第11話 もちろん帰ります
季節は春。天候は晴れ。
カラダを動かすにはもってこいの陽気だ。
ぼくら——。
監督たちを含む、チームメイト全員は。
県外のJ3選抜を訪れていた。
もちろん、栞ちゃんもついてきている。
☆
「気軽にやってこい!ミスっても大丈夫だ!いつも通りで必ず通る!さあ、散れ!」
監督が前に言っていた、スタッツ、とは。
各ポジションで、選手それぞれが。
どれだけ仕事をしたかの点数付けだ。
たしかに、全員が得点するわけじゃないし。
評価がわかりにくいポジションもある。
わかりにくい評価を、わかりやすくする。
そこに用いられるのが、スタッツだ。
選手毎に記録されたそのデータは。
半年前と比べ、良好な数値を叩き出していた。
それも、圧倒的に。
「カナくん、わたし緊張してきたぁ…」
「今日はさすがにくっつかないでね、人目もあるし」
「く、くっつかないよ!公共の場では…それぐらい、わきまえてるんだからー…」
わきまえないから言ってるんだけど…
栞ちゃんは興奮すると、手が付けられない。
次々と繰り出されるプロレス遊戯に。
最初はかなり苦労したものだ。
フィールドにいる選手たちに視線を向ける。
うーん、大丈夫そうかな。
うちの選手たちのほうが、キビキビっとしてる。
「レオも、緊張とかしてなさそうだね」
「お兄ちゃんはバカだから。そういうのとは無縁だよ。でも、そっちのほうが心配かなー…なんかすっごいバカやらかさないか…」
栞ちゃんはおそらく知らないのだろう。
レオの部屋には入らなさそうだし。
掃除でよく入るぼくは、知っている。
うずたかく積まれたサッカーの資料。
壁には様々な戦術ボードが並んで。
監督から新たに借りたタブレットには。
世界各国のフォワード動画プレイ集。
それも日本語解説付き。
「レオは、ほんとにサッカーだけだからね」
ポジティブにそう言って。
さあ、レオ、みんな、頑張れ。
☆
「お兄ちゃんまた決めた!カナくん!また決めたよ!」
「はいはい、そうだね」
栞ちゃんのチョークスリーパーをするりとかわす。
身体測定も終わり。
現在はミニゲームに入っている。
5vs5。
レオは、得点を取りまくっていた。
遠い位置からのミドル。
ジャンプしてのヘッド。
カウンターからの…飛びついてキック。
ちょこんと触って角度を変えた…そういうやつ。
「うーん…お兄ちゃんも、こうしてるとカッコよく見えるから不思議…」
「そう?フツーに立ってても、モデルみたいでカッコいいと思うけど」
レオの身長は182cmまで伸びている。
伸び率で言えば、ぼくのほうがつよいけどね。
ぼくも165だ、ちょっと嬉しい。
「いつものを知ってるとダサダサだよカナくん!将来奥さんになる人とか、ぜったいぜーったい苦労するから!」
「あはは、それはわかるかも」
本当にサッカーだけだからなぁ…
それを理解して支えてくれる人じゃないと。
レオの相手は厳しいかもしれない。
押し黙った栞ちゃんがこっちを見ている。
どうしたの?
「…ダメ、だからね。お兄ちゃんと結婚は!ぜったい!」
「しないって」
苦笑しながら栞ちゃんの頭をなでる。
そのネタ、ずいぶん引きずるね。
☆
その後も、何度か選手を入れ替え。
ミニゲームを繰り返した。
どうやら終わりのようだ。
監督が叫びながら、飛び出していったから。
「どうかなーみんな受かるかなーなんかめっちゃドキドキしてきたよカナくん」
「レオしか見てなかったけど…レオはさすがに受かるかな?」
「ていうかお兄ちゃん、やばかったよね?一番点取ってなかった?」
「たぶん、そうだね」
正確な数はわからないけど…
興奮しすぎて、数を忘れたから。
栞ちゃんが。
でも、相当ゴールを決めていた。
フォワードとして求められる能力。
得点力はクリアしてるはずだ。
監督がこっちに戻ってくる。
とてもいい笑顔で。
「うわっ気持ち悪い顔してる…カナくんに隠れよーっと」
「…」
「やったぞ!1人を除いて、全員合格だ!」
「えっ、だれか落ちちゃったんですか…?」
ぼくのヒジの隙間から顔を出す栞ちゃん。
「こんなところでイチャイチャするな!違う、レオは飛び級だ!J2推薦が決まった!」
「いちゃいちゃしてませんー!ってお兄ちゃん!J2なの!すごいすごい!」
栞ちゃん。
あんまりその状態で動かないでほしい。
脇腹がくすぐったいから…
「監督、他のみんなはJ2にはなれないんですか?」
「あー?いやに冷静だなカナタくん。嬉しくないのか?」
「嬉しいですけど、レオの努力を知ってますから」
あれだけの努力を見てきている。
J1の動画をみた今なら、なおさら。
レオはすでに、J1でやれるだけの力を持っている。
「栞ちゃん!聞いたか?カナタくんはほんとにいい男だなぁ!」
「…いい男ですけど、監督に言われてもなー…監督、カナくんと結婚したいとか、言い出さないでくださいよ?」
「なんだそれは…?するわけないだろ!で、ああ、他の選手はな…レオが目立ちすぎたのもあるが…そもそも飛び級が異例だ。全員受かるのもな」
「なるほど、そういうものなんですね」
「よし、今日はお祝いだ!行くぞカナタくん!」
ぐいっとヒジを引っ張られる。
栞ちゃんに。
「もちろん帰ります。お疲れさまでした。さ、いこ。カナくん」
「…あとで、今後のこと連絡ください。おめでとうございます、監督」
監督はシュンとしたまま手を上げていた。
ちょっとかわいそうな気もするけど。
栞ちゃん、有無を言わせない感じだしなぁ…
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