第15話 点とれ~
「お兄ちゃん、活躍するといいね!」
「杵築さん、ベンチって言ってなかったっけ…?」
「でもほら、なーんか勝手に出てきそうじゃない?お兄ちゃんの性格だと。大丈夫かなぁ…」
さすがにそこまではしないよ…
ああ見えてレオはクレバーなタイプだし。
ちゃんと杵築さんの言うことも聞くだろう。
週末の土曜日。
ぼくたちはスタジアムに来ていた。
J2の試合、レオがベンチに入ったからだ。
スタッフカードで無料、らしいけど。
監督…元監督から、チケットをもらっている。
あれ…?
「そういえば、監督の名前…栞ちゃん、知ってる?」
「知らない!監督は監督だしー」
ぼくらは未だに元監督の名前を知らない。
あとで聞いておかないと。
☆
「お兄ちゃんの名前呼ばれたけど…大丈夫かな?」
「うん、大事ないといいね」
後半開始早々。
データでも打撲を抱えていた佐藤さんが。
接触後に、うずくまってしまった。
立って歩けてるし。
おそらく軽傷だろうけど…
あとで杵築さんに提案しないとな。
「お、でてきたよ。お兄ちゃん。おにいちゃーん!」
全身でここにいるよアピールする栞ちゃん。
さすがのブラコンぶりがかわいい。
「そのままフォワードのポジションみたいだね」
「点とれ~点とれ~!」
ゲームのスコアは0-0。
急な出場だけど、栞ちゃんの祈りは届くだろうか。
☆
「うーん、すごいな…」
「…」
栞ちゃんは応援疲れでグロッキーだ。
45分間、全力で叫び続けたから。
その甲斐あってか、レオは3点取って。
スコアは3-2。
間違いなく、レオは今日のヒーローだ。
お立ち台でインタビューを受けている。
特に緊張した素振りもなく。
受け答えもちゃんと敬語だ。
レオ、成長したなぁ…
☆
「杵築さん、おめでとうございます」
スタッフ用連絡通路で。
ルンルンの杵築さんを捕まえる。
「ありがとう!レオくん、すごかったわ!やっぱり本物ね彼は!」
うんうんと誇らしげにうなづく栞ちゃん。
いつもそれくらい素直に接したらいいのに。
それは置いといて、
「少し、お聞きしたいことがありまして」
「ええ、なにかしら?」
「佐藤さんのケガ、どうでしたか?」
「ああ、軽傷よ。打撲したところを強く打っただけだから…1週間もしないで練習に復帰できると思うわ。心配してくれてありがとう」
「いえ。以前、伊藤さん…4軍スポーツドクターの方と話し合ったのですが。練習不可になるケガを負ったときは、回復スピード全振りの献立がいいだろう、とのことだったので」
「え?もしかして、あるの?その献立も」
「はい、4軍では幸い使いませんでしたが、念のため作ってあります。ただ、こちらは3食1週間のループを治るまで確実に続けてほしいんです」
それぐらいの計算で作っている。
効果は、まだ保証できないけど。
神妙な顔でこちらを見つめる杵築さん。
うーん。
さすがに全食ずっとは厳しいだろうか。
ずいっと手を広げて前に出る栞ちゃん。
なになに。
「杵築さん!わたしとカナくん結婚してますからね!ダメですからね!」
「あ、いえ、そうじゃないのよ。カナタくんの提案を考えていたの。佐藤選手は家庭もあるから…どうしたらいいかなって」
「ほっ」
ほっじゃないよ…まったく。
「そのあたりのことはお任せします。両方のタブレットに専用の献立を送っておきます。ただ、続けないと効果が出ない、と思いますので」
「…わかったわ。ちょっとみんなと相談しないといけないし。ありがとう、カナタくん」
「いえいえ。あと、一つお願いがあるんですけど、いいですか?」
「ええ、なに?」
「すいませんが…監督、元監督の名前を教えてください」
「え?」
☆
「お兄ちゃん今日帰ってこないってー」
「残念だね、お祝いしたかったのに」
家に戻って、今日のことを話し合う。
レオはたぶん、連れまわされているのかな。
勝利の立役者だし。
「別にいいけどねーカナくん独り占めできるしー」
「家にいてもレオぜんぜん関わってこないけどね」
「気分だよ!気分の問題ー!」
「はいはい」
栞ちゃんはちょっと寂しげだ。
レオのかわりにたくさん甘やかそう。
胸に収めて、頭をなでる。
「んー…」
気持ちよさそうに。
猫のように丸まる。
「そういえばさっきの。結婚してますからは、面白かったね」
「えーだってー杵築さん目が怪しいんだもん」
「さすがにぼくとは結婚したがらないと思うよ?だいぶ歳も違うし」
杵築さんはたぶん、40代前後。
どんなに目が怪しくても。
未成年は選ばないんじゃないかな。
「カナくん甘いよ?恋に年齢なんて、関係ないんだからね」
「そうかな?」
さすがに想像できないけど…
「わたしがカナくんと結婚したいって思ったの、6歳だし」
「それは…ずいぶん早いね、ぼくも7歳か」
「わたし、お父さんとお母さんみたいな関係が好きだったから」
旅館の板前長と、女将さん。
ぼくは板前長から料理を教わってて。
栞ちゃんは、お母さんのマネをして。
でも、
「ぼく、板前長になるつもりないけど、いいの?」
「うん、それはもういいの。だって、わたしが好きなの、カナくんだし!カナくんが向いてるの、ぜったいマネージャーだもん」
「ありがと栞ちゃん」
頬に頭突きしてくるの痛いけど。
これも栞ちゃんの愛情表現だ。
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