょっとポンコツすぎるし。しおちゃん、それ修理してからきて?」


「ごめんーごめんってー!がんばる、がんばるからー!」


カナくんがいないと足りなくて。

不安になっちゃうだけだからー!



「ありがとう、ございました…」


「ふむ~よろしい。毎回これくらいキッチリ働こうね?」


「はい、がんばります…」


うぅ…

日も暮れて…

今日の作業も、終わりです…

お手伝い、ありがとうございました。


「栞、クラファンいつからはじめるの?」


「えー…えーっと…カナくんが紹介してくれた人と会うのが土曜で…それから内容をみんなで確認して、からかな?」


「カナ先輩はそれ、同席しないんだよね?土曜の」


「カナくん?たぶん?」


するとも、しないとも言ってなかったけど。


「…そ、栞、ちゃんと話し合いのメモとっとくんだよ」


「はい、先生」


カナくんの手を煩わせないよう。

しっかりやります。

カナくんの、手を…

あーにぎにぎ、したい。

したくなってきたなー。



ダッシュで帰ってきたけど。

カナくんは、打ち合わせ中みたいだ。

だれと?

んー…

杵築さん?

ならいいかな。


こっそり膝の上に潜り込む。

おじゃましまーす…


「おかえり、栞ちゃん」


「…ただいま、カナくん。気にしないで」


わたしはわたしで好きにやるから。


『あら、珍しくいないと思ったらお出かけだったの?おかえりなさい』


「…ただいまです。わたしのことは気にしないでください」


心配しないでください杵築さん。

監視しようとか、思ってませんから。

これからは大らかになりますので、わたし。


『そ、そう?じゃあ…佐藤選手からも打診があった件、土曜に進めさせてもらうわ。試合後に時間、いいかしら?』


フリーの左手をたぐりよせる。

握手してみたり。

開かせて指を曲げたり、伸ばしたり。

恋人繋ぎ、してみたり。

うーん。

なんでこんなに楽しいんだろ。

カナくんの手、すごいなぁ…

マジックハンド…


「はい、構わないです。けど…栞ちゃん、土曜は何時から?」


はーすべすべ…いい…

極上の…土曜?


「えっとー…土曜?試合は…13時、だよ?」


「旅館の件の打ち合わせのほうだよ、栞ちゃん」


「あー…16時に、練習場、だよ?」


カナくんの手をグッパーする。

ずっと無抵抗なのも、なんか面白い。


…なんでも言いなりのカナくん、か。

ちょっと上がってしまうな?


「じゃあ、まとめてしまってもいいですか?杵築さん。そのほうがよさそうですし」


『そうね、じゃあ井岡も呼んでおくわ。試合は2人とも見に来るんでしょ?車で練習場まで送るから、よかったら残ってて。じゃあまた』


「ありがとうございます。ではお言葉に甘えます」


通話が切れる。

えっと…?

うん…

とりあえず、いいや。

いまは、カナくんに甘えたい。


右手もたぐりよせながら。

でも、1個だけ。


「カナくん…井岡って、だれ?女?」


「元監督だよ、栞ちゃん」


なるほど、たしかに井岡っぽさある、かも?

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