第11話 もちろん帰ります

季節は春。天候は晴れ。

カラダを動かすにはもってこいの陽気だ。


ぼくら——。

監督たちを含む、チームメイト全員は。

県外のJ3選抜を訪れていた。

もちろん、栞ちゃんもついてきている。



「気軽にやってこい!ミスっても大丈夫だ!いつも通りで必ず通る!さあ、散れ!」


監督が前に言っていた、スタッツ、とは。

各ポジションで、選手それぞれが。

どれだけ仕事をしたかの点数付けだ。


たしかに、全員が得点するわけじゃないし。

評価がわかりにくいポジションもある。

わかりにくい評価を、わかりやすくする。

そこに用いられるのが、スタッツだ。


選手毎に記録されたそのデータは。

半年前と比べ、良好な数値を叩き出していた。

それも、圧倒的に。


「カナくん、わたし緊張してきたぁ…」


「今日はさすがにくっつかないでね、人目もあるし」


「く、くっつかないよ!公共の場では…それぐらい、わきまえてるんだからー…」


わきまえないから言ってるんだけど…

栞ちゃんは興奮すると、手が付けられない。

次々と繰り出されるプロレス遊戯に。

最初はかなり苦労したものだ。


フィールドにいる選手たちに視線を向ける。

うーん、大丈夫そうかな。

うちの選手たちのほうが、キビキビっとしてる。


「レオも、緊張とかしてなさそうだね」


「お兄ちゃんはバカだから。そういうのとは無縁だよ。でも、そっちのほうが心配かなー…なんかすっごいバカやらかさないか…」


栞ちゃんはおそらく知らないのだろう。

レオの部屋には入らなさそうだし。

掃除でよく入るぼくは、知っている。


うずたかく積まれたサッカーの資料。

壁には様々な戦術ボードが並んで。

監督から新たに借りたタブレットには。

世界各国のフォワード動画プレイ集。

それも日本語解説付き。


「レオは、ほんとにサッカーだけだからね」


ポジティブにそう言って。

さあ、レオ、みんな、頑張れ。



「お兄ちゃんまた決めた!カナくん!また決めたよ!」


「はいはい、そうだね」


栞ちゃんのチョークスリーパーをするりとかわす。

身体測定も終わり。

現在はミニゲームに入っている。

5vs5。

レオは、得点を取りまくっていた。


遠い位置からのミドル。

ジャンプしてのヘッド。

カウンターからの…飛びついてキック。

ちょこんと触って角度を変えた…そういうやつ。


「うーん…お兄ちゃんも、こうしてるとカッコよく見えるから不思議…」


「そう?フツーに立ってても、モデルみたいでカッコいいと思うけど」


レオの身長は182cmまで伸びている。

伸び率で言えば、ぼくのほうがつよいけどね。

ぼくも165だ、ちょっと嬉しい。


「いつものを知ってるとダサダサだよカナくん!将来奥さんになる人とか、ぜったいぜーったい苦労するから!」


「あはは、それはわかるかも」


本当にサッカーだけだからなぁ…

それを理解して支えてくれる人じゃないと。

レオの相手は厳しいかもしれない。


押し黙った栞ちゃんがこっちを見ている。

どうしたの?


「…ダメ、だからね。お兄ちゃんと結婚は!ぜったい!」


「しないって」


苦笑しながら栞ちゃんの頭をなでる。

そのネタ、ずいぶん引きずるね。



その後も、何度か選手を入れ替え。

ミニゲームを繰り返した。


どうやら終わりのようだ。

監督が叫びながら、飛び出していったから。


「どうかなーみんな受かるかなーなんかめっちゃドキドキしてきたよカナくん」


「レオしか見てなかったけど…レオはさすがに受かるかな?」


「ていうかお兄ちゃん、やばかったよね?一番点取ってなかった?」


「たぶん、そうだね」


正確な数はわからないけど…

興奮しすぎて、数を忘れたから。

栞ちゃんが。

でも、相当ゴールを決めていた。


フォワードとして求められる能力。

得点力はクリアしてるはずだ。


監督がこっちに戻ってくる。

とてもいい笑顔で。


「うわっ気持ち悪い顔してる…カナくんに隠れよーっと」


「…」


「やったぞ!1人を除いて、全員合格だ!」


「えっ、だれか落ちちゃったんですか…?」


ぼくのヒジの隙間から顔を出す栞ちゃん。


「こんなところでイチャイチャするな!違う、レオは飛び級だ!J2推薦が決まった!」


「いちゃいちゃしてませんー!ってお兄ちゃん!J2なの!すごいすごい!」


栞ちゃん。

あんまりその状態で動かないでほしい。

脇腹がくすぐったいから…


「監督、他のみんなはJ2にはなれないんですか?」


「あー?いやに冷静だなカナタくん。嬉しくないのか?」


「嬉しいですけど、レオの努力を知ってますから」


あれだけの努力を見てきている。

J1の動画をみた今なら、なおさら。

レオはすでに、J1でやれるだけの力を持っている。


「栞ちゃん!聞いたか?カナタくんはほんとにいい男だなぁ!」


「…いい男ですけど、監督に言われてもなー…監督、カナくんと結婚したいとか、言い出さないでくださいよ?」


「なんだそれは…?するわけないだろ!で、ああ、他の選手はな…レオが目立ちすぎたのもあるが…そもそも飛び級が異例だ。全員受かるのもな」


「なるほど、そういうものなんですね」


「よし、今日はお祝いだ!行くぞカナタくん!」


ぐいっとヒジを引っ張られる。

栞ちゃんに。


「もちろん帰ります。お疲れさまでした。さ、いこ。カナくん」


「…あとで、今後のこと連絡ください。おめでとうございます、監督」


監督はシュンとしたまま手を上げていた。

ちょっとかわいそうな気もするけど。

栞ちゃん、有無を言わせない感じだしなぁ…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る