第13話 ほえー

『…カナタくん。それ、大丈夫なのか?』


「よくあることなので、大丈夫です。そのうち復活しますから」


ぼくの膝の上でとろけてしまった栞ちゃん。

よくあることなので…


『そ、そうか…では、カナタくん。よかったら、J3スタッフになってくれないか?もちろん、しばらくの間でいいんだが』


J3、か…どうしようかな。

とりあえず、


「先に質問、いいですか?」


『ああ、構わない』


「J2にも伊藤さんのようなスタッフはいるんですよね?フードアドバイザーのような方も」


『…ほんとうに賢いな、カナタくん。その疑問は正解だ。われわれは期待されている、というわけだな。4軍から1人の脱落者もケガ人もなく、全員をJ3に上げた手腕を』


「フード…なに?」


「ぼくがやってたようなことを、仕事にしてる人のことだよ、栞ちゃん」


ぼくは完全に独学だけど。

スポーツに特化した食のアドバイザーや。

管理栄養士の資格をもつスタッフがいるはずだ。


「ふむふむ…?」


J3選抜でみた他の選手たちはわからないけど。

監督のチームは下部組織、というわけだ。

クラブ間で縦へのつながりがある。

そして、


「J2はフォワード以外にもケガ人が多くて、ドクターやアドバイザーが足りない。だから4軍をバラしてJ3にあげて、J3のスタッフをJ2に再配置する…そんな感じですよね?」


「ほえー…」


『その通りだ。もっと言えば、同期にはカナタくんの献立を共有してあるんだがな。それをJ2でも試してみたい、と言われている。どうだ?許可を貰えるだろうか』


「それは構いませんが…すでにプロの方がいらっしゃるんですよね?」


『そこが本題だ。J2、J3どちらのスタッフも新卒らしくてな。残念なことに経験も理解も足りないそうだ。カナタくんのほうがハッキリと有能…と言い切っていた。おそらくは許可を出した段階で、J2の管理にも首を突っ込むことになる』


「ぼくだって、まだ半年しかやってない一般人ですけど」


『レオを見てきた経験があるだろう。それに、実際にスタッツは上がってるんだ。それも圧倒的にな』


「データは嘘をつかない、でしたっけ」


『くっくくげほっ…そのとお…ごほっ』


「カナくん、もう切らない?監督も限界だよ。そろそろ休ませてあげよ?」


「そうだね。では監督、また後日連絡ください。おつかれさまで」


『まてまて!ごほっ…大丈夫だっ。ちょっと水飲んでくるから待っててくれ。切らないでくれ…』


「はぁ…」


このため息は栞ちゃんだ。

うーん。

大事な話しのはずなのに。

監督のノドのせいで締まらない。



「おつかれさまでしたおやすみなさーい」


監督の返事を待たず、栞ちゃんが通話を切る。

あいかわらず速い。

もう話しは終わったからいいけどね。


「おつかれさま、栞ちゃん」


「カナくんもねー。もー話しが長いよ監督。カナくん助けてお願いします面倒みてーでいいのにね?」


「あはは。さすがにちゃんとした仕事の話しだし、そういうわけには」


栞ちゃん風に言えば。

面倒を見る選手は合わせて40名前後になる。

新しいタブレットがそれぞれ支給されて。

選手のデータも同じように共有される。

今までとやることは変わらない。


ただ、当然これは社外秘だ。

しっかりとした契約を結ぶことになる。


「でもわたしも…よかったの?カナくんと一緒、嬉しいけど、じゃまにならないかな?」


「ジャマだなんてそんなことないよ。いっぱい手伝ってもらうから」


「うん!がんばるからねカナくん!」


主に紙に書いた献立を。

タブレットに取り込む作業とかだけど。


「よろしくね、栞ちゃん」



翌日、ぼくらはさっそく練習場を訪れていた。

電車を使って30分。

拘束時間は4時間とのことだけど。

しばらくは時間を取られることになる。


「でもけっこーお金貰えるの、よかったねー。時給2000円だよ!高めだよね!」


「短期の契約になるからかな?ありがたいよね」


お手伝いの栞ちゃんには出ないけど。

入館の許可は取り付けた。

その分の上乗せもあるのかもしれないな。


「ぷぷっ。あれ監督だよね?なんかスーツ着てるの…新鮮だね。カナくん」


「笑うのは失礼だよ、栞ちゃん」


栞ちゃんの指さす先。

施設入り口で、ぼくらを待ってくれている。

ガタイのいいスーツ姿の監督…

たしかに、だいぶ似合ってないですね。



「杵築です。よろしくね、カナタくん、栞ちゃん」


「「よろしくお願いします」」


さらっと契約を終えて紹介された女性。

監督と同い年くらいの。

スーツをパリっと着こなしている。

うーん。

監督と並ぶとコントラストがすごい。


「こいつが前に言った同期だ。J2の監督をやって3期目になる。さっそくだが後は頼んだぞ杵築。おれはスタッフ連中と打ち合わせだ」


「はいはい。じゃあうちらもさっそくやりましょうか。ついておいで」


栞ちゃんとうなづいてついていく。

これだけのスピード感だ。

早々に献立を作たほうがよさそうだな。

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